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プロローグ
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期待に満ちた瞳に父上はしっかり僕を見て、未だにベッドに座っていた僕を手招きする。
ベッドから降りて父上の前に立ち、思わず教え込まれた女の子の挨拶をしようと寝間着の裾を持ってしまった。その手を握りしめる。習慣とは恐ろしいものだ。
「ジュリアンは男の子だ。ドレスは嫌かい?」
「はい」
「すまなかった」
父上が僕に頭を下げている。
「とうさま?」
「パトリシアのわがままを諌めることをしてこなかったわたしが悪いのだ。嫌な思いをさせてすまなかった」
母上は泣いているのか目にハンカチを当てていてその表情はわからなかった。肩が震えていたから、恐らく…泣いていたのだろう。
そんなに哀しいのかな?
そんなに僕にドレスを着ていて欲しいのかな?
僕がドレスを脱いで、髪を切ったら母上は病気になってしまうのかな?
そんな考えがふと頭をよぎった。母上に甘やかされて育った僕は無条件の愛を受けて育った。躾は厳しかった。侯爵家の子息として…ではなくお嬢としてだけれど、社交界に出ても恥ずかしくないように厳しく躾けられた。でも、それ以外は多少のわがままも聞いてくれた。
それは屋敷に仕えるメイドや馬車の御者、庭師に至るまで。
みんなは僕が男の子だと知っていたのかな?
「とうさま、ドナたちはわたしが女の子だと思っていたの?」
ドナはメイド長で一番身近な存在だ。いつもは一人で寝ていて、母上が屋敷に居ようが居まいが気にしていないのに何故か夜にダンスパーティーだろうか、夜会などに出掛けるのを見てしまうと泣いて困らせた。そんな時に宥めてくれたのがドナだった。
「いや、みんな男の子だと知っていたよ」
「そう…わたしは男の子に戻りたい。兄さまたちと同じ服を着て庭を走りたい。剣の稽古がしたい」
堪らず…という感じで声を出して泣き出してしまった母上は頼りなくて男の子としての自覚ができてきた僕は「わたしが守ってあげなきゃ」って思ってしまったんだ。
後で考えると、甘かった。
そうだ、泣き落としだったのではないかと思う。
学園に入る頃の僕なら直ぐにはさみを持って来てと言ってたと思うよ。
絆されてしまった僕は女装することを許してしまった。男の子としての教育を受けることと女装をするのは学園に入学するまでという条件を付けて。
成長と共に男としてのプライドが生まれたけれど、母上の嬉しそうな顔を見るとそれ以上は嫌だとは言えなかった。
この国は11歳になる歳に学園に入学する。
8年間の勉強の後、ある者は領地へ、ある者は上の学校へ。ある者は奉公へと進む。
学園は階級に関係なく皆が同じように学ぶが、学園に入るまでにどれだけ予備知識を得られるかはそれぞれの家庭により違い、やはり身分の高い者は入学までに基礎を学ぶので成績も当然格差ができた。
アルシャント国の中には幾つかの学園がある。基本一番近くのところに入学する。しかし、地方の貴族は王族が通う首都アデルにある学園に子どもを入学させたがり、それは許されていた。アデルにある学園は全寮制で王族も貴族も庶民も同じ待遇であり、庶民はみんな緊張しながらも楽しみに入学するのである。
貴族の家では年に数回お茶会や食事会、ダンスパーティーなどと集まりがあり四男坊と言えど出席させられた。
当然ドレスだ。
髪も短くはさせてもらえない。
ダンスも習うが、男として習うので女装のドレス姿では当然踊れない。
でも、簡単なステップなら踊れたんだ。ただ、嫌だっただけなんだ…。
まあ、そんな少女にダンスを申し込む奴は滅多にいない。せいぜいませたガキ…いや、同年代の自信過剰なガキ…いや男の子だ。
それでも壁の華に徹し、いないものとして空気のようにしていても、たまに声をかけられる。
そんな時は護衛をしている者に断らせるのだ。威厳を持って!
「体調が優れませんので」
…威厳はない…。
兄上たちがいた頃は兄上たちが守ってくれたけれど、ロドニー兄上が学園に入学してしまうと壁と融合しかけていた僕の存在は炙り出されるかのように目立ってしまい、護衛の陰に隠れて過ごさなければならなくなった。
そんな僕もやっと女装から解放される時がやってきた。
入学の説明会と何やら検査があるらしく母上は泣きながら髪を切ってくれた。
ようやく長い髪ともおさらばだ。
感慨など無かった。
あるのは開放感だけだ。
母上は、三人も同じ学園に入学させているのに入学式まで僕のドレス姿を見られると思っていたらしく、ギリギリまで切ってもらえなかった。
それでも、仲の良い友達からウィッグを紹介されて、
「これで可愛くドレスも着られるわ」
と嬉々として目の前に現れた時には…不本意ながら一度だけと念を押してドレスを着てあげた。
まあ、一度で済まなかったのは僕の優しさのなせる技だ…迫力負けしたとも言う。
短い髪でドレスを着ると、完全女装よりも違和感が半端なくて、それだけは絶対嫌と僕が言ったから友だちに相談したらしい。
きっとその友だちにも泣きついたんだ…。
検査は簡単なもので直ぐに終わった。
保護者たちは入学式までに準備するものなどを説明されるようだ。もうすぐ離れて生活することになる子どもたちの不自由にならないように粛々と進められる。
僕は兄上たちから長期休暇のたびに色々と聞いていたので、女装からの解放と相まって待ちどうしくて仕方なかった。
ベッドから降りて父上の前に立ち、思わず教え込まれた女の子の挨拶をしようと寝間着の裾を持ってしまった。その手を握りしめる。習慣とは恐ろしいものだ。
「ジュリアンは男の子だ。ドレスは嫌かい?」
「はい」
「すまなかった」
父上が僕に頭を下げている。
「とうさま?」
「パトリシアのわがままを諌めることをしてこなかったわたしが悪いのだ。嫌な思いをさせてすまなかった」
母上は泣いているのか目にハンカチを当てていてその表情はわからなかった。肩が震えていたから、恐らく…泣いていたのだろう。
そんなに哀しいのかな?
そんなに僕にドレスを着ていて欲しいのかな?
僕がドレスを脱いで、髪を切ったら母上は病気になってしまうのかな?
そんな考えがふと頭をよぎった。母上に甘やかされて育った僕は無条件の愛を受けて育った。躾は厳しかった。侯爵家の子息として…ではなくお嬢としてだけれど、社交界に出ても恥ずかしくないように厳しく躾けられた。でも、それ以外は多少のわがままも聞いてくれた。
それは屋敷に仕えるメイドや馬車の御者、庭師に至るまで。
みんなは僕が男の子だと知っていたのかな?
「とうさま、ドナたちはわたしが女の子だと思っていたの?」
ドナはメイド長で一番身近な存在だ。いつもは一人で寝ていて、母上が屋敷に居ようが居まいが気にしていないのに何故か夜にダンスパーティーだろうか、夜会などに出掛けるのを見てしまうと泣いて困らせた。そんな時に宥めてくれたのがドナだった。
「いや、みんな男の子だと知っていたよ」
「そう…わたしは男の子に戻りたい。兄さまたちと同じ服を着て庭を走りたい。剣の稽古がしたい」
堪らず…という感じで声を出して泣き出してしまった母上は頼りなくて男の子としての自覚ができてきた僕は「わたしが守ってあげなきゃ」って思ってしまったんだ。
後で考えると、甘かった。
そうだ、泣き落としだったのではないかと思う。
学園に入る頃の僕なら直ぐにはさみを持って来てと言ってたと思うよ。
絆されてしまった僕は女装することを許してしまった。男の子としての教育を受けることと女装をするのは学園に入学するまでという条件を付けて。
成長と共に男としてのプライドが生まれたけれど、母上の嬉しそうな顔を見るとそれ以上は嫌だとは言えなかった。
この国は11歳になる歳に学園に入学する。
8年間の勉強の後、ある者は領地へ、ある者は上の学校へ。ある者は奉公へと進む。
学園は階級に関係なく皆が同じように学ぶが、学園に入るまでにどれだけ予備知識を得られるかはそれぞれの家庭により違い、やはり身分の高い者は入学までに基礎を学ぶので成績も当然格差ができた。
アルシャント国の中には幾つかの学園がある。基本一番近くのところに入学する。しかし、地方の貴族は王族が通う首都アデルにある学園に子どもを入学させたがり、それは許されていた。アデルにある学園は全寮制で王族も貴族も庶民も同じ待遇であり、庶民はみんな緊張しながらも楽しみに入学するのである。
貴族の家では年に数回お茶会や食事会、ダンスパーティーなどと集まりがあり四男坊と言えど出席させられた。
当然ドレスだ。
髪も短くはさせてもらえない。
ダンスも習うが、男として習うので女装のドレス姿では当然踊れない。
でも、簡単なステップなら踊れたんだ。ただ、嫌だっただけなんだ…。
まあ、そんな少女にダンスを申し込む奴は滅多にいない。せいぜいませたガキ…いや、同年代の自信過剰なガキ…いや男の子だ。
それでも壁の華に徹し、いないものとして空気のようにしていても、たまに声をかけられる。
そんな時は護衛をしている者に断らせるのだ。威厳を持って!
「体調が優れませんので」
…威厳はない…。
兄上たちがいた頃は兄上たちが守ってくれたけれど、ロドニー兄上が学園に入学してしまうと壁と融合しかけていた僕の存在は炙り出されるかのように目立ってしまい、護衛の陰に隠れて過ごさなければならなくなった。
そんな僕もやっと女装から解放される時がやってきた。
入学の説明会と何やら検査があるらしく母上は泣きながら髪を切ってくれた。
ようやく長い髪ともおさらばだ。
感慨など無かった。
あるのは開放感だけだ。
母上は、三人も同じ学園に入学させているのに入学式まで僕のドレス姿を見られると思っていたらしく、ギリギリまで切ってもらえなかった。
それでも、仲の良い友達からウィッグを紹介されて、
「これで可愛くドレスも着られるわ」
と嬉々として目の前に現れた時には…不本意ながら一度だけと念を押してドレスを着てあげた。
まあ、一度で済まなかったのは僕の優しさのなせる技だ…迫力負けしたとも言う。
短い髪でドレスを着ると、完全女装よりも違和感が半端なくて、それだけは絶対嫌と僕が言ったから友だちに相談したらしい。
きっとその友だちにも泣きついたんだ…。
検査は簡単なもので直ぐに終わった。
保護者たちは入学式までに準備するものなどを説明されるようだ。もうすぐ離れて生活することになる子どもたちの不自由にならないように粛々と進められる。
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