上 下
73 / 88
北への旅路

69.戸惑いの無い未知に

しおりを挟む

「え、明日出て行く?」

「そうなの、ウルエラ」


城から帰ったと聞いたウルエラが雛野達を迎えれば、笑顔で残酷なことを言われてしまう。

「…………また突然だね。悲しむ暇もないや」

「寂しい?」

「とても」

「私もよ」


雛野の言葉に嘘はない。しかし、やはりその感情に恋慕が含まれていないのは残念だ。潔いくらいに。


「本当にお前ら達だけで行くのか?」

「心配し過ぎよパパ」


清と涼を見ながら優雅に紅茶を飲む零蘭が微笑んだ。

常識はその出来のいい頭に入っている筈だがいかんせん好奇心が強すぎる。

もうすっかり親の気分なイガルはどうにも落ち着かない。いつもと変わらない晫斗も敬紫も勝手に酒を飲み始めた。何もかもがいつも通りだ。

「情緒ねぇなぁお前ら……ギルドのやつ集めてやるよ宴だ……最後の宴だ、その前に旅路の準備くらいしておけよ」

「そうだよ、せめて最後くらい語り明かそうよ!」

ウルエラも流石に必死に食い止める。

ああ、しかもなんだか目頭が熱い。出来ることならまだまだ面倒を見てあげたかった。それなのに、少し俯くイガルに雛野が首をかしげる。


「準備も特に要らないの。この前新調したお洋服もあるし。翼もあるから自分達で飛べる……それに最後じゃないわ」

「待て待て前から言ってるが外を舐めすぎだ……しかも最後じゃないって?」


敬紫が晫斗といつの間に用意させたのか豪華な料理を部屋に運んでいる。ギルドのやつを集めると言ったのが逆に嫌だったらしい。敬紫が真顔でグラスを煽ってイガルにいった。


「週一で帰ってくるよ。たまにはここで用意したベッドで寝たい。気に入ってるから」

「……はあ?」


敬紫の雛野とよく似た淡い色の髪が綺麗に揺れた。
そんな理由でどれだけの距離を往復しようと言うのか。その感情を読み取った雛野が笑う。

「実はね」

最初はイガルに神と約束した報告を逐一行っていたが途中からしていなかったのだ。膨大すぎるその量にめんどくさがった理由が大きい。

「この前ね、約束した神様とっても便利な魔法を教えてくれたの。イガルが使う空間転移の魔法ではなくて、空間短縮の魔法があって」

「…………」


答える気も失せた。代わりにウルエラが呟く。

「まさかどこにいても帰れるって言うんじゃ……」

「その通り」

空間転移は一度行った場所しかいけない。しかも膨大な魔力も必要で荷物も大して持ち込めず、制約も多い。行ったり来たりするなんてものではなく大掛かりなのだ。

それなのに短縮なんて、そんな便利な魔法は聞いたことがない。


「神様って色々いるのね」


ある意味新種だ。



しおりを挟む

処理中です...