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閑話 ジークの過去:魔族の母
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これは、秋葉原でのモンスター流出事件の後のお話。シィーリアとジークの出会いの物語。
2021年3月8日。
東京都新宿区、京王大学附属病院。
~知鳴和巳(ジークリード)~
病室の扉の向こうからお父さんとお母さんがケンカをする声が聞こえる。
「私達が何をしたって言うの!?」
「相手の親御さん達は子供を亡くしているんだ……きっと俺達に当たらなければ保てないんだよ」
「アナタは!! 仕事に逃げられるからそんな事が言えるのよ!! 私は耐えてるの!! 毎日毎日毎日毎日!! 何をされてるか知ってるの!?」
お母さんが叫ぶ度にドアがガタガタ揺れる。ドアに付いたすりガラスの向こうでは、お母さんがお父さんに掴みかかっているのが見えた。
「もう無理よ……私には……あの子も……もうずっと話してくれないじゃない!」
秋葉原にモンスターが現れた事件から1年経って、僕の家族は随分変わってしまった。僕だけが生き残ってしまったせいで、お父さんとお母さんは毎日毎日嫌がらせを受けている。
原因は分かってる。僕だ。
秋葉原に現れた大蛇が僕の友達をみんな食べてしまった。僕は、探索者の人が命懸けで助けてくれたけど、みんなは……助からなかった。
蓮に大和、それに颯太。僕の友達の両親は、すごい顔をして僕達を責めた。その場は納まったけど……次の日からずっと嫌がらせを受けている。お母さん達は学校や警察に相談したみたいだけど、嫌がらせは止まなかった。
僕も1度だけ見てしまった。郵便受けに紙が入っていて「お前の子供が死ねば良かったのに」と書いてあった。
……僕もそうだなと思った。僕以外の誰かが生きていれば良かった。
その日から、2人を前にすると、声が出なくなって……話せなくなってしまった。それがお母さん達を苦しめているのは分かっていたけど、どうしても無理だった。例外の時を除いて。
「もういい……!!」
「待てよ遥!! せめて和巳に声を……」
「うるさい!!!」
優しかったお母さんは、急に怒り出したり泣き出したりするようになってしまった。お父さんも……僕から目を逸らすようになった。
「和巳……また明日来るよ」
お父さんがドアから顔を覗かせる。その顔はひどく疲れ切っていて……あの事件の前から想像もできないほどひどい顔をしていた。
2人が帰ってからベッドに横になる。親が喧嘩しているのを見るのが辛い……1人の方が楽な気持ちになって、僕はその事にまた落ち込んだ。
僕のお見舞いに来てくれた両親は、いつも不安定になって帰っていく。なんだか、無理をして僕に会っているような……そんな気がする。
その時。
ドアがガラリと開き、そこからツノの生えた女の子がヒョコッと顔を出した。
「なんじゃ? 今日は親御さんはおらんのか?」
キョロキョロと部屋の中を見渡す女の子。その子は僕を見るとニィッと笑った。僕の様子を見に来たダンジョン管理局の人……シィーリアが。
「まぁ良い。出くわしたらまーた怒鳴られるからの。かえって好都合じゃ」
女の子がパイプ椅子に座る。彼女は手に持っていた鞄からリンゴを取り出した。
「この世界の人間は見舞いに果実を持って行くらしいの。ん? ノックモックとかいう菓子じゃったか? まぁ良い」
シィーリアがカバンから果物ナイフを取り出す。そしてシュルシュルと皮を剥いた。僕と同じくらいの年に見えるのにすごく器用だ。
前に聞いたらシィーリアはこう見えて500歳を超えていると言っていた。だから話し方も偉そう……なんだか面白い。
「お皿もまな板も無いよ? 皮を向いたのはいいけどどうやって切るのさ?」
気が付いたら僕は思った事を口にしていた。例外というのがこれだ。お母さんやお父さんには全然話せないのに、なぜかシィーリアとは普通に話をする事ができた。
「軟弱じゃのう和巳は。こうすれば良いだけじゃぞ?」
シィーリアがリンゴをポイっと上に投げる。彼女の目がギラリと光ったと思った次の瞬間、リンゴは真ん中が長方形にくり抜かれて、残りのリンゴも綺麗に6等分されていた。
「ほっ」
シィーリアが3切れを左手で受け止め、残り3切れをナイフで突き刺して僕に差し出した。
「刃物じゃから取る時気をつけるのじゃぞ」
「すご……そんな事までできるんだ!」
「当たり前じゃ。妾を誰だと……まぁ良い。ほれ」
シィーリアが差し出してくれたリンゴをナイフから取って一口齧る。甘酸っぱくてすごく美味しい。思わず笑ってしまうと、シィーリアは嬉しそうな顔をした。
「美味いか?」
「うん」
「そうか。自分で選んだ甲斐があったの」
なぜかシィーリアが僕の頭をワシャワシャ撫でる。女の子に頭を撫でられるなんて恥ずかしいからやめてと言ったらシィーリアは「妾は大人じゃ。我慢せい」と怒って来た。
変わった人だけど不思議とシィーリアといると安心した。シィーリアが大人だからかな? なんだか友達と接してるみたいで、シィーリアと話している時だけはあの事件の事を忘れられた。
……まぁ、最初の数ヶ月は泣いてばかりだったけど。でも、シィーリアは毎日お見舞いに来てくれた。お父さんやお母さんに魔族は来るなと怒られても、僕が心配だからとずっと見に来てくれた。
それから少しずつ話せるようになっていった。なぜ僕の所に来てくれたのか聞いたら、シィーリアはあの事件で被害に遭った人達みんなの所へ行ったと教えてくれた。
ほとんどが怒鳴られて追い返されると言っていたけど、今でも様子を見に行くらしい。
彼女は平気そうに言っていたけど……ホントは辛かったんだと僕は思う。お母さん達がシィーリアに話す時を見ていたら分かる。それがずっとなんて……僕だったらきっと泣いてしまう。
シィーリアは優しいから。自分が辛くてもそれを誰かに見せたりしないから。もしかしたら、そんな彼女だから僕も話す事ができたのかもしれない。
「どうしたのじゃ辛気臭い顔して」
「あ、あ~……シィーリアって僕達人間で考えると何歳くらいなのかな~って……」
僕は、恥ずかしくなって無理矢理話を変えた。だけどシィーリアはそれが嬉しかったのか、得意気に胸を反らした。
「やっと妾が大人じゃと言う事を認める気になったのか! 妾はの~人間で言うと30……コホン! お主の母上くらいの年齢じゃ!」
「え、なんで最後誤魔化したのさ?」
「う、うるさいの! 淑女に年齢を言わせるとはどういうつもりじゃ!」
「えぇ……?」
シィーリアが顔を真っ赤にしてツンと顔を背けた。急に恥ずかしくなったのかな。気難しい人だなぁ……。
でも、シィーリアのおかげで僕の日常は賑やかになった。
◇◇◇
さらに半年が経った。お母さん達はもっと仲が悪くなって、一緒にお見舞いに来る事も無くなった。お父さんはほとんど来なくなって、お母さんは……すごく不安定になった。
僕も叩かれる事があって、優しい時のお母さんも怖く感じるようになっていた……でも、そんな時は絶対後でシィーリアが来てくれた。だから僕は平気だった。
そんなある日、事件が起きた。
あの日はお母さんが泊まりに来ていた。僕の病室は個室だから広くて、部屋の隅に簡易ベッドが置かれていた。そこでお母さんは眠っていた。その日はお母さんはずっと優しくて、不安定になる事もなかったから……僕も少しだけ嬉しかった。だけど……。
夜、寝ていたらお母さんが僕のベッドにやって来た。どうしたんだろうと思った瞬間、急に息ができなくなった。
「く、あ゛……う……」
お母さんに首を絞められていると分かったのはその時だ。お母さんは涙で顔がグシャグシャで、僕の事を見ているようで……どこか遠くを見ていた。
「お母さんもうダメなの……お父さんも出て行っちゃったし……もう無理なの……」
お母さんにやめてって言いたかったけど、声が出なかった。今までお母さんとはずっと上手く話せなかった。もしかしたら、僕がお母さんと話せていたら、お母さんは優しいままだったかも知れない。僕があの事件に巻き込まれたから……僕が……。
「アナタも辛かったでしょう? お母さんと一緒に死にましょう?」
「……ぃ、やだ……僕は……」
ずっと出なかった言葉が出る。僕は死にたくなくて、必死にもがいてお母さんを突き飛ばした。お母さんが驚いたような顔で僕を見つめる。
僕は……近くにあったナースコールを押した。やって来た看護師さん達にお母さんは連れて行かれてしまった。
……。
翌日、警察と施設の人というのがやって来て、お母さんとはもう会えないと言われた。お父さんもいなくなって、連絡がつかないって。退院したら僕は施設に入って暮らすと言われた。
お母さんが連れて行かれる最後、お母さんが僕を見た時の目を僕は忘れない。
お前のせいだ。
僕にはそう言われているように感じた。蓮も大和も颯太も、みんなそうやって僕を見ている気がした。
僕があの場所に行ったから、みんな死んだ。僕だけが生き残ったからお母さんもお父さんも変になってしまった。僕がいたから……。
「なんじゃ、しけた面しとるの~」
その時、間の抜けた声が聞こえて、見知った顔が入って来た。ツノを生やした頭に、長い銀髪。僕と同じくらいの見た目の女の子……シィーリアが。
彼女は警察が止めるのも聞かずに僕の所までやって来た。そして、いつものような口調で僕にこう言った。
「和巳、1人は嫌か?」
「……うん」
シィーリアがギュッと目を閉じてしばらく何かを考え込む。そしてゆっくりと目を開くと、真っ直ぐに僕の目を見た。
「そうか……ならば和巳、妾の元へ来い」
突然の提案に頭が混乱する。彼女の後ろを見ると、警察官も施設の人も驚いたような顔をしていた。彼らが後ろで何かを言っているけど、聞こえない。シィーリアの言葉しか耳に入らなかった。
シィーリアの所へ、行く?
「嫌か? ……もしお主が望むなら、妾がお主の親となろう」
「お、親って……そんなの……」
「なーに心配するでない! こんな姿でも妾は齢500を超える魔族の女じゃ! お主に不自由はさせぬ」
「でも、シィーリア……見た目は子供だし」
シィーリアが大袈裟な動きで倒れそうになる。
「う、うるさいの! 気にしておるんじゃからの、妾も……!」
恥ずかしそうにするシィーリアに笑ってしまう。その時、昨日から初めて笑った事に気付いた。
「ほれ、気を取り直してもう1度じゃ!」
シィーリアが僕に手を差し出す。
「……和巳、お主が自分の意思で道を開けるまで、妾がそれを支えよう。家族として、親として。今のお主にはそれが必要じゃと……妾は思う」
その顔は優しげで、でも悲しさも含まれている気がして……すごく大人に見えて……気が付いたら僕は彼女の手を取っていた。彼女はいつものようにニッと笑みを浮かべると、警察官達に向かって叫んだ。
「お主達見ておったな!? この子はダンジョン管理局東京本部長シィーリア・エイブスが後見人となる!! 文句があるならばこの場で申してみよ!!」
彼女の迫力に警察官達はフルフルと首を横に振り、逃げるように病室から出ていってしまった。
「……ふぅ、なんとかなったかの。手続きとか全然分からんが、ま、何とかなるじゃろ」
シィーリアが僕をギュッと抱きしめてくれる。なんだかそれが懐かしいような感じがして、すごく安心する。
「大丈夫じゃ。お主の両親は生きておる。今は心が疲れておるだけ……生きていれば、いつかまた元の姿に戻れよう。それまでの短い間で良い……妾をお主の母にしておくれ」
「うん」
耳元で囁く優しい声。強く抱きしめてくれる両手。それが、僕に「ここにいていい」と言ってくれているみたいで、涙が溢れてきてしまう。
「僕……僕のせいで……みんなが……」
「お主のせいじゃない。悪いのは全て妾達魔族なのじゃから。辛いと思ったら妾を恨め。妾は全て受け止めよう」
その言葉にお母さんとお父さんに怒鳴られていたシィーリアを思い出した。どれだけ酷い事を言われても、シィーリアはずっとそれを受け止めていた事を。本当は辛いはずなのに、僕に普通に接してくれていた事を。
「し、シィーリアは、悪く、ひぐ、ないもん……」
「ありがとう。お主は優しい子じゃ……きっと大丈夫。大丈夫じゃぞ」
大丈夫と言ってくれたのがうれしくて、僕も彼女を抱きしめた。思っていた事を全部話して、彼女はそれをずっと聞いてくれていた。優しく相槌を打って、時々背中を摩ってくれて……前に頭を撫でられた時は恥ずかしかったのに、今日は全然そんなことを思わない。安心する……シィーリアといると安心した。
こうして僕とシィーリアは家族になった。
2021年3月8日。
東京都新宿区、京王大学附属病院。
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病室の扉の向こうからお父さんとお母さんがケンカをする声が聞こえる。
「私達が何をしたって言うの!?」
「相手の親御さん達は子供を亡くしているんだ……きっと俺達に当たらなければ保てないんだよ」
「アナタは!! 仕事に逃げられるからそんな事が言えるのよ!! 私は耐えてるの!! 毎日毎日毎日毎日!! 何をされてるか知ってるの!?」
お母さんが叫ぶ度にドアがガタガタ揺れる。ドアに付いたすりガラスの向こうでは、お母さんがお父さんに掴みかかっているのが見えた。
「もう無理よ……私には……あの子も……もうずっと話してくれないじゃない!」
秋葉原にモンスターが現れた事件から1年経って、僕の家族は随分変わってしまった。僕だけが生き残ってしまったせいで、お父さんとお母さんは毎日毎日嫌がらせを受けている。
原因は分かってる。僕だ。
秋葉原に現れた大蛇が僕の友達をみんな食べてしまった。僕は、探索者の人が命懸けで助けてくれたけど、みんなは……助からなかった。
蓮に大和、それに颯太。僕の友達の両親は、すごい顔をして僕達を責めた。その場は納まったけど……次の日からずっと嫌がらせを受けている。お母さん達は学校や警察に相談したみたいだけど、嫌がらせは止まなかった。
僕も1度だけ見てしまった。郵便受けに紙が入っていて「お前の子供が死ねば良かったのに」と書いてあった。
……僕もそうだなと思った。僕以外の誰かが生きていれば良かった。
その日から、2人を前にすると、声が出なくなって……話せなくなってしまった。それがお母さん達を苦しめているのは分かっていたけど、どうしても無理だった。例外の時を除いて。
「もういい……!!」
「待てよ遥!! せめて和巳に声を……」
「うるさい!!!」
優しかったお母さんは、急に怒り出したり泣き出したりするようになってしまった。お父さんも……僕から目を逸らすようになった。
「和巳……また明日来るよ」
お父さんがドアから顔を覗かせる。その顔はひどく疲れ切っていて……あの事件の前から想像もできないほどひどい顔をしていた。
2人が帰ってからベッドに横になる。親が喧嘩しているのを見るのが辛い……1人の方が楽な気持ちになって、僕はその事にまた落ち込んだ。
僕のお見舞いに来てくれた両親は、いつも不安定になって帰っていく。なんだか、無理をして僕に会っているような……そんな気がする。
その時。
ドアがガラリと開き、そこからツノの生えた女の子がヒョコッと顔を出した。
「なんじゃ? 今日は親御さんはおらんのか?」
キョロキョロと部屋の中を見渡す女の子。その子は僕を見るとニィッと笑った。僕の様子を見に来たダンジョン管理局の人……シィーリアが。
「まぁ良い。出くわしたらまーた怒鳴られるからの。かえって好都合じゃ」
女の子がパイプ椅子に座る。彼女は手に持っていた鞄からリンゴを取り出した。
「この世界の人間は見舞いに果実を持って行くらしいの。ん? ノックモックとかいう菓子じゃったか? まぁ良い」
シィーリアがカバンから果物ナイフを取り出す。そしてシュルシュルと皮を剥いた。僕と同じくらいの年に見えるのにすごく器用だ。
前に聞いたらシィーリアはこう見えて500歳を超えていると言っていた。だから話し方も偉そう……なんだか面白い。
「お皿もまな板も無いよ? 皮を向いたのはいいけどどうやって切るのさ?」
気が付いたら僕は思った事を口にしていた。例外というのがこれだ。お母さんやお父さんには全然話せないのに、なぜかシィーリアとは普通に話をする事ができた。
「軟弱じゃのう和巳は。こうすれば良いだけじゃぞ?」
シィーリアがリンゴをポイっと上に投げる。彼女の目がギラリと光ったと思った次の瞬間、リンゴは真ん中が長方形にくり抜かれて、残りのリンゴも綺麗に6等分されていた。
「ほっ」
シィーリアが3切れを左手で受け止め、残り3切れをナイフで突き刺して僕に差し出した。
「刃物じゃから取る時気をつけるのじゃぞ」
「すご……そんな事までできるんだ!」
「当たり前じゃ。妾を誰だと……まぁ良い。ほれ」
シィーリアが差し出してくれたリンゴをナイフから取って一口齧る。甘酸っぱくてすごく美味しい。思わず笑ってしまうと、シィーリアは嬉しそうな顔をした。
「美味いか?」
「うん」
「そうか。自分で選んだ甲斐があったの」
なぜかシィーリアが僕の頭をワシャワシャ撫でる。女の子に頭を撫でられるなんて恥ずかしいからやめてと言ったらシィーリアは「妾は大人じゃ。我慢せい」と怒って来た。
変わった人だけど不思議とシィーリアといると安心した。シィーリアが大人だからかな? なんだか友達と接してるみたいで、シィーリアと話している時だけはあの事件の事を忘れられた。
……まぁ、最初の数ヶ月は泣いてばかりだったけど。でも、シィーリアは毎日お見舞いに来てくれた。お父さんやお母さんに魔族は来るなと怒られても、僕が心配だからとずっと見に来てくれた。
それから少しずつ話せるようになっていった。なぜ僕の所に来てくれたのか聞いたら、シィーリアはあの事件で被害に遭った人達みんなの所へ行ったと教えてくれた。
ほとんどが怒鳴られて追い返されると言っていたけど、今でも様子を見に行くらしい。
彼女は平気そうに言っていたけど……ホントは辛かったんだと僕は思う。お母さん達がシィーリアに話す時を見ていたら分かる。それがずっとなんて……僕だったらきっと泣いてしまう。
シィーリアは優しいから。自分が辛くてもそれを誰かに見せたりしないから。もしかしたら、そんな彼女だから僕も話す事ができたのかもしれない。
「どうしたのじゃ辛気臭い顔して」
「あ、あ~……シィーリアって僕達人間で考えると何歳くらいなのかな~って……」
僕は、恥ずかしくなって無理矢理話を変えた。だけどシィーリアはそれが嬉しかったのか、得意気に胸を反らした。
「やっと妾が大人じゃと言う事を認める気になったのか! 妾はの~人間で言うと30……コホン! お主の母上くらいの年齢じゃ!」
「え、なんで最後誤魔化したのさ?」
「う、うるさいの! 淑女に年齢を言わせるとはどういうつもりじゃ!」
「えぇ……?」
シィーリアが顔を真っ赤にしてツンと顔を背けた。急に恥ずかしくなったのかな。気難しい人だなぁ……。
でも、シィーリアのおかげで僕の日常は賑やかになった。
◇◇◇
さらに半年が経った。お母さん達はもっと仲が悪くなって、一緒にお見舞いに来る事も無くなった。お父さんはほとんど来なくなって、お母さんは……すごく不安定になった。
僕も叩かれる事があって、優しい時のお母さんも怖く感じるようになっていた……でも、そんな時は絶対後でシィーリアが来てくれた。だから僕は平気だった。
そんなある日、事件が起きた。
あの日はお母さんが泊まりに来ていた。僕の病室は個室だから広くて、部屋の隅に簡易ベッドが置かれていた。そこでお母さんは眠っていた。その日はお母さんはずっと優しくて、不安定になる事もなかったから……僕も少しだけ嬉しかった。だけど……。
夜、寝ていたらお母さんが僕のベッドにやって来た。どうしたんだろうと思った瞬間、急に息ができなくなった。
「く、あ゛……う……」
お母さんに首を絞められていると分かったのはその時だ。お母さんは涙で顔がグシャグシャで、僕の事を見ているようで……どこか遠くを見ていた。
「お母さんもうダメなの……お父さんも出て行っちゃったし……もう無理なの……」
お母さんにやめてって言いたかったけど、声が出なかった。今までお母さんとはずっと上手く話せなかった。もしかしたら、僕がお母さんと話せていたら、お母さんは優しいままだったかも知れない。僕があの事件に巻き込まれたから……僕が……。
「アナタも辛かったでしょう? お母さんと一緒に死にましょう?」
「……ぃ、やだ……僕は……」
ずっと出なかった言葉が出る。僕は死にたくなくて、必死にもがいてお母さんを突き飛ばした。お母さんが驚いたような顔で僕を見つめる。
僕は……近くにあったナースコールを押した。やって来た看護師さん達にお母さんは連れて行かれてしまった。
……。
翌日、警察と施設の人というのがやって来て、お母さんとはもう会えないと言われた。お父さんもいなくなって、連絡がつかないって。退院したら僕は施設に入って暮らすと言われた。
お母さんが連れて行かれる最後、お母さんが僕を見た時の目を僕は忘れない。
お前のせいだ。
僕にはそう言われているように感じた。蓮も大和も颯太も、みんなそうやって僕を見ている気がした。
僕があの場所に行ったから、みんな死んだ。僕だけが生き残ったからお母さんもお父さんも変になってしまった。僕がいたから……。
「なんじゃ、しけた面しとるの~」
その時、間の抜けた声が聞こえて、見知った顔が入って来た。ツノを生やした頭に、長い銀髪。僕と同じくらいの見た目の女の子……シィーリアが。
彼女は警察が止めるのも聞かずに僕の所までやって来た。そして、いつものような口調で僕にこう言った。
「和巳、1人は嫌か?」
「……うん」
シィーリアがギュッと目を閉じてしばらく何かを考え込む。そしてゆっくりと目を開くと、真っ直ぐに僕の目を見た。
「そうか……ならば和巳、妾の元へ来い」
突然の提案に頭が混乱する。彼女の後ろを見ると、警察官も施設の人も驚いたような顔をしていた。彼らが後ろで何かを言っているけど、聞こえない。シィーリアの言葉しか耳に入らなかった。
シィーリアの所へ、行く?
「嫌か? ……もしお主が望むなら、妾がお主の親となろう」
「お、親って……そんなの……」
「なーに心配するでない! こんな姿でも妾は齢500を超える魔族の女じゃ! お主に不自由はさせぬ」
「でも、シィーリア……見た目は子供だし」
シィーリアが大袈裟な動きで倒れそうになる。
「う、うるさいの! 気にしておるんじゃからの、妾も……!」
恥ずかしそうにするシィーリアに笑ってしまう。その時、昨日から初めて笑った事に気付いた。
「ほれ、気を取り直してもう1度じゃ!」
シィーリアが僕に手を差し出す。
「……和巳、お主が自分の意思で道を開けるまで、妾がそれを支えよう。家族として、親として。今のお主にはそれが必要じゃと……妾は思う」
その顔は優しげで、でも悲しさも含まれている気がして……すごく大人に見えて……気が付いたら僕は彼女の手を取っていた。彼女はいつものようにニッと笑みを浮かべると、警察官達に向かって叫んだ。
「お主達見ておったな!? この子はダンジョン管理局東京本部長シィーリア・エイブスが後見人となる!! 文句があるならばこの場で申してみよ!!」
彼女の迫力に警察官達はフルフルと首を横に振り、逃げるように病室から出ていってしまった。
「……ふぅ、なんとかなったかの。手続きとか全然分からんが、ま、何とかなるじゃろ」
シィーリアが僕をギュッと抱きしめてくれる。なんだかそれが懐かしいような感じがして、すごく安心する。
「大丈夫じゃ。お主の両親は生きておる。今は心が疲れておるだけ……生きていれば、いつかまた元の姿に戻れよう。それまでの短い間で良い……妾をお主の母にしておくれ」
「うん」
耳元で囁く優しい声。強く抱きしめてくれる両手。それが、僕に「ここにいていい」と言ってくれているみたいで、涙が溢れてきてしまう。
「僕……僕のせいで……みんなが……」
「お主のせいじゃない。悪いのは全て妾達魔族なのじゃから。辛いと思ったら妾を恨め。妾は全て受け止めよう」
その言葉にお母さんとお父さんに怒鳴られていたシィーリアを思い出した。どれだけ酷い事を言われても、シィーリアはずっとそれを受け止めていた事を。本当は辛いはずなのに、僕に普通に接してくれていた事を。
「し、シィーリアは、悪く、ひぐ、ないもん……」
「ありがとう。お主は優しい子じゃ……きっと大丈夫。大丈夫じゃぞ」
大丈夫と言ってくれたのがうれしくて、僕も彼女を抱きしめた。思っていた事を全部話して、彼女はそれをずっと聞いてくれていた。優しく相槌を打って、時々背中を摩ってくれて……前に頭を撫でられた時は恥ずかしかったのに、今日は全然そんなことを思わない。安心する……シィーリアといると安心した。
こうして僕とシィーリアは家族になった。
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「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
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