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何度出会っても
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息を切らして、レナが私の部屋に勢いよく入って来た。
「ミケット! 私、すごい密会を見ちゃったの!」
「そんな話いくらでもあるでしょ……まさか! お父様じゃないでしょうね」
「違うわよー、シェロー伯爵様を街で見たのよ! 変装しても私の目は誤魔化せないんだから」
確かに、ミーハーなレナは人より目ざとい。
(普通、私にその話するかな……? でも、レナのこういう所が好きなのかも。私も物好きね)
「それで?」
「街の外れに向かってて、ピンと来たの。そしたら、案の定、若い女と抱き合ってたのよ! 脇が甘いわよねー」
私が失恋したと思っていないのか、レナはどんどん話を続けている。
「可愛い子だったわ。どうやら、ジュエリー職人みたい。お客のフリして密会を楽しんでいるのね。その子も夢見たって、貴族と結婚なんてできないのに」
「……お互い愛し合っているのよ、きっと」
「そうかなぁ、ケビン様は遊びじゃない? 妾にするつもりかな? 愛されてる平民の妾……正妻は我慢できないでしょうね」
嵐のようなレナが帰った後、ザワザワする心を落ち着けようと、ひとり思いを巡らせていた。
(ままならない愛は虚しいだけ……ケビン様は、本心を貴族の令嬢で紛らわしていたのかしら?)
レナの話で、嫉妬と悔しさに心が覆われないよう、必死に抵抗していた。
(もう終わった恋よ……)
◇
失恋の傷も癒えた頃、ばったり夜会でケビンと遭遇してしまった。
「……ミケット嬢、お元気でしたか?」
「ええ、シェロー伯爵様もお元気そうで」
短い挨拶を交わし、すぐにその場を離れた。
心が痛くなったり、憎らしい気持ちになるのかと思ったが、何も感じない。
……いえ、それよりもっと重症かも。
◇
失恋の後、何人かの令息と軽く付き合った。
もうケビンのことは何とも思っていなかったから……。
だけど、違った。
「何度会っても、またケビンを好きになるのね」
でも、ケビンと遭遇した翌日にはその感情はもう思い出せない。
それからも、何度かケビンと顔を合わせ軽い挨拶を交わしたが、何度でも初めての時のように心が恋に落ちた。
「もう、病気ね……」
◇
そして、いよいよ縁談を避けられない状況になり、山のように来た縁談の中から、お父様の薦める令息の釣書を見ていた。
ハタと手が止まった。
「どうした? ミケットの気に入った令息がいたか?」
「……いいえ、お父様」
手を止めた釣書は、ケビン・シェロー伯爵のものだった。
「こちらは、お断りして下さい」
「ん? シェロー伯爵? 令嬢に人気らしいが、いいのか?」
お父様の問いかけには答えず、黙々と他の釣書を確認していく。
「お父様、この方にしますわ」
「レイモン・タイヨ侯爵か……彼は誠実だし、元老院からも評判が良い。賢い選択だな」
◇
そうして、レイモンと婚約を結び、やっと数日後に結婚式を迎える。
レイモンは、ケビンと比べると華もスマートさもないし、感情表現も豊かな方ではない。
だけど、いつも目の前の彼の心は、ありのままだと感じた。
今日は、レイモンと結婚式の最終チェックをしに行く。
「ミケット、婚約指輪を嵌めて来てくれて嬉しいよ。今日は忙しいけど、ほら、あの通りのレストランで……」
(嵌めるのは当たり前じゃない。レイモンはいつもより口数が多くて、なんだか楽しそうね)
レイモンの話を聞きながら、馬車の窓から通りを見る。
街の外れの方へ歩いている、ケビンの姿が見えた。
(驚いた……何度会っても、本当に好きになるのね。理由なんかない……どうやってもこの感情からは逃れられないみたい)
アハハハハ!
急に笑い出した私を、レイモンが不思議そうに見ている。
「ミケット? 窓の外に何か?」
「ううん、何でもないわ。その……なんとか通りのレストラン楽しみだわ!」
(でも、ただそれだけ……ただそれだけの感情よ)
fin
「ミケット! 私、すごい密会を見ちゃったの!」
「そんな話いくらでもあるでしょ……まさか! お父様じゃないでしょうね」
「違うわよー、シェロー伯爵様を街で見たのよ! 変装しても私の目は誤魔化せないんだから」
確かに、ミーハーなレナは人より目ざとい。
(普通、私にその話するかな……? でも、レナのこういう所が好きなのかも。私も物好きね)
「それで?」
「街の外れに向かってて、ピンと来たの。そしたら、案の定、若い女と抱き合ってたのよ! 脇が甘いわよねー」
私が失恋したと思っていないのか、レナはどんどん話を続けている。
「可愛い子だったわ。どうやら、ジュエリー職人みたい。お客のフリして密会を楽しんでいるのね。その子も夢見たって、貴族と結婚なんてできないのに」
「……お互い愛し合っているのよ、きっと」
「そうかなぁ、ケビン様は遊びじゃない? 妾にするつもりかな? 愛されてる平民の妾……正妻は我慢できないでしょうね」
嵐のようなレナが帰った後、ザワザワする心を落ち着けようと、ひとり思いを巡らせていた。
(ままならない愛は虚しいだけ……ケビン様は、本心を貴族の令嬢で紛らわしていたのかしら?)
レナの話で、嫉妬と悔しさに心が覆われないよう、必死に抵抗していた。
(もう終わった恋よ……)
◇
失恋の傷も癒えた頃、ばったり夜会でケビンと遭遇してしまった。
「……ミケット嬢、お元気でしたか?」
「ええ、シェロー伯爵様もお元気そうで」
短い挨拶を交わし、すぐにその場を離れた。
心が痛くなったり、憎らしい気持ちになるのかと思ったが、何も感じない。
……いえ、それよりもっと重症かも。
◇
失恋の後、何人かの令息と軽く付き合った。
もうケビンのことは何とも思っていなかったから……。
だけど、違った。
「何度会っても、またケビンを好きになるのね」
でも、ケビンと遭遇した翌日にはその感情はもう思い出せない。
それからも、何度かケビンと顔を合わせ軽い挨拶を交わしたが、何度でも初めての時のように心が恋に落ちた。
「もう、病気ね……」
◇
そして、いよいよ縁談を避けられない状況になり、山のように来た縁談の中から、お父様の薦める令息の釣書を見ていた。
ハタと手が止まった。
「どうした? ミケットの気に入った令息がいたか?」
「……いいえ、お父様」
手を止めた釣書は、ケビン・シェロー伯爵のものだった。
「こちらは、お断りして下さい」
「ん? シェロー伯爵? 令嬢に人気らしいが、いいのか?」
お父様の問いかけには答えず、黙々と他の釣書を確認していく。
「お父様、この方にしますわ」
「レイモン・タイヨ侯爵か……彼は誠実だし、元老院からも評判が良い。賢い選択だな」
◇
そうして、レイモンと婚約を結び、やっと数日後に結婚式を迎える。
レイモンは、ケビンと比べると華もスマートさもないし、感情表現も豊かな方ではない。
だけど、いつも目の前の彼の心は、ありのままだと感じた。
今日は、レイモンと結婚式の最終チェックをしに行く。
「ミケット、婚約指輪を嵌めて来てくれて嬉しいよ。今日は忙しいけど、ほら、あの通りのレストランで……」
(嵌めるのは当たり前じゃない。レイモンはいつもより口数が多くて、なんだか楽しそうね)
レイモンの話を聞きながら、馬車の窓から通りを見る。
街の外れの方へ歩いている、ケビンの姿が見えた。
(驚いた……何度会っても、本当に好きになるのね。理由なんかない……どうやってもこの感情からは逃れられないみたい)
アハハハハ!
急に笑い出した私を、レイモンが不思議そうに見ている。
「ミケット? 窓の外に何か?」
「ううん、何でもないわ。その……なんとか通りのレストラン楽しみだわ!」
(でも、ただそれだけ……ただそれだけの感情よ)
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