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初めて恋を知りました
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穏やかな日を過ごして、飛香舎での生活も落ち着いてきた頃だった。
今日は帝が夜に、飛香舎にお見えになると告げられている。
「桔梗、主上はどう云うおつもりなのかな?」
「そうですね。清涼殿へのお召しが無い以上、心配は無いとは思いますが」
「それが桔梗さん…」
日向が桔梗に耳打ちする。
「何?」
桔梗が云いにくそうにこちらを見た。
「…覚悟が必要かもしれない。結婚の儀式の時に主上がどうしてお前に触れてこなかったのかはわからないけれど、今度はそうはいかないと思う…。お前ばかりに辛い思いをさせて、ごめんね」
涙声だ。
「今更、何を…わたしは…わたしはもう心構えは出来ている」
今まで、穏やかに過ごせたのが不思議なくらいだ。
「こちらに御寝所の準備をと云われました」
日向が意を決してこちらを見た。
通常は清涼殿に女御が渡って行くのだ。わたしが後宮に入内してから誰も清涼殿に渡っていないのは知っていた。帝が夜にどちらかの殿舎に渡られることもなかった。
だからどこかで安心していた。自分が呼ばれないことも、誰も呼ばれないことも…。
最初はいつもの穏やかな帝だった。
常にない近さで話をするのは緊張してしまう。着物に焚きしめてある香がいつもより強く薫って目眩がしそうだ。
覚悟は後宮に上がるとわかった時にしている。
ただ父上に害が及ぶことだけが気掛かりだ。
何もご存知ないのに…。あんなに喜んでいらっしゃるのに、『違う』と『もう結婚している』と云えなかった。
ただ、保憲さまの仰る『主上は女御に愛情がなく、新しい女御に興味もない』との噂話に縋ったのだ。
噂話通りではあった。
わたしに愛も興味も持たれていないから夜のお召がなかったのだろう。
あの時も…本当はあの時にわたしの命は儚くなっていたはずだった。
そのことは、男のわたしにはありがたいけれど、どうしてかずきりと胸が痛む。
昼間、飛香舎を訪れて下さるのは、新しくやって来た女御にせめてもと思われてのことだろう。
今更騙し続けるのは無理だ。
わたしが普通の姫で、普通に入内していたのならば、夜にお側に添えないということは耐えられないのでは無いだろうか?
何のために後宮に上がったのかと。
帝が、先に催された三条邸の管弦の宴のことをお尋ねになった。
篝火の向こうに見えた桜の綺麗な様や、素晴らしい歌。笛や琵琶の話などして、笛の話を熱心にしていた時から帝の様子が変ったような気がした。
帝が近づいて、肩を押された。
「そなた男だろ?」
ついに、バレてしまった。
いや、帝の落ち着いた様子からもしかして以前から気付いていらっしゃったのかもしれない。
だから夜のお召しが無かったのか…。
もしや、最初から分かっていらっしゃったか?
ここまで来て嘘を云っても仕方ない。
着物を脱げば判ってしまうのだから。
せめて頭を垂れて謝りたいと、どうにか座ろうとするが、力で敵うはずもない。
今日は帝が夜に、飛香舎にお見えになると告げられている。
「桔梗、主上はどう云うおつもりなのかな?」
「そうですね。清涼殿へのお召しが無い以上、心配は無いとは思いますが」
「それが桔梗さん…」
日向が桔梗に耳打ちする。
「何?」
桔梗が云いにくそうにこちらを見た。
「…覚悟が必要かもしれない。結婚の儀式の時に主上がどうしてお前に触れてこなかったのかはわからないけれど、今度はそうはいかないと思う…。お前ばかりに辛い思いをさせて、ごめんね」
涙声だ。
「今更、何を…わたしは…わたしはもう心構えは出来ている」
今まで、穏やかに過ごせたのが不思議なくらいだ。
「こちらに御寝所の準備をと云われました」
日向が意を決してこちらを見た。
通常は清涼殿に女御が渡って行くのだ。わたしが後宮に入内してから誰も清涼殿に渡っていないのは知っていた。帝が夜にどちらかの殿舎に渡られることもなかった。
だからどこかで安心していた。自分が呼ばれないことも、誰も呼ばれないことも…。
最初はいつもの穏やかな帝だった。
常にない近さで話をするのは緊張してしまう。着物に焚きしめてある香がいつもより強く薫って目眩がしそうだ。
覚悟は後宮に上がるとわかった時にしている。
ただ父上に害が及ぶことだけが気掛かりだ。
何もご存知ないのに…。あんなに喜んでいらっしゃるのに、『違う』と『もう結婚している』と云えなかった。
ただ、保憲さまの仰る『主上は女御に愛情がなく、新しい女御に興味もない』との噂話に縋ったのだ。
噂話通りではあった。
わたしに愛も興味も持たれていないから夜のお召がなかったのだろう。
あの時も…本当はあの時にわたしの命は儚くなっていたはずだった。
そのことは、男のわたしにはありがたいけれど、どうしてかずきりと胸が痛む。
昼間、飛香舎を訪れて下さるのは、新しくやって来た女御にせめてもと思われてのことだろう。
今更騙し続けるのは無理だ。
わたしが普通の姫で、普通に入内していたのならば、夜にお側に添えないということは耐えられないのでは無いだろうか?
何のために後宮に上がったのかと。
帝が、先に催された三条邸の管弦の宴のことをお尋ねになった。
篝火の向こうに見えた桜の綺麗な様や、素晴らしい歌。笛や琵琶の話などして、笛の話を熱心にしていた時から帝の様子が変ったような気がした。
帝が近づいて、肩を押された。
「そなた男だろ?」
ついに、バレてしまった。
いや、帝の落ち着いた様子からもしかして以前から気付いていらっしゃったのかもしれない。
だから夜のお召しが無かったのか…。
もしや、最初から分かっていらっしゃったか?
ここまで来て嘘を云っても仕方ない。
着物を脱げば判ってしまうのだから。
せめて頭を垂れて謝りたいと、どうにか座ろうとするが、力で敵うはずもない。
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