23 / 40
穏やかな日々
03
しおりを挟む
「井上のことを謝っただけだ」
「じゃあ、なんで安村が泣くんですか?」
「そんなの俺に聞くなよ」
「睦己?」
イヤイヤと首を横に振ることしかできない。ここで、緒方先輩に対する不信を言えるわけない。座る僕の目線の高さに腰をかがめ、顔を覗き込む。
「どした?」
「ううん…何でもない。大丈夫だから」
やっぱり直輝は凄い。顔を見るだけで僕の不安や不満を和らげてくれる。
「何でも言って。睦己が気にすることじゃない。先輩の言い方がキツかった?」
「違うよ…。ただ…、やっ、違っ…」
優しい直輝に思わず言ってしまいそうになる。でも、直輝と緒方先輩の良好な関係を僕が歪めるわけにはいかない。井上さんとも……。まだ、直輝の先輩として敬う気持ちにはなれない。
はっきり言ってしまえば、僕は何もされていない。いつまでも怒っているのは子供染みたことだとは思う。けれど、会いたくないのとはまた別の問題だ。そのことを話題にしたくないと思うのは、いけないことなのかな?会いたくないと思うのも。
加害者が謝りたいと思う、その気持ちの整理のためだけに被害者が付き合わされる謂れはない。そちらにしてみれば、僕の事を被害者とは思っていないかもしれない。それでも、もし、悪いことをしたと思うなら、僕の前に顔を見せないで欲しい。
まあ、直輝に会いたいがために、同じグラウンドに井上さんがいるのをわかっていて、ここに来ているのだから、顔を見せるなとは言わない。言わないけれど、謝りたいと目の前に立たれるのと、遠くの姿を見るのとでは全然違う。実際、直輝を探す時に、走る姿を目の端に捉えた。そこに多少の恐怖を感じるけれど、こんな広い場所で遠く離れた場所にいる人には、スッと視線を逸らすだけで事足りる。
「井上さんに謝らせてくれって、言われた」
「そう」
感情の部分を言わず、ただ事実だけを言った。少し疑いの目で、探るように僕を見つめる。
「それだけ?」
「うん」
「そっか」
そんなことで泣くなよと思ったのかな?謝らせてやったら良いと思っただろうか?
「嫌なら受けなくて良い。顔見たくないだろ?まあ、井上先輩はあそこにいるけど。睦己が嫌がることはしない。キャプテンにもちゃんと言うから。な?」
もう泣くな、と頭を撫でてくれた。僕の気持ちをきちんと理解してくれた。
「どうする?」
「嫌だって言った」
「うん。それで良いよ」
立ち上がり、先輩の方に向き、軽くお辞儀をした。
「先輩、井上先輩に言っといてくださいね。お願いします」
「わかったよ」
少し不機嫌そうな緒方先輩に、僕の肩がピクリと震えた。直輝とは違う。やはり、謝るくらいさせてやっても良いのに、と思っているのだろう。嫌だ。この人はどこまで行っても井上さんの味方なのだ。そりゃそうか。僕に気を使う義理はない。
もう少し落ち着くまで、もうここには来ない方が良いのかもしれない。相手が忘れるまで。僕が直ぐに忘れられなくても、連れ出して告白しただけと思っているのだとしたら…一週間もすれば忘れるだろう。
「直輝、ごめん。今日は帰るね。練習、頑張って」
「何言って…」
「うん。僕が悪かったよ」
「睦己が悪いわけない」
「でも、今日、ここに来るべきじゃなかった、と思う」
「一体どんな言い方されたんだ?」
「ん?普通だよ」
直輝が先輩の顔をチラリと見る。
「お、俺は井上が謝りたいと言ってるって伝えただけだ」
「それと…『他の部員の前で言うと、井上にも安村にも悪いと思って…』…だったかな」
堪らずに付け足した。顔は上げられない。直輝の雰囲気が瞬時に変わる。
「緒方先輩は、安村が井上先輩を唆したとでも思ってるんですか?」
「そんなわけないだろ?」
「こいつは、先輩がそう思ってると感じたようです」
「そんなこと…」
「先輩、もうちょっと休憩ですよね?あっち行こ?睦己」
「おい、直輝!」
「さっさと井上先輩に告らないから、こんなことになったんですよ?自分が不甲斐ないからって、安村に八つ当たりしないでください」
「お前、何で知って…?」
「そんなの見てたらわかります。まあ、俺は安村の事があるから敏感なだけで、他の部員が同じかどうかは知らないですけど。ヨシも薄々気付いてると思います。兎に角!先輩が井上先輩をがっちり捕まえて、もうどこにも目を向けさせないようにしてくれさえすれば、安村も安心してここに来れます。俺も安心ですし。お願いしますね」
そう言うと、僕の背中を押して歩き出した。慌てて鞄を掴み行先をその手に委ねた。
「じゃあ、なんで安村が泣くんですか?」
「そんなの俺に聞くなよ」
「睦己?」
イヤイヤと首を横に振ることしかできない。ここで、緒方先輩に対する不信を言えるわけない。座る僕の目線の高さに腰をかがめ、顔を覗き込む。
「どした?」
「ううん…何でもない。大丈夫だから」
やっぱり直輝は凄い。顔を見るだけで僕の不安や不満を和らげてくれる。
「何でも言って。睦己が気にすることじゃない。先輩の言い方がキツかった?」
「違うよ…。ただ…、やっ、違っ…」
優しい直輝に思わず言ってしまいそうになる。でも、直輝と緒方先輩の良好な関係を僕が歪めるわけにはいかない。井上さんとも……。まだ、直輝の先輩として敬う気持ちにはなれない。
はっきり言ってしまえば、僕は何もされていない。いつまでも怒っているのは子供染みたことだとは思う。けれど、会いたくないのとはまた別の問題だ。そのことを話題にしたくないと思うのは、いけないことなのかな?会いたくないと思うのも。
加害者が謝りたいと思う、その気持ちの整理のためだけに被害者が付き合わされる謂れはない。そちらにしてみれば、僕の事を被害者とは思っていないかもしれない。それでも、もし、悪いことをしたと思うなら、僕の前に顔を見せないで欲しい。
まあ、直輝に会いたいがために、同じグラウンドに井上さんがいるのをわかっていて、ここに来ているのだから、顔を見せるなとは言わない。言わないけれど、謝りたいと目の前に立たれるのと、遠くの姿を見るのとでは全然違う。実際、直輝を探す時に、走る姿を目の端に捉えた。そこに多少の恐怖を感じるけれど、こんな広い場所で遠く離れた場所にいる人には、スッと視線を逸らすだけで事足りる。
「井上さんに謝らせてくれって、言われた」
「そう」
感情の部分を言わず、ただ事実だけを言った。少し疑いの目で、探るように僕を見つめる。
「それだけ?」
「うん」
「そっか」
そんなことで泣くなよと思ったのかな?謝らせてやったら良いと思っただろうか?
「嫌なら受けなくて良い。顔見たくないだろ?まあ、井上先輩はあそこにいるけど。睦己が嫌がることはしない。キャプテンにもちゃんと言うから。な?」
もう泣くな、と頭を撫でてくれた。僕の気持ちをきちんと理解してくれた。
「どうする?」
「嫌だって言った」
「うん。それで良いよ」
立ち上がり、先輩の方に向き、軽くお辞儀をした。
「先輩、井上先輩に言っといてくださいね。お願いします」
「わかったよ」
少し不機嫌そうな緒方先輩に、僕の肩がピクリと震えた。直輝とは違う。やはり、謝るくらいさせてやっても良いのに、と思っているのだろう。嫌だ。この人はどこまで行っても井上さんの味方なのだ。そりゃそうか。僕に気を使う義理はない。
もう少し落ち着くまで、もうここには来ない方が良いのかもしれない。相手が忘れるまで。僕が直ぐに忘れられなくても、連れ出して告白しただけと思っているのだとしたら…一週間もすれば忘れるだろう。
「直輝、ごめん。今日は帰るね。練習、頑張って」
「何言って…」
「うん。僕が悪かったよ」
「睦己が悪いわけない」
「でも、今日、ここに来るべきじゃなかった、と思う」
「一体どんな言い方されたんだ?」
「ん?普通だよ」
直輝が先輩の顔をチラリと見る。
「お、俺は井上が謝りたいと言ってるって伝えただけだ」
「それと…『他の部員の前で言うと、井上にも安村にも悪いと思って…』…だったかな」
堪らずに付け足した。顔は上げられない。直輝の雰囲気が瞬時に変わる。
「緒方先輩は、安村が井上先輩を唆したとでも思ってるんですか?」
「そんなわけないだろ?」
「こいつは、先輩がそう思ってると感じたようです」
「そんなこと…」
「先輩、もうちょっと休憩ですよね?あっち行こ?睦己」
「おい、直輝!」
「さっさと井上先輩に告らないから、こんなことになったんですよ?自分が不甲斐ないからって、安村に八つ当たりしないでください」
「お前、何で知って…?」
「そんなの見てたらわかります。まあ、俺は安村の事があるから敏感なだけで、他の部員が同じかどうかは知らないですけど。ヨシも薄々気付いてると思います。兎に角!先輩が井上先輩をがっちり捕まえて、もうどこにも目を向けさせないようにしてくれさえすれば、安村も安心してここに来れます。俺も安心ですし。お願いしますね」
そう言うと、僕の背中を押して歩き出した。慌てて鞄を掴み行先をその手に委ねた。
40
あなたにおすすめの小説
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
伯爵家次男は、女遊びの激しい(?)幼なじみ王子のことがずっと好き
メグエム
BL
伯爵家次男のユリウス・ツェプラリトは、ずっと恋焦がれている人がいる。その相手は、幼なじみであり、王位継承権第三位の王子のレオン・ヴィルバードである。貴族と王族であるため、家や国が決めた相手と結婚しなければならない。しかも、レオンは女関係での噂が絶えず、女好きで有名だ。男の自分の想いなんて、叶うわけがない。この想いは、心の奥底にしまって、諦めるしかない。そう思っていた。
勇者様への片思いを拗らせていた僕は勇者様から溺愛される
八朔バニラ
BL
蓮とリアムは共に孤児院育ちの幼馴染。
蓮とリアムは切磋琢磨しながら成長し、リアムは村の勇者として祭り上げられた。
リアムは勇者として村に入ってくる魔物退治をしていたが、だんだんと疲れが見えてきた。
ある日、蓮は何者かに誘拐されてしまい……
スパダリ勇者×ツンデレ陰陽師(忘却の術熟練者)
不倫の片棒を担がせるなんてあり得ないだろ
雨宮里玖
BL
イケメン常務×平凡リーマン
《あらすじ》
恋人の日夏と福岡で仲睦まじく過ごしていた空木。日夏が東京本社に戻ることになり「一緒に東京で暮らそう」という誘いを望んでいたのに、日夏から「お前とはもう会わない。俺には東京に妻子がいる」とまさかの言葉。自分の存在が恋人ではなくただの期間限定の不倫相手だったとわかり、空木は激怒する——。
秋元秀一郎(30)商社常務。
空木(26)看護師
日夏(30)商社係長。
永久糖度
すずかけあおい
BL
幼い頃、幼馴染の叶はままごとが好きだった。パパはもちろん叶でママはなぜか恵吾。恵吾のことが大好きな叶の気持ちは、高校二年になった今でも変わっていない。でも、これでいいのか。
〔攻め〕長沼 叶
〔受け〕岸井 恵吾
外部サイトでも同作品を投稿しています。
『聖クロノア学院恋愛譚 』記憶を失ったベータと王族アルファ、封印された過去が愛を試すまで
るみ乃。
BL
聖クロノア学院で、記憶と感情が静かに交差する。
「君の中の、まだ知らない“俺”に、触れたかった」
記憶を失ったベータの少年・ユリス。
彼の前に現れたのは、王族の血を引くアルファ・レオンだった。
封じられた記憶。
拭いきれない心の傷。
噛み合わない言葉と、すれ違う想い。
謎に包まれた聖クロノア学院のなかで、
ふたりの距離は、近づいては揺れ、また離れていく。
触れたいのに、触れられない。
心を開けば、過去が崩れてしまう。
それでも彼らは、確かめずにはいられなかった。
――やがて、学院の奥底に眠る真実が、静かに目を覚ます。
過去と向き合い、誰かと繋がることでしか見えない未来がある。
許し、選びなおし、そしてささやかな祈り。
孤独だった少年たちは、いつしか「願い」を知っていく。
これは、ふたりの愛の物語であると同時に、
誰かの傷が、誰かの救いへと変わっていく物語。
運命に抗うのは、誰か。
未来を選ぶのは、誰なのか。
優しさと痛みが交差する場所で、物語は紡がれる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる