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手に届かないもの
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『闇の精霊エゴヌ』のオーラの中は、悲しみに満ちた轟音と冷たい風が吹き荒れている。
(ここは……どこかホワイト山脈と似ているわ)
肌を刺すような寒さは、シルバーヴェルの最も過酷な地をオレリーに思い出させた。
(ホワイト山脈のセレナ湖は精霊の安寧の地……もしかして繋がっている? まさかね……)
オレリーは押し寄せる思考の波を抑え、ただひたすらリアンとロシュディを求め彷徨った。
やがてベルタとロシュディの声が微かに聞こえ、オレリーは必死に声の方へと走った。
「ロシュー! リアン!」
オレリーの声にロシュディがハッと振り向いた。
「なぜオレリーが……ここは危険すぎる! 早くリアンを連れて逃げるんだ」
ロシュディの顔は真っ青で、その腕にはリアンの姿があった。
「リアン!」
オレリーは無我夢中で駆け寄ると、リアンの顔を両手で包み口元に頬を寄せて呼吸を確かめた。
穏やかな呼吸を感じると、安堵の気持ちから一気に足の力が抜けたオレリーをロシュディは力強く引き寄せた。
「オレリー、大丈夫だ。『エーテルの指輪』がしっかりリアンを守ってくれた」
「ああっ……エーテル様……ロシュー、ありがとうございます」
ベルタは憎悪の炎を瞳に燃え上がらせ、感動的な家族の再会を睨みつけた。
「どこまで! 私を惨めにするの! どうして何一つ私の思い通りにならないの!」
「残念だったな、ベルタ姫……いや、エリカ……。私を襲って意識を奪い『エーテルの指輪』の力を封じようとしたんだろ?」
「エリカ様! あなたはロシューのことを愛しているのでしょう? それなのに……どうして愛する人を傷付けることができるの?」
「ええ! 愛しているわ……ずっと昔から愛していたのに。あなたさえデビュタントに来なければ……」
「エリカ……何度も言ったはずだ。私は君を女性として愛することは……無い。妹のように思って……それだけだ」
「そんなこと望んでなんかない! 知ってたでしょう? 私がどんな気持ちでロシュディ様を見つめていたか……」
ベルタがエリカの感情を表すかのように拳を握りしめ、爪が手のひらに食い込み血が流れている。
「ベルタ様の手から血が……。エリカ様、ベルタ様まで傷付けるのはおやめください!」
「うるさい! うるさい! この女もロシュディ様を愛してしまったのよ、本当に忌々しい女たちだわ……」
(一体どうすればいいの? 『闇の糸』の対価は『命』だとセリュネア様が教えてくれたけど……)
すると、ロシュディが小さく呟いた。
「エリカはもう魂だけだ。誰かの肉体を借りることでしか存在できない……」
「ロシュー、まさかベルタ様の命を奪うつもりですか? いけませんわ! それでは『闇の精霊エゴヌ』の思う壺です」
「しかし、このままではオレリーとリアンを再び襲うだろう……そんなこと許せるわけないだろ!」
「ベルタ様の命を奪ってもエリカ様の魂が消えるとは限りません! ロシュー、『闇の精霊エゴヌ』を救わなければ全ては終わらないの」
「救う? ……なぜだ? 私から大切なひとばかり奪って行くのにか!」
「落ち着いて! ロシュー、私を見て……私もリアンもここにいるわ」
オレリーは愛する人を守りたい切実な気持ちの一方で、エリカやベルタの心の切なさも痛いほど分かっていた。
(私もロシューの心を求めてしまった時……胸が張り裂けそうだったわ)
心の痛みだけではなく……ふと、母セシルの優しさも思い出された。
(一緒に眠った日、お母様の優しさは……私を救う光だったわ)
「エリカ様……あなたの愛をご自分で汚すようなことはしないで下さい! 望んだ形の愛ではなかったとしても、ロシューとの絆はエリカ様だけのものでしたでしょ?」
「……絆? 私は……愛して欲しいのに……この苦しみからどうして逃れろというの?」
「愛を渇望するだけでは苦痛から逃れられません……新しい一歩を踏み出すには……真っ直ぐ前を見る強い決意が必要なのです」
「何も知らないくせに! 私の苦痛は分からないわ!」
「エリカ……これ以上……妹のように思っていた気持ちを私から奪わないでくれ」
ロシュディは静かに一歩ずつ歩み寄った。
(オレリー……ここまで闇に囚われてしまったエリカを助ける術はないんだ)
「ロシュー?」
オレリーは何かを感じ取り、離れていくロシューに腕を伸ばしたが届かない。
「オレリー、すまない……」
「ロシュー、何を!」
「エリカ! 欲しいんだろ? 私の心は手に入らなくとも……この私を!」
ベルタの瞳の色が薄紫と濃いオレンジを行ったり来たりを繰り返し、エリカの慟哭に応感するようにベルタの体が激しく揺れ出した。
「ギャーッ、アアッ、アーッ」
ベルタが人とは思えないような悲鳴を上げる。
その声を聞くやいなやロシュディは剣を抜き、ベルタ目がけて走り出した。
(オレリーとリアンを守れるのは私だけだ……いや、命を懸けても必ず守り切る!)
「ロシュー!」
オレリーはロシュディの後を追おうとしたが、腕の中のリアンを連れては行けない。
「ああ、どうしたら……ベルタ様! どうか目を覚まして下さい! ベルタ様が心からロシュディに伝えたいことがあるはずですわ!」
(オレリー様の声が遠くに聞こえるわ……私の伝えたいこと……ロシュディ様に……)
エリカに魂を奪われそうになりながら、エリカはオレリーの声を聞いて強く感じた。
(ロシュディ様に正々堂々と私の気持ちをお伝えしたい! たとえ……この愛が受け入れられないとしても)
心でそう感じていてもベルタの口が勝手にロシュディの名を連呼する。
「ロシュディ様! ああ、やっと私のものになって下さるのね! この忌々しい女の姿でロシュディ様の胸に抱かれるものですか!」
ベルタの体から真っ黒の醜い女の幻影がズルズルと這い出てきた。
「ロシュディ様……ロシュディ様……」
エリカがベルタの体から抜け出てきたのだった。
肉体という依代を持たないエリカの魂はどんどん溶けているように見えたが、今までとは比べ物にならないような禍々しい呪いのオーラを放っていた。
「ママ……?」
「リアン、大丈夫よ、大丈夫」
オレリーは闇のオーラから守るようにしっかりリアンを抱き、轟音と太い鞭で強く打たれるような痛みに耐えた。
ベルタも立っていることができず、伏せて闇のオーラに耐えているようだった。
ロシュディは持てる力を全て使い、『時の精霊エーテル』のオーラを剣に込めた。
そしてオーラで真っ赤に燃え盛るような剣を、飛びかかるようにして醜いエリカの幻影に向かってブンと振り下ろした。
「エリカよ……オレリーで埋め尽くされた私の心ごと飲み込むがいい!」
「ロシュー!」
(ここは……どこかホワイト山脈と似ているわ)
肌を刺すような寒さは、シルバーヴェルの最も過酷な地をオレリーに思い出させた。
(ホワイト山脈のセレナ湖は精霊の安寧の地……もしかして繋がっている? まさかね……)
オレリーは押し寄せる思考の波を抑え、ただひたすらリアンとロシュディを求め彷徨った。
やがてベルタとロシュディの声が微かに聞こえ、オレリーは必死に声の方へと走った。
「ロシュー! リアン!」
オレリーの声にロシュディがハッと振り向いた。
「なぜオレリーが……ここは危険すぎる! 早くリアンを連れて逃げるんだ」
ロシュディの顔は真っ青で、その腕にはリアンの姿があった。
「リアン!」
オレリーは無我夢中で駆け寄ると、リアンの顔を両手で包み口元に頬を寄せて呼吸を確かめた。
穏やかな呼吸を感じると、安堵の気持ちから一気に足の力が抜けたオレリーをロシュディは力強く引き寄せた。
「オレリー、大丈夫だ。『エーテルの指輪』がしっかりリアンを守ってくれた」
「ああっ……エーテル様……ロシュー、ありがとうございます」
ベルタは憎悪の炎を瞳に燃え上がらせ、感動的な家族の再会を睨みつけた。
「どこまで! 私を惨めにするの! どうして何一つ私の思い通りにならないの!」
「残念だったな、ベルタ姫……いや、エリカ……。私を襲って意識を奪い『エーテルの指輪』の力を封じようとしたんだろ?」
「エリカ様! あなたはロシューのことを愛しているのでしょう? それなのに……どうして愛する人を傷付けることができるの?」
「ええ! 愛しているわ……ずっと昔から愛していたのに。あなたさえデビュタントに来なければ……」
「エリカ……何度も言ったはずだ。私は君を女性として愛することは……無い。妹のように思って……それだけだ」
「そんなこと望んでなんかない! 知ってたでしょう? 私がどんな気持ちでロシュディ様を見つめていたか……」
ベルタがエリカの感情を表すかのように拳を握りしめ、爪が手のひらに食い込み血が流れている。
「ベルタ様の手から血が……。エリカ様、ベルタ様まで傷付けるのはおやめください!」
「うるさい! うるさい! この女もロシュディ様を愛してしまったのよ、本当に忌々しい女たちだわ……」
(一体どうすればいいの? 『闇の糸』の対価は『命』だとセリュネア様が教えてくれたけど……)
すると、ロシュディが小さく呟いた。
「エリカはもう魂だけだ。誰かの肉体を借りることでしか存在できない……」
「ロシュー、まさかベルタ様の命を奪うつもりですか? いけませんわ! それでは『闇の精霊エゴヌ』の思う壺です」
「しかし、このままではオレリーとリアンを再び襲うだろう……そんなこと許せるわけないだろ!」
「ベルタ様の命を奪ってもエリカ様の魂が消えるとは限りません! ロシュー、『闇の精霊エゴヌ』を救わなければ全ては終わらないの」
「救う? ……なぜだ? 私から大切なひとばかり奪って行くのにか!」
「落ち着いて! ロシュー、私を見て……私もリアンもここにいるわ」
オレリーは愛する人を守りたい切実な気持ちの一方で、エリカやベルタの心の切なさも痛いほど分かっていた。
(私もロシューの心を求めてしまった時……胸が張り裂けそうだったわ)
心の痛みだけではなく……ふと、母セシルの優しさも思い出された。
(一緒に眠った日、お母様の優しさは……私を救う光だったわ)
「エリカ様……あなたの愛をご自分で汚すようなことはしないで下さい! 望んだ形の愛ではなかったとしても、ロシューとの絆はエリカ様だけのものでしたでしょ?」
「……絆? 私は……愛して欲しいのに……この苦しみからどうして逃れろというの?」
「愛を渇望するだけでは苦痛から逃れられません……新しい一歩を踏み出すには……真っ直ぐ前を見る強い決意が必要なのです」
「何も知らないくせに! 私の苦痛は分からないわ!」
「エリカ……これ以上……妹のように思っていた気持ちを私から奪わないでくれ」
ロシュディは静かに一歩ずつ歩み寄った。
(オレリー……ここまで闇に囚われてしまったエリカを助ける術はないんだ)
「ロシュー?」
オレリーは何かを感じ取り、離れていくロシューに腕を伸ばしたが届かない。
「オレリー、すまない……」
「ロシュー、何を!」
「エリカ! 欲しいんだろ? 私の心は手に入らなくとも……この私を!」
ベルタの瞳の色が薄紫と濃いオレンジを行ったり来たりを繰り返し、エリカの慟哭に応感するようにベルタの体が激しく揺れ出した。
「ギャーッ、アアッ、アーッ」
ベルタが人とは思えないような悲鳴を上げる。
その声を聞くやいなやロシュディは剣を抜き、ベルタ目がけて走り出した。
(オレリーとリアンを守れるのは私だけだ……いや、命を懸けても必ず守り切る!)
「ロシュー!」
オレリーはロシュディの後を追おうとしたが、腕の中のリアンを連れては行けない。
「ああ、どうしたら……ベルタ様! どうか目を覚まして下さい! ベルタ様が心からロシュディに伝えたいことがあるはずですわ!」
(オレリー様の声が遠くに聞こえるわ……私の伝えたいこと……ロシュディ様に……)
エリカに魂を奪われそうになりながら、エリカはオレリーの声を聞いて強く感じた。
(ロシュディ様に正々堂々と私の気持ちをお伝えしたい! たとえ……この愛が受け入れられないとしても)
心でそう感じていてもベルタの口が勝手にロシュディの名を連呼する。
「ロシュディ様! ああ、やっと私のものになって下さるのね! この忌々しい女の姿でロシュディ様の胸に抱かれるものですか!」
ベルタの体から真っ黒の醜い女の幻影がズルズルと這い出てきた。
「ロシュディ様……ロシュディ様……」
エリカがベルタの体から抜け出てきたのだった。
肉体という依代を持たないエリカの魂はどんどん溶けているように見えたが、今までとは比べ物にならないような禍々しい呪いのオーラを放っていた。
「ママ……?」
「リアン、大丈夫よ、大丈夫」
オレリーは闇のオーラから守るようにしっかりリアンを抱き、轟音と太い鞭で強く打たれるような痛みに耐えた。
ベルタも立っていることができず、伏せて闇のオーラに耐えているようだった。
ロシュディは持てる力を全て使い、『時の精霊エーテル』のオーラを剣に込めた。
そしてオーラで真っ赤に燃え盛るような剣を、飛びかかるようにして醜いエリカの幻影に向かってブンと振り下ろした。
「エリカよ……オレリーで埋め尽くされた私の心ごと飲み込むがいい!」
「ロシュー!」
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