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天使のような悪魔でしょうか
しおりを挟む結論から言うとさゆは食事を断った。
周りの女子社員の睨むような目と上司の面白がったような目の中で行くなんて答えをさゆが言えるはずもない。もちろんそんな目がなくても断っていた。
「まあ、結局断ったところで恨まれたことには変わりないわね」
あれから後輩の目はさらに酷いものとなった。そしてあおいを狙っていた他の社員からも。すべてはあの男のせいだ。さゆにはもうあおいが天敵としか思えない。それか人生を狂わせる悪魔。
アカネがパックの野菜ジュースを飲みながらのんびりと言った。反対にさゆは昼休みだと言うのにキーボードを叩く手を休めず鬼のように仕事をしていた。全ての傷を癒すのは仕事だ。
「どっちにしろ恨まれるなら食事に行けばよかったのに」
「嫌よ、絶対。ストレスで美味しい食事が台無しになる」
「あんたもともとそんなに食べないじゃない」
「だから食べるものは美味しいものと決めてるのよ」
食べたら太る。さゆも人間なのでその原理に沿った体をしている。だから大食いはしないし、食事は徹底していた。その分外食は存分に楽しみたい。
「マメねぇ……」
「だからアカネ、金曜日に表通りのお店に行きましょう?」
「あそこ良いわよね。オーケー」
そのお店はチーズが有名でラクレットはもちろんどの料理にもふんだんにチーズ使っている。値段もちょうどよく、ワインのラインナップもいい。
今週はそれを楽しみに生きていこう、そう思った矢先だ。
「え、どこのお店に行くんですか?」
「あら、原島さん」
「あおいでいいですよ」
頭がいたい。
さゆのキーボードを叩く指が激しくなる。
もはや聞かなかったことにしてその話を聞き流しすさゆに代わってアカネが答えた。
「チーズのお店、美味しいのよ」
「へえ!僕も行ってみたいです……でも流石に邪魔してはダメですね」
ぜひそうしてほしい。
あおいの少し寂しそうな声だが、さゆは振り向きもせずにパソコンから目を逸らさない。いつもと変わらないこの男の打たれ強さは一体どこから来ているのだろうか。しかもさゆに向けて話しかけ始めた。
「ですがさゆさん、食事なんですが違う日に行くことになりました」
ピタリと動きを止めたさゆはまだ振り向かなかった。代わりに声を出す。
「何言って……」
「先方が商談の後にと」
接待だ。
嫌だ行きたくない。でも仕事なら行くしかない。
絞り出した声は平然としている。
「わかりました」
「2人じゃないのが残念ですが……」
全くそんなことは無い。
むしろ2人だったら行かない。
アカネは飲み終えた野菜ジュースを持ったままその会話を静かに聞いていた。明らかに嫌がるさゆと何にも気にしていないあおいはさゆは地獄なのかもしれないがアカネにとっては少し面白い。だから口を出すことにした。
「あおいくんは、さゆのどこが好きなの?」
「え、ちょっとアカネ何聞いて!」
思わず振り向いたさゆはしまったと思った。完全に楽しんでいるアカネとあおいの表情を見てしまったからだ。
「全てです」
綺麗な二重が少し伏し目がちになり、さゆを見てあおいが笑う。キラキラ眩しかった笑顔は消え黒い羽が舞うように笑うのだ。
始めてこの男が怖いと思った。
「……では営業いってきますね、食事の件はまた改めて」
「行ってらっしゃい」
固まるさゆの横でアカネは手を振った。遠くなる背中を見つめながら1分ほど無言が続き、アカネはじっとさゆを見つめる。
「……ラスボスみたいな顔してたわよ」
この世に悪魔はいるらしい。
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