ミケット・ラキーユ伯爵令嬢の不条理な初恋

栗皮ゆくり

文字の大きさ
3 / 3

何度出会っても

しおりを挟む
 息を切らして、レナが私の部屋に勢いよく入って来た。

 「ミケット! 私、すごい密会を見ちゃったの!」

 「そんな話いくらでもあるでしょ……まさか! お父様じゃないでしょうね」

 「違うわよー、シェロー伯爵様を街で見たのよ! 変装しても私の目は誤魔化せないんだから」

 確かに、ミーハーなレナは人より目ざとい。
 
 (普通、私にその話するかな……? でも、レナのこういう所が好きなのかも。私も物好きね)

 「それで?」

 「街の外れに向かってて、ピンと来たの。そしたら、案の定、若い女と抱き合ってたのよ! 脇が甘いわよねー」

 私が失恋したと思っていないのか、レナはどんどん話を続けている。

 「可愛い子だったわ。どうやら、ジュエリー職人みたい。お客のフリして密会を楽しんでいるのね。その子も夢見たって、貴族と結婚なんてできないのに」

 「……お互い愛し合っているのよ、きっと」

 「そうかなぁ、ケビン様は遊びじゃない? 妾にするつもりかな? 愛されてる平民の妾……正妻は我慢できないでしょうね」

 嵐のようなレナが帰った後、ザワザワする心を落ち着けようと、ひとり思いを巡らせていた。

(ままならない愛は虚しいだけ……ケビン様は、本心を貴族の令嬢で紛らわしていたのかしら?)

 レナの話で、嫉妬と悔しさに心が覆われないよう、必死に抵抗していた。

(もう終わった恋よ……)


 ◇
 
 失恋の傷も癒えた頃、ばったり夜会でケビンと遭遇してしまった。

 「……ミケット嬢、お元気でしたか?」

 「ええ、シェロー伯爵様もお元気そうで」

 短い挨拶を交わし、すぐにその場を離れた。

 心が痛くなったり、憎らしい気持ちになるのかと思ったが、何も感じない。

 ……いえ、それよりもっと重症かも。

 ◇
 
 失恋の後、何人かの令息と軽く付き合った。

 もうケビンのことは何とも思っていなかったから……。

 だけど、違った。

 「何度会っても、またケビンを好きになるのね」

 でも、ケビンと遭遇した翌日にはその感情はもう思い出せない。

 それからも、何度かケビンと顔を合わせ軽い挨拶を交わしたが、何度でも初めての時のように心が恋に落ちた。

 「もう、病気ね……」

 ◇

 そして、いよいよ縁談を避けられない状況になり、山のように来た縁談の中から、お父様の薦める令息の釣書を見ていた。

 ハタと手が止まった。

 「どうした? ミケットの気に入った令息がいたか?」

 「……いいえ、お父様」

 手を止めた釣書は、ケビン・シェロー伯爵のものだった。

 「こちらは、お断りして下さい」

 「ん? シェロー伯爵? 令嬢に人気らしいが、いいのか?」

 お父様の問いかけには答えず、黙々と他の釣書を確認していく。

 「お父様、この方にしますわ」

 「レイモン・タイヨ侯爵か……彼は誠実だし、元老院からも評判が良い。賢い選択だな」
 
 ◇

 そうして、レイモンと婚約を結び、やっと数日後に結婚式を迎える。

 レイモンは、ケビンと比べると華もスマートさもないし、感情表現も豊かな方ではない。

 だけど、いつも目の前の彼の心は、ありのままだと感じた。

 今日は、レイモンと結婚式の最終チェックをしに行く。

 「ミケット、婚約指輪を嵌めて来てくれて嬉しいよ。今日は忙しいけど、ほら、あの通りのレストランで……」

 (嵌めるのは当たり前じゃない。レイモンはいつもより口数が多くて、なんだか楽しそうね)

 レイモンの話を聞きながら、馬車の窓から通りを見る。

 街の外れの方へ歩いている、ケビンの姿が見えた。

(驚いた……何度会っても、本当に好きになるのね。理由なんかない……どうやってもこの感情からは逃れられないみたい)

 アハハハハ!

 急に笑い出した私を、レイモンが不思議そうに見ている。

 「ミケット? 窓の外に何か?」

 「ううん、何でもないわ。その……なんとか通りのレストラン楽しみだわ!」

(でも、ただそれだけ……ただそれだけの感情よ)
 
 fin
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

一途な恋

凛子
恋愛
貴方だけ見つめてる……

盗み聞き

凛子
恋愛
あ、そういうこと。

離婚したい妻の話

tartan321
恋愛
タイトル通りです

抱きしめて

麻実
恋愛
夫の長期に亘る不倫に 女としての自信を失った妻は、新しい出会いに飛び込んでいく。

疑惑のタッセル

翠月るるな
恋愛
今、未婚の貴族の令嬢・令息の中で、王国の騎士たちにタッセルを渡すことが流行っていた。 目当ての相手に渡すタッセル。「房飾り」とも呼ばれ、糸や紐を束ねて作られた装飾品。様々な色やデザインで形作られている。 それは、騎士団炎の隊の隊長であるフリージアの剣にもついていた。 でもそれは──?

その愛は

芙月みひろ
恋愛
ニセモノの愛だってかまわない

雪の日に

藤谷 郁
恋愛
私には許嫁がいる。 親同士の約束で、生まれる前から決まっていた結婚相手。 大学卒業を控えた冬。 私は彼に会うため、雪の金沢へと旅立つ―― ※作品の初出は2014年(平成26年)。鉄道・駅などの描写は当時のものです。

不倫の味

麻実
恋愛
夫に裏切られた妻。彼女は家族を大事にしていて見失っていたものに気付く・・・。

処理中です...