<本編完結>愛のために離婚した『顔だけ令嬢』は、アレキサンドライトに輝く

栗皮ゆくり

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焦がれて

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 「陛下、アレクシス皇太子殿下がいらっしゃいました」
  
 「そうか、通すがよい」

 フェルナンド皇帝は一日の大半をカトリーヌ皇后の元で過ごしている。

 「父……陛下、大事なお話があります。母上にも……一緒に聞いて頂きたいのです」

 アレクシスは昏睡状態の母を見た。

 カトリーヌは死の淵とは思えないほど安らかな表情で眠り続けている。

 「どんな話だ?」

 「私の縁談のことです。もう隣国との縁談は必要ないでしょう」

 「どういうことだ?」

 「内密に進めていた縁談は、エヌップ国の第二王女ベルタ姫でした。姫がアレクサンドル公爵と婚約した以上、私には婚約者がいなくなりました」

 「それで?」

 「オレリー・シルヴァーベル辺境伯令嬢を新しい婚約者にしようと思います」

 「それは困ったな……」

 「どういうことですか? 血筋は申し分ないはずです。子供の存在ですか?」

 フェルナンドは眠っているカトリーヌの側に座り、その手を握りしめた。

 「それもあるが、お前より先にジェレミーが同じように願い出たのだ。私にとってお前もジェレミーも大切な息子だ」

 その言葉を聞いたアレクシスは、怒りのあまり近くの花瓶を壁に投げつけた。

 「陛下! 母上の姿を見て下さい! ジェレミーの……あいつの母親が何をしたかを!」

 「アレクシス……皇太子はお前だ、それを変えるつもりはない。息子の婚約者を決めるのは私だ。それまでは白紙と思え」

 フェルナンドは、アレクシスを部屋の外に連れて出るよう侍従に合図した。

 「父上、婚約者は自分で決めます」

 「アレクシス……ジェレミーはオレリー嬢の心が自分に向くのを待つと言っていたぞ」

 すべてを拒むかのように大きな足音を立て、アレクシスは無言のまま出て行った。

 ◇

 ロシュディとタハールが公爵家に戻ると、応接間から女性たちの楽しげな声が聞こえた。

 「おかえりなさいませ」

 執事のギョームが二人を出迎えた。

 「屋敷が騒がしいようだが……」

 「ベルタ様のドレスを納品にマダム・テラ様がお越しです」
 
 ロシュディは応接間を素通りしようとしたが、ベルタに呼び止められた。

 「ロシュディ様、このドレスありがとうございます! どうですか? 私に似合っていますか?」

 ベルタは瞳と同じ薄い紫色のドレスを着てクルリと一周して見せた。

 「よく似合っていますよ」

 ロシュディが笑顔もなく答えた。

(うわぁー、ロシュディ、その態度あんまりだろ!)

 ベルタは、少し寂しそうに近づきロシュディの手を取った。

 「一緒にドレスを選んで下さいませんか?」

 ロシュディはベルタの手をそっと解いた。

 「申し訳ありません。急ぎの仕事がありますので」

 タハールが横で、申し訳なさそうに会釈した。

 「仕方ありませんわね……わがままをごめんなさい」

 ロシュディは、足早に執務室に向かった。

 執務室に入ると、タハールが大きく息を吐いた。

 「もー、ホント、息が詰まるかと思ったよ」

 「なんだ? 王女に緊張してるのか?」

 「んなわけないでしょ……ロシュディとベルタ姫の空気感が居心地悪いんだよ」

 「悪かったな。……マダム・テラと言ったな」

 「ん? ああ、アリーヌが気に入ってる衣装室だね。誕生日舞踏会のオレリー嬢のドレスは、マダム・テラが手掛けたらしいよ」

 ロシュディが、呼び鈴を鳴らす。

 「ロシュディ様、ご用でしょうか?」

 「ベルタ姫が終わってからで構わん。マダム・テラを静かに執務室に連れて来てくれ」

 ギョームが出て行くと、タハールがジトッと横目で見た。

 「ちょっとロシュディ君、何をするつもり……まさか!?」

 しばらく経って、マダム・テラは誰にも会わないようにして静かに執務室に通された。

 「公爵様、ご挨拶が遅くなりました。マダム・テラにございます。あら、タハール様! いつもありがとうございます」

 「へへっ、久しぶりだね、テラ」

 「ところで公爵様、私にどのような依頼でしょうか? ベルタ姫様のご注文はお伺いしましたが……」

 「先日の舞踏会でオレリー嬢が着ていたドレスは、マダムが作ったそうだが」

 「さようでございます。ロイヤルブルーのドレスをお作り致しました」

 「とても美しかった……。折り入って頼みがある……内密にオレリー嬢とリアン嬢にドレスを贈りたい」

 タハールとギョームは驚いて顔を見合わせた。

 「まぁ! 光栄ですわ。ドレスのデザインや色はいかがいたしましょう?」

 「デザインブックはあるか?」

 「こちらにございます」

 ベルタの時とは違って、マダム・テラの顔は喜々としている。

 「そうだな……何でも似合うが、あまりボディラインを強調しすぎない形で……」

 「でしたらボールガウンドレスが宜しいかと。ウェストから大きく広がるシルエットは、どのドレスよりも豪華で美しいですわ!」

 ロシュディは目を閉じ、誰よりも華やかで美しいドレス姿のオレリーを想像した。

 「マダムの提案に従おう……リアン嬢とのペアドレスにしてくれ」

 「かしこまりました。ドレスのお色は……」

 「赤だ」

 マダム・テラは一瞬間をおいて返事をした。

 「仰せのままに」

 「完成したドレスは、そのままシルバーヴェル家のタウンハウスへ届けてくれ。贈り主はあなたから直接伝えて欲しい」

「承知いたしました。依頼はそれだけでございますか?」

 ロシュディは、機転の利くマダム・テラが気に入った。

 「どうやらオレリー嬢と頻繁に交流しているようだな。では、オレリー嬢とリアン嬢の様子を定期的に教えてくれ。もちろん……」

 「極秘にでございますね」

 タハールとギョームは、やれやれとため息をついた。

 ◇

 「ママ! あれ何?」

 サロンのオープンや誕生日舞踏会などで目まぐるしい毎日が過ぎ、リアンとゆっくり過ごすのは久しぶりだった。

 今日はサラやサミを伴って、リアンと一緒に帝都をゆっくり見て回ることにした。

 リアンは目に見えて日々成長し、ハッキリ発音できなかった言葉も少なくなった。

 「どれ? あー、ベビーカステラね。甘くて美味しいのよ」

 「リアン、食べたい! 食べたい!」

 「オレリーお嬢様、私が並んで買ってきますので、ここで少し休憩なさって下さい」

 サラは、サロンの経営や貴族との交流で疲れているオレリーを気遣った。

 「ありがとう、サラ」

 「でしたらリアンお嬢様は俺と少し遊びましょう! お嬢はこのベンチに座って見ていて下さい」

 そう言うと、サミはリアンをヒョイッと持ち上げて肩車し、広場の噴水の周りをゆっくりと歩き始めた。

 リアンは大好きな肩車をしてもらい、キャッキャッと楽しそうに声を上げている。

 「気持ち良い日差し……」

 グーッと伸びをしたオレリーの頬をサワサワと風が撫でる。

 「あらー、可愛らしい親子ね!」

 「ホント、良いお父さんだわ」

 サミとリアンを親子と勘違いした女性たちが目の前を通り過ぎた。

 「親子……」

 オレリーの目から見ても、仲の良い幸せそうな父娘にしか見えなかった。

(ロシュディ……私は、どうしたらいいの。あなたへの愛、リアンへの愛。幸せの形が分からなくなりそうで怖い……)

 リアンとサミが、こちらを向いて笑顔で大きく手を振っている。

 オレリーは遠慮がちに、小さく手を振った。
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