sweet!!-short story-

仔犬

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3人が目まぐるしく遊ばれている中、赤羽はそっとその場を離れた。
入り口付近で桃花と式が目配せをしていたからだ。

「スッキリした顔だ」

「……あの、ケンタを俺の下で預かります」

「かなり相性はいいと思いますよ」

赤羽にはまだその話をしていなかったのに既に知っている口ぶりに式は呆気にとられた。この男以上に食えない人間を見たことがない。


「なんか、外騒がしいな」

「よく聞こえましたね」


徐々に美嘉紀をはじめ他数名の幹部も集まってくると式は頭を下げ報告をする。


「飛び入りで試合がしたいって奴らが来てます」

「数は?」

「今日クラブに集まってる人数くらいは」


なら申し分ない。あくまで、数は。
赤羽は微笑む。


「承諾して下さい」

「氷怜さん達に話を通さなくても良いんですか?」

「おかげさまで機嫌が良いので恐らく大丈夫ですよ」


その言葉に式がちらりと後ろで集まる唯斗達を見つけ、眉間にシワを寄せる。
もはや見慣れた光景は、自分が最も尊敬し忠誠を誓うチームの頭と親友の姿だ。相変わらず距離感が狂っているなと式は密かに思っている。

「また、何かやってるんですかあいつらは」

それまでシビアな顔をしていた幹部数人が吹き出した。

「ピアスを開けてる。いや、開けられてる?」

「は?」

「良いもん見たよ……ふっ」


肩を震わせながら言われても状況がよく分からないが、ピアスを開けると言い出したのは絶対に唯達だろ。と式は確信した。あの溺愛ぶりからは危ないことをさせる想像は出来ないからだ。自分もまた然り。


「可愛い出し物でした」

「いや出し物って……」


本人達にその気はなくとも赤羽にはそう見えるらしい。どうせ危なっかしくて先輩達が世話を焼いたに違いない式はそこまで予想をつけ隣の桃花を密かに見た。

「相変わらずだなぁ」


苦笑気味の桃花。
ゆるく握った手で隠した口元から楽しげなのが見て取れ、こっちまでつられて笑いそうなのを堪える。隠す代わりにため息まじりに式は言う。

「あんなゆるキャラいたら試合やり辛いわ」

「久しぶりの試合だし、いいとこ見せられるから俺は嬉しいかな」

「お前もだいぶポジティブになったよな……」


最初の気弱そうな桃花の印象はかなり変化している。唯の中では大層可愛く写っているらしいが式にはそうは思えなかった。自分と変わらない男だと思う。むしろ自分よりも優れている点があり尊敬するほどだ。
それに変化したのは桃花だけでなく、式も、チームすらも、それがたった3人の喧嘩もした事がない人間に。

変わったと言えば……と幹部の一人が腕を組む。

「桃花はあの子たちが来る前が分からないだろうけど、チームの雰囲気も結構変わったな」

「え?」

驚く桃花に赤羽がいつもの爽やかな笑顔で笑う。

「もともとここの雰囲気は氷怜のさんの手によって円滑になってましたが、唯斗さん達が来てからはまた少し違う雰囲気になりましたね」

「俺もまだ日は浅いですけど、わかります。明らかに変わりましたよね。あいつら悔しいくらいに溶け込むの早いんですもん」

煙たがるような口ぶりだが最後には式も流石に苦笑が漏れてしまった。あっけなく、さらりと彼らのペースに持っていかれたのだ。

「最初はあの人たちと話すなんて、緊張して震えるくらいだったよ俺だって」

そう言う幹部の男は赤羽と同時期から所属するメンバーだ。男らしく慕われやすい彼は今でこそ氷怜達と対面してもそんな影は見られない。その男がそれほどに緊張するのは式も肯けた。格が違うのだ。

「今でもその空気はありますけどね。それでも前より積極的に氷怜さん達に話す人間が増えたのは彼らのおかげですよ」

赤羽がいい終わると同時に唯斗達から笑い声が上がる。瑠衣が笑うのはいつものことだがあそこまで子供のように笑う事はなかなか無い、暮刃も氷怜も声を上げて笑うところなどほとんど見たことがなかった。


「やっぱり、凄い……」

桃花がうっとりと見るのはもちろん唯だが、秋も優もその影響力は見ての通り。あの人たちをあれほど楽しませ、虜にし、乱している。それだけで伝説ほどの話題だ。



「さて、唯斗さん達が居たとしてもやる事は変わらない」

「はい、俺はここでは力使ってなんぼなんで」

右手で作った拳を左手で受け止めた式に桃花が言う。

「式って性格は優等生の割に男臭い思想だよね」

「お互い様だろ」

その綺麗な顔で桃花が珍しくギラついた目で微笑んだ。
赤羽が一歩前に出ると、右手を上げ爽やかに笑いながら声を張る。


「試合です。準備を」


瞬間、水を打ち付けられたようにその場の雰囲気が変わり数秒の静寂の後数十名がゆらりと立ち上がる。目の色が変わった事に赤羽はまた微笑んだ。


そこまで雰囲気が変わろうとも気にも留めないのが瑠衣だ。秋の頰をつまみニヤリと笑った。

「なーに勝手に試合入れてんのー」

「どうせ瑠衣は出るんだろ」

怒るマネをする瑠衣に暮刃が優雅に笑う様はやはり機嫌がいい。

「優も出る?」

「笑えない冗談やめて下さい」

「そう?前はノリノリだったのに」

「あれはほぼゲームじゃないですか」

「あー罰ゲームとかつけたら試合盛り上がるジャン。向こうから1発食らったらオレから愛のパンチとか~」

「それ瑠衣先輩がパンチしたいだけじゃ……」


瑠衣と暮刃がふざけ出し秋と優がそれを構うが、突然の試合宣言に唯が慌て邪魔になるのではと心配し始める。

「おれたち上のお部屋の方がいいですか?」

「どこに居てもいい」

「やった!」

するりと唯を撫でるその横顔は愛おしい物を見つめる目だ。それでも赤羽を見る氷怜の目はギラついた獣に変わる。


「赤羽、勝手に引き受けたんだお前が仕切れよ。ああ、たまには俺が1から出てやろうか」

「それではせっかくのイベントが一瞬で終わってしまいますね」

「俺は邪魔者かよ」

「メインは最後がセオリーです」


失礼な物言いにお叱りが来る事など微塵も考えていない赤羽の表情に氷怜は一瞥するも何も言わない。ある程度の自由を与えるのが氷怜のやり方だった。

どんなに変わったとは言え根本的な獣が消えた訳ではなく、結局この世界にいる限りスリルから離れる事はできない。それに離れようとも思っていない。

「うわあ試合観れるの楽しみ~ポップコーン食べたくなってきた」

「映画じゃねえっつの!」

「ねぇまだピアスあとひとつ開けるの覚えてるよね」

「も、盛り上がってる時にブスッと行って下さい優様」

唯と突っ込む秋に優が残りのピアッサーを手に微笑む。
この場で明らかに異質な3人が迷い込むには綺麗な世界ではないが、気に入っているのだここが。
だからこそ彼らが楽しそうに笑いながらここにいる事が心地いい。気に入って、気に入られて、自由に羽を伸ばして欲しい。
 
名前もないこの場所で。



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