合鍵

茉莉花 香乃

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「も、帰るのか?」

僕を抱きしめ気怠そうに呟かれる言葉に、胸の潰れる思いがする。

素肌が擦れて、さっきまで上り詰めていた熱がまた灯りそうだ。

「んっ…」

僕が漏らす吐息に熱を感じ、まだ欲しいの?と太一が微笑む。

太一の胸に顔を埋めて、甘えるふりをする。

ううん…甘えてるんだ。

でも、顔を見たくない。

ううん…見たい。

でも、見たくない。

本当の気持ちを言ってしまいそうになるから。
どうしてとなじってしまいそうになるから。

「もう出ないと帰れなくなる…」
「泊まればいいじゃん」
「そんなことできないよ」
「母さんに怒られるって?」
「うん…」

母さんは僕が外泊したって怒ることはない。確かめたことはないけど、電車が止まったりした時に泊めてもらえる友だちを作りなよ!と言っていた。ビジネスホテルだって高いんだからって。だから、怒ることはないと思う。
だけど、母さんの所為にして帰る。

「こんな時間に帰したくない。心配だよ」
「……」
「毎日泊まるわけじゃないんだから、たまには良いだろ?」
「……」
「俺が電話入れるから。おばさん、俺の事気に入ってたじゃん。大丈夫だって」
「……」
「泊まれないなら、送って行こうか?俺がそのまま実家に泊まればいい」

次々に僕を気遣う言葉は嬉しいけれど、冷めた気持ちで見ているもう一人の自分がいる。



◆◆◆◆◆



太一とは高校から一緒で、同じ大学に通う。僕は一時間の電車通学で、太一は大学の近くに部屋を借りた。

高校の時は普通の友だちだった。僕は恋愛的な意味で気になってたけど、告白するつもりはなかった。太一に彼女ができて、側にいるのが辛い時もあったけど、しばらくするとまた僕の側に戻ってくれる。

友だちとして。

そんな三年間だった。



大学に通うようになり、しばらく経った頃、話があるんだと部屋に呼ばれた。こんなふうに話される内容は覚えがある。大抵が彼女ができたって報告。

もう、耐えられなくなっていた。なんで同じ大学に入ってしまったのか?学部が違うからいつも一緒にいるわけじゃない。でも、お昼を一緒にと誘われれば会いたい僕は行ってしまうんだ。

「ごめん。僕、帰らなくちゃ」

そう言って離れようとしたら腕を掴まれた。

「頼むよ」

真剣な顔は僕をドキリとさせる。心臓がバクバク激しく打ち鳴らされ、好きだと言う感情が剥き出しになりそうになる。

何度も誘われて、その度に断った太一の部屋に入った。高校の時に家にお邪魔した時と同じ、綺麗に片付いていて、狭いけれど居心地が良い部屋だと思った。

「ここ、座って」
「うん」
「何か飲むか?」
「ううん…、いい」

なんか、気まずい。少し、怒ったような雰囲気が太一の周りに漂う。

「あのさ…」

ビクッと身体が震えた。

「俺の事、嫌いになった?」
「えっ?」

彼女ができたんだって報告を聞くんだと身構えてたから素っ頓狂な声が出てしまった。

「な、んで?嫌いとか…」

好きとか、そんな感情は心の奥に隠してる。嫌いなわけない。好き過ぎて…女のとこに行く太一を見たくなくて…。そんなことは言えないけれど…。

「そ、んなことないよ?」
「じゃあ、この頃俺の事、避けてるのは何で?」
「それは…」
「ここだって、何度も来てって言ったのにやっとだ」
「ごめん…」
「……俺、高校の時に初めて彼女できた時、司に報告した」

そうだよ。必ず、一番に言ってくれた。

「喜んでくれた。で、別れた時も報告した」

これも、一番に教えてくれた。

「慰めてくれて、嬉しかった」

そりゃ、慰めるよ。でも、それは喜ぶ気持ちを抑えるため。

「何度かそんなことがあって…」

そう何度もあった。辛かった。もう限界。

「司を見てたら、彼女できたって報告より、別れたって報告の方が笑顔率高いような気がしたんだ」
「ご、ごめん…。やっかみだよ。僕、誰とも付き合ったことないし、モテなかったからさ」

本心が出てしまっていたんだ。気をつけなきゃ。
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