<本編完結>愛のために離婚した『顔だけ令嬢』は、アレキサンドライトに輝く

栗皮ゆくり

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その先にあるもの

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 ベリル家は古くから皇宮医として皇帝に仕えていた。

 「オレリー嬢、喜んで協力しますよ。この皇宮医という座のお陰で、ベリル家と皇帝は緊密ですから」

 「そうですわ! お父様と私でカトリーヌ皇后陛下を定期的に診ています。診察と言えば、怪しまれずに陛下にもお会いできますわ」

 そうと決まれば翌日、オレリーはアリーヌの助手に扮して皇后宮を訪れた。

 侍従に扮したサミもリアンを探すため、タハールの手引きで皇宮に潜入した。

 「オレリーお姉様、ここが皇后陛下のお部屋です。心の準備は良いですか?」

 「ええ、いつでも大丈夫よ」

 アリーヌは、重厚な扉を力強く2回ノックした。

 「フェルナンド陛下、カトリーヌ陛下……アリーヌですわ」

 「ああ、アリーヌか……入るがよい」

 フェルナンドの穏やかな声がした。

 部屋の中に入ると、大きなバルコニーの窓は開け放たれ、気持ちの良い日差しが差し込んでいる。

 勿忘草が生けられたいくつもの花瓶がベッドの周りを彩り、カトリーヌが美しい寝顔で眠っていた。

 「カトリーヌ、アリーヌが来たぞ。今日も美味しい紅茶とお菓子を囲んで、楽しい話を聞かせてもらおう」

 返事をするはずもないカトリーヌに、フェルナンドは優しく話しかけている。

 (陛下は心から皇后様を愛していらっしゃるのね。ローズ皇妃様への想いを引き出すことはできるかしら……)

 フェルナンドは、ふとアリーヌの助手に目を留めた。

 「今日は、いつもの助手とは違うようだな」

 「えーっと、あの、陛下……」

 「アリーヌ、ここまで連れて来てくれてありがとう。後は、私の口から陛下にお話しするわ」

 「……オレリー嬢、だね? そなたが来た理由は分かっておる」

 真っ直ぐにオレリーを見つめるフェルナンドの視線を、オレリーもまた逸らすことなく受け止めた。

 「陛下も……私が『光の精霊セリュネア』様から加護を授かったことは、すでにお気付きですね」

 「これでも、『大地の精霊リュー』の加護を授かっておるからな。まぁ、アレクシスの執着やロシュディの警戒を考えれば察しも付くがな」

 「私の加護の力は、『心を癒やし治癒する力』です。この力の本当の意味を知った今、光と闇の精霊を再び一つにして、必ず呪いの連鎖を断ち切ります」

 「オレリー嬢、そなたがアレクシスの妃となり、ジェレミーが『スタニア王国』の国王となるのが一番円満に収まると思わんか? もちろんリアン嬢は皇女として迎えよう」

 「また……陛下は過ちを犯すのですか? 誰が誰のために犠牲になれば良いのでしょう?」

 「甘いな……ノブレス・オブリージュ、貴族の義務であろう? 民を思うなら……己の犠牲は受け入れるべきではないか?」

 「一番大切なものを失った者が、果たして民を幸せにできるのでしょうか? 陛下の心は後悔で埋め尽くされているというのに……」

 フェルナンドは強い怒りの表情に変わったかと思えば、急に肩を落とし、深い悲しみをたたえた瞳をカトリーヌに向けた。

 「私はどうすれば良かったのだ……二人の女性を同じように愛せと? 私もひとりの男だ」

 「ひとりの男である前に、陛下は皇帝です。望む愛が手に入らず傷付いた皇妃様を、孤独から救う方法はあったはずです」

 「そなたは私を責めるのか?」

 「いいえ。皇后様が、陛下とローズ皇妃様を許しておられますから」

 「カトリーヌが……」

 「本当にお優しい方です。陛下が心から愛されるのも分かりますわ」

 「オレリー嬢……私に何を望んでいるのだ? できる限りのことはしよう。この世から呪いの力が消えるのなら」

 ◇

 サミとタハールは、リアンの居場所を探していた。

 「サミ卿……皇妃宮が有力だが、迂闊には近付けないよ」

 「本当に皇妃宮にいるでしょうか? ベルタ姫がアレクサンドル公爵家に隠しているのではありませんか?」

 「いや、それはないよ。執事のギョームと侍女長のマルゴーは信頼できる者だ」
 
 死角から皇妃宮を窺っていると、慌てた様子の侍女が皇妃宮の中に消えた。

 ほどなくして美しく着飾ったローズ皇妃が現れた。

 「タハール様、皇妃様がどこかへ行くようですね」

 「今がチャンスだ! 中に入ってリアン嬢がいないか探そう」

 サミとタハールは皇妃宮に忍び込むと片っ端から探し始めた。

 「これだけ探しても見つからないとは……」

 「隠し部屋があるかもしれませんね」

 「隠し部屋か……。よし、もうそろそろ食事時だ。食事を運ぶメイドがいないか探そう」

 「あっ、タハール様、あれは」

 「ベルタ姫だ! 後を付けよう」

 ベルタは後を付けられているとも知らず、辺りを見回して人がいないのを確かめると、ローズ皇妃の部屋に入った。

 「ローズ皇妃様がいない部屋で何をしているんだ? ちょっ!? サミ卿、何を……」

 サミが隣の部屋のドアをこっそり開き、体が半分入ったところで振り向いた。

 「隣の部屋のバルコニーから飛び移って、部屋の様子を窺うのですよ」

 「いや、それはいくら何でもまずいでしょ」

 タハールの制止も聞かずサミは部屋に入ってしまった。

 「やれやれ、僕はどうも無謀な人と縁があるようだ……」

 皇妃の部屋のバルコニーに静かに飛び移り、窓から部屋の中に目を遣ると、ちょうどベルタが大きな鏡の前に立っていた。

 ベルタが鏡に手を触れると通路が現れ、鏡の向こうへ消えてしまった。

 「クソッ! 追いかけないと」

 「ちょっと、サミ卿! 待つんだ」

 部屋の中に入り急いで鏡に触れたが、すでにどうしようもなかった。

 「この鏡に現れた通路の先に、きっとリアン嬢はいるはずだ」

 サミとタハールは、様々に試みたが鏡は何の反応も示さなかった。

 「精霊の加護を持たない僕らのような普通の人間には無理なんだよ」

 「だからと言って、諦められるとでも? お嬢も戦っているんだ、俺がこんな所で諦めるわけにはいかない!」

 サミは、タハールが不思議そうに自分の顔を見ていることに気付いた。

 「こんな時に何ですか? タハール様も方法を探して下さい」

 「あのさ……こんな時に不謹慎だけど、君の想いは報われないって分かってるよね? それでも君はいいの?」

 ほんの少しの沈黙の後、サミはタハールの方を振り向きもせずに答えた。

 「報われないからと言って、愛する人が苦しむ姿を放っておけますか?」

 「それはそうだけど、ちょっと偽善じゃないかな……」

 「愛することも愛されることも同じ愛です。報われる愛しか愛と呼べないのなら、それこそ冒涜では?」

 「……サミ卿は強い人だ」

 「違いますよ。俺だって嫉妬したり、寂しさを抱えたりします。でも、愛し慈しむ心はそれさえも越えてしまうのです」

 「そうか……たとえ報われなくても、ひた向きに愛し、やがて手放すのだな」

 「そうでしょうね……時が来れば。前を向くためには大切なことだと、俺は思います」

 その時だった……部屋の扉がゆっくり開いた。
 
 「そこで何をしている?」
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