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誘拐編
6.暗雲
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あっという間に、夜会の日が訪れた。
メイが朝から張り切って夜会の準備をしてくれている。
お父様とお母様もご一緒で心強くはあるけれど、やはりヤーヴェがそばにいるだけで、どこか安心できた。
「お嬢様、髪はどのように結いましょうか?」
「そうね……清楚で愛らしい雰囲気が今日のドレスには合うわよね?」
「ええ、淡いピンクのシフォンドレスですから、片側にゆるく編み込むのはいかがでしょう? そこに白い薔薇をあしらいましょう! ダイヤの装飾品ともよく似合いますわ」
私の返事を待たないで、メイは手際よく私の髪を編み込み始めた。
器用なメイの手先を鏡越しに見つめながら、ふと思い立った。
「ダイヤ……サファリンに変えようかしら」
「サファリンですか? 希少石ですが、フフフ、お嬢様も大人びた宝石を選ばれるようになられたのですね。でも、選ばれるのもわかりますわ。あの愁いのある灰青色は魅力的ですもの」
「……不思議な宝石よね。手放したくなくなるの」
――夜会が開催されている皇宮の大広間は、すでに招待を受けた貴族たちで溢れかえっていた。
「バリバール侯爵夫妻、お久しぶりですな。いやはや、お嬢様はさらにお美しくなられて。ぜひ、わが家の愚息をお目通り願えませんでしょうか?」
「ちょっと、あなた、横入りしないで下さる? 侯爵様、わが家の息子たちをお嬢様にご紹介したいですわ」
入場してすぐにお父様とお母様は有象無象の貴族たちに囲まれ、仕方なく苦笑いを浮かべ話を聞いている。
私はうんざりしてヤーヴェの手を引いて、その場をそそくさと離れた。
「お嬢様、ご挨拶されなくても宜しいのですか?」
「ヤーヴェはそんなこと気にしなくていいの。それとも片っ端から令息に会えと言うの?」
(ヤーヴェに八つ当たりしても仕方ないのに。どうかしているわ)
すると、ヤーヴェは急に立ち止まり私の手を優しく解いた。
「私は護衛ですから、お嬢様に手を引いて頂くのはいけません。お側におりますから、夜会をお楽しみください」
「つまらないことを言うようになったのね。もういいわ」
やり場のない苛立ちを感じながら、顔なじみの令嬢たちと形ばかりの会話を始めた。
しばらくして楽団の演奏が聞こえてくると、次々と貴族たちが中央で踊り出し、大広間は一気に大輪の花が咲いたように華やいだ。
「ミレイユ様、あの、失礼でなければ先ほどから後ろにいらっしゃる方をダンスにお誘いしても?」
談笑していた令嬢の一人――男爵令嬢が、ヤーヴェを私の遠い親戚か何かと勘違いしたらしい。
着飾ったヤーヴェは、それくらい令嬢たちの視線をさらっていたのだった。
(いくら夜会で帯剣していないからって、護衛と気づかないの? ……どうやら、男爵令嬢は顔しか見ていないわね)
私が断るより先にヤーヴェが口を開いた。
「申し訳ありません、レディ。私はミレイユ様の護衛ですので、お側を離れるわけには行きません」
「そうでしたの! こんなに素敵な方ですのに、残念ですわ。また、どこかでお目に掛かりましたら……」
(本当に諦めが悪いのね)
私は男爵令嬢が言い終えぬうちに、ヤーヴェの手を掴んでダンスの輪の中に飛び込んだ。
「お、お嬢様、私は踊れません!」
「いいのよ、そんなことはどうでも。とにかく、私がリードするからヤーヴェは適当に足を動かして」
踊れないと言いながらも、元々の運動神経と勘が良いせいか、見様見真似でなんとか様になっている。
「お嬢様がどこかお怒りのように感じますが、私が何かご気分を損ねることをしてしまったのでは……」
「していないわ。ただ、あの令嬢があなたを誘ったのが気に食わないの。護衛って分かるはずなのに」
「えっ? きっとあのレディは護衛の私をからかったのだと思いますよ」
(違うわよ! ヤーヴェが素敵だから、手を出してきたに決まっているわ。こんなに素直だと、騙されないか私が心配になるのよ……)
モヤモヤとした考えに振り回されていた私だったが、ヤーヴェの袖口に光る物を見つけ、すべてが霧のように消えた。
「その、サファリンのカフスって」
「ええ、お嬢様が贈って下さったカフスですよ。今日、初めて身につけました」
初めてヤーヴェが護衛でついて来たサロンで、私は礼服とは別にヤーヴェの瞳の色に似た宝石のカフスも頼んでいたのだ。
サロンのマダムが見つけて来たカフスは、吸い込まれるように美しい灰青色のサファリンで作られていた。
「贈ったのは随分と前なのに。あら、着ている礼服も……サロンで贈ったものじゃない」
「もちろんです。ミレイユ様の舞踏会での護衛で着ると決めていました。それに、普段、平民の私が着る機会などありませんから、アハハ」
「そうよね……でも、ちゃんと身につけてくれて嬉しいわ」
「はい、私の瞳の色と似ているようで、親近感が湧くんです。……このカフスは、ミレイユ様が付けておられる宝石と似ていますね」
(ヤーヴェはきっと知らないのでしょうね。相手の色を身に付ける意味を……やっぱり私は初めから)
「ヤーヴェ、私、少し休みたいわ。なんだか疲れてしまったみたい」
「分かりました。でしたら、あちらのソファに腰掛けて休みましょう。何かお飲み物をお持ちしましょうか?」
「そうね、甘いものが飲みたいわ」
ヤーヴェは私をソファまで連れて行くと、飲み物を取りに少しその場を離れた。
「ミレイユ様、バリバール侯爵夫人がお呼びでございます。ご気分が優れないとのことで、休憩室でお休みになっています」
ソファで休む私の所へ皇宮の侍従が知らせに来た。
「お母様が? すぐに案内してちょうだい。あっ、私の護衛がいるのだけれど……」
「別の侍従に伝言をさせますので、お急ぎください。侯爵夫人がお待ちです」
私は言われるがまま、その侍従に促され大広間を出た。
「あら? 休憩室はあちらではなくって?」
「ああ……ミレイユ様、休憩室はこちらにもあるのですよ」
私が知っている休憩室とは別の方向へ向かう侍従に違和感を覚えたが、その時は焦っていたせいもあり深くは考えなかった。
(ずいぶん歩くのね)
「ミレイユ様、こちらのお部屋です。どうぞ」
侍従に促されて扉を開くと、突然、背中をドンッと押され部屋の中へ前のめりに倒れ込んだ。
「きゃあ! 痛っ……何をするの?」
部屋の中を見回してもお母様の姿はない。
侍従は後ろ手で部屋の鍵をガチャリとかけた。
「まさか、あなた、私を騙したの? 私の護衛がすぐに気づくわ。早く、ここから出しなさい!」
すると侍従はポケットからハンカチを出すと、素早く私の口を押さえた。
微かに薬品の匂いがしたかと思うと、私はその場で気を失ってしまった。
メイが朝から張り切って夜会の準備をしてくれている。
お父様とお母様もご一緒で心強くはあるけれど、やはりヤーヴェがそばにいるだけで、どこか安心できた。
「お嬢様、髪はどのように結いましょうか?」
「そうね……清楚で愛らしい雰囲気が今日のドレスには合うわよね?」
「ええ、淡いピンクのシフォンドレスですから、片側にゆるく編み込むのはいかがでしょう? そこに白い薔薇をあしらいましょう! ダイヤの装飾品ともよく似合いますわ」
私の返事を待たないで、メイは手際よく私の髪を編み込み始めた。
器用なメイの手先を鏡越しに見つめながら、ふと思い立った。
「ダイヤ……サファリンに変えようかしら」
「サファリンですか? 希少石ですが、フフフ、お嬢様も大人びた宝石を選ばれるようになられたのですね。でも、選ばれるのもわかりますわ。あの愁いのある灰青色は魅力的ですもの」
「……不思議な宝石よね。手放したくなくなるの」
――夜会が開催されている皇宮の大広間は、すでに招待を受けた貴族たちで溢れかえっていた。
「バリバール侯爵夫妻、お久しぶりですな。いやはや、お嬢様はさらにお美しくなられて。ぜひ、わが家の愚息をお目通り願えませんでしょうか?」
「ちょっと、あなた、横入りしないで下さる? 侯爵様、わが家の息子たちをお嬢様にご紹介したいですわ」
入場してすぐにお父様とお母様は有象無象の貴族たちに囲まれ、仕方なく苦笑いを浮かべ話を聞いている。
私はうんざりしてヤーヴェの手を引いて、その場をそそくさと離れた。
「お嬢様、ご挨拶されなくても宜しいのですか?」
「ヤーヴェはそんなこと気にしなくていいの。それとも片っ端から令息に会えと言うの?」
(ヤーヴェに八つ当たりしても仕方ないのに。どうかしているわ)
すると、ヤーヴェは急に立ち止まり私の手を優しく解いた。
「私は護衛ですから、お嬢様に手を引いて頂くのはいけません。お側におりますから、夜会をお楽しみください」
「つまらないことを言うようになったのね。もういいわ」
やり場のない苛立ちを感じながら、顔なじみの令嬢たちと形ばかりの会話を始めた。
しばらくして楽団の演奏が聞こえてくると、次々と貴族たちが中央で踊り出し、大広間は一気に大輪の花が咲いたように華やいだ。
「ミレイユ様、あの、失礼でなければ先ほどから後ろにいらっしゃる方をダンスにお誘いしても?」
談笑していた令嬢の一人――男爵令嬢が、ヤーヴェを私の遠い親戚か何かと勘違いしたらしい。
着飾ったヤーヴェは、それくらい令嬢たちの視線をさらっていたのだった。
(いくら夜会で帯剣していないからって、護衛と気づかないの? ……どうやら、男爵令嬢は顔しか見ていないわね)
私が断るより先にヤーヴェが口を開いた。
「申し訳ありません、レディ。私はミレイユ様の護衛ですので、お側を離れるわけには行きません」
「そうでしたの! こんなに素敵な方ですのに、残念ですわ。また、どこかでお目に掛かりましたら……」
(本当に諦めが悪いのね)
私は男爵令嬢が言い終えぬうちに、ヤーヴェの手を掴んでダンスの輪の中に飛び込んだ。
「お、お嬢様、私は踊れません!」
「いいのよ、そんなことはどうでも。とにかく、私がリードするからヤーヴェは適当に足を動かして」
踊れないと言いながらも、元々の運動神経と勘が良いせいか、見様見真似でなんとか様になっている。
「お嬢様がどこかお怒りのように感じますが、私が何かご気分を損ねることをしてしまったのでは……」
「していないわ。ただ、あの令嬢があなたを誘ったのが気に食わないの。護衛って分かるはずなのに」
「えっ? きっとあのレディは護衛の私をからかったのだと思いますよ」
(違うわよ! ヤーヴェが素敵だから、手を出してきたに決まっているわ。こんなに素直だと、騙されないか私が心配になるのよ……)
モヤモヤとした考えに振り回されていた私だったが、ヤーヴェの袖口に光る物を見つけ、すべてが霧のように消えた。
「その、サファリンのカフスって」
「ええ、お嬢様が贈って下さったカフスですよ。今日、初めて身につけました」
初めてヤーヴェが護衛でついて来たサロンで、私は礼服とは別にヤーヴェの瞳の色に似た宝石のカフスも頼んでいたのだ。
サロンのマダムが見つけて来たカフスは、吸い込まれるように美しい灰青色のサファリンで作られていた。
「贈ったのは随分と前なのに。あら、着ている礼服も……サロンで贈ったものじゃない」
「もちろんです。ミレイユ様の舞踏会での護衛で着ると決めていました。それに、普段、平民の私が着る機会などありませんから、アハハ」
「そうよね……でも、ちゃんと身につけてくれて嬉しいわ」
「はい、私の瞳の色と似ているようで、親近感が湧くんです。……このカフスは、ミレイユ様が付けておられる宝石と似ていますね」
(ヤーヴェはきっと知らないのでしょうね。相手の色を身に付ける意味を……やっぱり私は初めから)
「ヤーヴェ、私、少し休みたいわ。なんだか疲れてしまったみたい」
「分かりました。でしたら、あちらのソファに腰掛けて休みましょう。何かお飲み物をお持ちしましょうか?」
「そうね、甘いものが飲みたいわ」
ヤーヴェは私をソファまで連れて行くと、飲み物を取りに少しその場を離れた。
「ミレイユ様、バリバール侯爵夫人がお呼びでございます。ご気分が優れないとのことで、休憩室でお休みになっています」
ソファで休む私の所へ皇宮の侍従が知らせに来た。
「お母様が? すぐに案内してちょうだい。あっ、私の護衛がいるのだけれど……」
「別の侍従に伝言をさせますので、お急ぎください。侯爵夫人がお待ちです」
私は言われるがまま、その侍従に促され大広間を出た。
「あら? 休憩室はあちらではなくって?」
「ああ……ミレイユ様、休憩室はこちらにもあるのですよ」
私が知っている休憩室とは別の方向へ向かう侍従に違和感を覚えたが、その時は焦っていたせいもあり深くは考えなかった。
(ずいぶん歩くのね)
「ミレイユ様、こちらのお部屋です。どうぞ」
侍従に促されて扉を開くと、突然、背中をドンッと押され部屋の中へ前のめりに倒れ込んだ。
「きゃあ! 痛っ……何をするの?」
部屋の中を見回してもお母様の姿はない。
侍従は後ろ手で部屋の鍵をガチャリとかけた。
「まさか、あなた、私を騙したの? 私の護衛がすぐに気づくわ。早く、ここから出しなさい!」
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