《完結》恋を知らない令嬢は、護衛騎士に恋をする〜平民のあなたに恋してはいけないのですか?〜

栗皮ゆくり

文字の大きさ
10 / 15
試練編

10.嫉妬という刃

しおりを挟む
 バッシュはどこか寂しさを覚えつつ、気づけば食堂の扉を開けていた。

 椅子に座って注文すると、ヤーヴェから預かった小箱を取り出し、恐る恐る箱の中身を見た。

 (何だこれ? カフス……すごい宝石が付いてるじゃないか! 知識の無い俺が見ても高級品って分かるぞ……これ、売ったらいくらになるんだろう?)

 「バッシュじゃない! ……ヤーヴェは?」

 ヘディがヤーヴェの姿を探して、バッシュの右へ左へと視線を移す。

 「ヤーヴェは当分、いや、しばらくは来られないと思うけど」

 「それ、どういう事?」

 優しい声音から一転、急に棘々しい口調に変わる。

 (ヘディのヤツ、分かりやすく不機嫌になるなよな)

 「どうって、討伐の任務で北の領土に派遣されたんだよ」

 「なんですって!? いつ戻るの? 待って……じゃあ、お嬢様の専属護衛は外されたんだ」

 「ああ、色々あって外されたんだ。いつ戻るのか俺は知らないよ」

 バッシュは、ヘディがヤーヴェが遠く離れた地に行ったことを悲しむより、専属護衛を外されたことを喜んでいるように見えた。

 「バッシュ、その手に持ってる綺麗な小箱はなぁに?」

 ヘディは目ざとく小箱を見つけると、バッシュの言葉を待たず手からもぎ取った。

 「あっ、返せよ! それはヤーヴェから、お嬢様に渡してくれって頼まれた物なんだよ」

 「きれい! 宝石が付いたカフスじゃない! どうしてヤーヴェがこんな高級品を持っているの? それをお嬢様に渡すなんて」

 「知るかよ。たぶんだけど、ヤーヴェが見習いの頃にお嬢様からプレゼントされた物だと思う。アイツはそう言うのひけらかすヤツじゃないけど、その時、それっぽい話が使用人の間で噂になったんだよ」

 「冗談じゃないわ……貧民だからってバカにしてるの? こんなものでヤーヴェの心を掴んでいたのね。お貴族様の退屈しのぎに弄んだに違いないわ」

 呟くように独り言ちたヘディの言葉が聞き取れず、バッシュは顔をヘディの口元に近づけた。

 すると、逆にヘディはバッシュの耳を引っ張り、瞳を爛々と輝かせ耳元で囁く。

 「ねぇ、アタシ、良いこと思いついたんだ。それ渡す時にアタシも一緒に連れてってよ」

 「はぁ? お嬢様は誰もが簡単に会える方じゃないんだぞ。爵位の低い貴族だって難しいのに。俺もどうやってお嬢様にお渡しするか悩んでいるんだから」

 「それなら、アタシに任せなさいよ。それに、バッシュが黙って売るかもしれないじゃない」

 「そ、そんな事するかよ……」

 「フーン、信用できないわね。やっぱりアタシが一緒に行って見届けてあげる。アタシが一緒の方が安心でしょ?」

 バッシュはヤーヴェと違って一介の厩番に過ぎず、頼まれ事を引き受けたはいいが気が進まないのも事実だった。

 「そうだな、ヘディは俺たちの幼馴染だし、ヤーヴェも許してくれるよな」

 ◇

 「お嬢様、厩番のバッシュが何やら幼馴染の女性を連れて、お目通りをお願いしてきたのですが……お忙しいと追い返しましょうか?」

 執事が訝しげな顔で私に伝えに来た。

 (バッシュ……お父様が厩番の見習いに雇入れた子だわ。ヤーヴェの幼馴染だったわよね。もう一人幼馴染が一緒だなんて、私に何の用かしら? ヤーヴェの事かもしれないわ!)

 「そうねぇ、私の部屋に案内してちょうだい。お茶とお菓子も用意して。それから、その後は部屋には誰も入れないでね」

 「かしこまりました」

 緊張した面持ちでバッシュと知らない若い女性が入ってきた。

 「どうぞ、掛けてちょうだい」

 私は親しみを込めた笑顔でお茶とお菓子をすすめる。

 「それで、バッシュと……そのお友達が私に何の用かしら?」

 ティーカップを口元に運びながら、私は探るような目で二人を観察した。

 (この人が『白薔薇の乙女』――きれいな人。傷ひとつ無い、細くて白い指……)

 バッシュの隣に座る女性の視線が、私の顔、手、ドレス、宝石へと移って行くのが分かる。

 「あの、お嬢様、この者は俺たちの幼馴染でヘディと言います。実はヤーヴェから……」
 
 バッシュが話し始めたのを無視して、ヘディが口を開いた。

 「ヤーヴェから頼まれたんです! このカフスをお嬢様に買い取ってもらえ、って」

 思いがけない話に驚いた私は、差し出された見覚えのある小箱をジッと見つめた。

 「本当にヤーヴェがそう言ったのかしら? これは私がヤーヴェに贈った物よ。それなのに、なぜ……」

 (ヘディ、なんてこと言うんだよ! 今、本当の事を話したら、俺もヘディも罰せられてしまう)

 「ヤーヴェはお嬢様にまだ話して無かったんですね。アタシとヤーヴェは結婚の約束をしているんです。だから、アタシの生活を心配してだと思います。アタシたちはお嬢様と違って、貧しいので」

 ヘディの話は頭では理解しているはずなのに、心がその現実を受け入れられずにいる。

 「けっ……こん?」

 「はい、お嬢様。ヤーヴェが戻って来たら、もう侯爵家には戻らないと言っていました。専属護衛を辞めさせて遠い戦地に行かせたのはお嬢様ですよね?」

 ヘディの言葉が刃のように私を貫いた。

 「分かったわ……ヘディさんが暮らしに困らない金額で買い取ります。だけど、代金はあなたとヤーヴェ卿への結婚のお祝いだと思ってちょうだい」

 声が震えないようにやっとそこまで言い終えると、執事に金貨を用意させ、それをヘディに手渡した。

 ヘディは袋の口を少し開けて確かめると、片口を歪め醜い笑みを浮かべている。

 隣でその様子を見ていたバッシュは、相変わらず押し黙り無表情のままだった。

 「ありがとうございます、お嬢様。忘れるとこだった。このお菓子は貰って帰りますね」

 ヘディは金貨の入った袋と鷲掴みにしたお菓子を鞄に突っ込むと、紅茶を急いで飲み干し、逃げるように去った。
 
 「お、お嬢様、申し訳ございません」

 バッシュはそう言うと扉の前で軽く頭を下げ、ヘディの後を慌てて追いかけた。

 「お嬢様、あのような大金、宜しいのですか? バッシュは解雇しましょう。主から金銭をせびるなどもっての外です」

 呆然としていた私は執事の言葉で正気に戻ると、強い口調でこの事を口外しないよう言い含めた。


 ――「ヘディ! どうしてお嬢様にあんな嘘をついたんだ? それに、そんな大金を受け取るなんて」

 「バッシュにも半分渡すから、そんなに怒らないでよ。それに、結婚の話は嘘じゃないわ。だって、ヤーヴェと結婚したら本当のことになるじゃない」

 「お前……いくらヤーヴェの事が好きでも、やり過ぎだぞ! あいつの気持ちはどうでもいいのかよ!」

 バッシュはどこから間違えたのか自分でも分からなくなっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

銀色の恋は幻 〜あなたは愛してはいけない人〜

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
森に薬草を採りに出掛けた幼い兄妹が出会った美しい少年王。王の森に勝手に入ったと咎められ、兄は殺されてしまう。そのショックで記憶を失った妹スイランは町の商人ガクに拾われリンファと名付けられる。 やがて美しく成長したリンファは後宮で働くことになる。後宮入りする前日、森で出会った見知らぬ青年と恋に落ちるのだが、名前も知らぬままその場を離れた。そして後宮で働くこと数ヶ月、観月祭に現れた王はあの時の青年だった! 王の妃となり幸せな日々を過ごすリンファ。だがその日々は長く続かなかった ……。 異世界の中華です。後宮の設定などはふんわりゆるゆるですので、ご了承ください。

あの夜、あなたがくれた大切な宝物~御曹司はどうしようもないくらい愛おしく狂おしく愛を囁く~【after story】

けいこ
恋愛
あの夜、あなたがくれた大切な宝物~御曹司はどうしようもないくらい愛おしく狂おしく愛を囁く~ のafter storyです。 よろしくお願い致しますm(_ _)m

恋をし恋ひば~今更な新婚生活の顛末記~

川上桃園
恋愛
【本編完結】結婚した途端に半年放置の夫(何考えているのかわからない)×放置の末に開き直った妻(いじっぱり)=今更な新婚生活に愛は芽生える? 西洋風ファンタジーです。  社交界三年目を迎え、目新しい出会いも無いし、婚約者もできなかったから親のすすめで結婚した。相手は顔見知りだけれども、互いに結婚相手として考えたことはなかった。  その彼は結婚早々に外国へ。半年放っておかれたころに帰ってきたけれど、接し方がわからない。しかも本人は私の知らないうちに二週間の休暇をもらってきた。いろいろ言いたいことはあるけれど、せっかくだからと新婚旅行(ハネムーン)の計画を立てることにした。行き先は保養地で有名なハウニーコート。数多くのロマンス小説の舞台にもなった恋の生まれる地で、私たちは一人の女性と関わることになる(【ハウニーコートの恋】)。  結婚してはじめての社交界。昼間のパーティーで昔好きだった人と再会した(【昔、好きだった人】)。  夫の提案で我が家でパーティーを開くことになったが、いろいろやらなくてはいけないことも多い上に、信頼していた執事の様子もおかしくなって……(【サルマン家のパーティー】)。  あの夜で夫との絆がいっそう深まったかと言えばそうでもなかった。不満を溜めこんでいたところに夫が友人を家に招くと言い出した。突然すぎる! しかもその友人はかなり恐れ多い身分の人で……(【釣った魚には餌をやれ】)。  ある夜会で「春の女神」に出会ったが、彼女はなかなか風変わりの女性だった。彼女の名前はマティルダという(【春の女神】)。  夫が忘れ物をした。届けにいかなくては。(最終章【橋の上のふたり】)

白狼王の贄姫のはずが黒狼王子の番となって愛されることになりました

鳥花風星
恋愛
白狼王の生贄としてささげられた人間族の第二王女ライラは、白狼王から「生贄はいらない、第三王子のものになれ」と言われる。 第三王子レリウスは、手はボロボロでやせ細ったライラを見て王女ではなく偽物だと疑うが、ライラは正真正銘第二王女で、側妃の娘ということで正妃とその子供たちから酷い扱いを受けていたのだった。真相を知ったレリウスはライラを自分の屋敷に住まわせる。 いつも笑顔を絶やさず周囲の人間と馴染もうと努力するライラをレリウスもいつの間にか大切に思うようになるが、ライラが番かもしれないと分かるとなぜか黙り込んでしまう。 自分が人間だからレリウスは嫌なのだろうと思ったライラは、身を引く決心をして……。 両片思いからのハッピーエンドです。

実在しないのかもしれない

真朱
恋愛
実家の小さい商会を仕切っているロゼリエに、お見合いの話が舞い込んだ。相手は大きな商会を営む伯爵家のご嫡男。が、お見合いの席に相手はいなかった。「極度の人見知りのため、直接顔を見せることが難しい」なんて無茶な理由でいつまでも逃げ回る伯爵家。お見合い相手とやら、もしかして実在しない・・・? ※異世界か不明ですが、中世ヨーロッパ風の架空の国のお話です。 ※細かく設定しておりませんので、何でもあり・ご都合主義をご容赦ください。 ※内輪でドタバタしてるだけの、高い山も深い谷もない平和なお話です。何かすみません。

【完結】あなたの瞳に映るのは

今川みらい
恋愛
命を救える筈の友を、俺は無慈悲に見捨てた。 全てはあなたを手に入れるために。 長年の片想いが、ティアラの婚約破棄をきっかけに動き出す。 ★完結保証★ 全19話執筆済み。4万字程度です。 前半がティアラside、後半がアイラスsideになります。 表紙画像は作中で登場するサンブリテニアです。

悪女の秘密は彼だけに囁く

月山 歩
恋愛
夜会で声をかけて来たのは、かつての恋人だった。私は彼に告げずに違う人と結婚してしまったのに。私のことはもう嫌いなはず。結局夫に捨てられた私は悪女と呼ばれて、あなたは遊び人となり、私を戯れに誘うのね。

【完結】年下幼馴染くんを上司撃退の盾にしたら、偽装婚約の罠にハマりました

廻り
恋愛
 幼い頃に誘拐されたトラウマがあるリリアナ。  王宮事務官として就職するが、犯人に似ている上司に一目惚れされ、威圧的に独占されてしまう。  恐怖から逃れたいリリアナは、幼馴染を盾にし「恋人がいる」と上司の誘いを断る。 「リリちゃん。俺たち、いつから付き合っていたのかな?」  幼馴染を怒らせてしまったが、上司撃退は成功。  ほっとしたのも束の間、上司から二人の関係を問い詰められた挙句、求婚されてしまう。  幼馴染に相談したところ、彼と偽装婚約することになるが――

処理中です...