合コンに女装参加したらカラオケの男前バイトくんに惚れた話

石月煤子

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中編

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「コイちゃん、ごめんね、せっかくのイッキ台無しにしちゃって」
「いや、別に……コイちゃんそんな飲みたくなかったし……」
「ほら、気を取り直して歌お?」


店員にビシッと注意されて飲酒強要はしなくなったものの、相変わらず馴れ馴れしく肩を抱いてくる隣の男にコーイチはげんなりした。


同時に怒りで全身がカッカしていた。

隣の男や周りの大学生、クラスメート女子に対してではない。


『一気飲みとかやめろ』


さっきの店員に対して、だった。
彼はコーイチにだけ聞こえるトーンで言ったのだ。


『馬鹿じゃねぇの、友達選べよ、馬鹿が』


ばっ……ばっ……ばかって言われた。
初対面の店員に。
しかも二回。


別に俺自身がイッキしたかったわけじゃないのに。
お酒なんて興味ねーのに。
ただ、場を盛り下げないようにって、仕方なく……。


『馬鹿じゃねぇの』


胸の奥底から全身へと広がっていく熱波にコーイチはクラクラした、こんなに激しい感情が湧いてくるのは珍しかった、熱くて熱くて、頭の奥が逆上せそうになって、冷房を点けて強風設定にしたくなった。


「なんかコイちゃん、熱くない? 火照っちゃった?」


ほんとに熱い、異様に熱い。
お酒は一口だって飲まなかったのに。


さっきの店員に止められたから……。


『馬鹿が』


自分だけタメ口で罵っていった店員の冷めた眼差しを思い出してコーイチは益々カッカした。

掴まれた手首までジンジンしてきた……。



むかつく、腹立つ、あのやろーー!!!!



全身カッカするわ、首はムズムズ痒いわ、隣の男は馴れ馴れしいわ、踏んだり蹴ったりなコーイチはろくに食べ飲みもしないで悶々としたフリータイムを過ごした。


「イタリアンのお店予約してるから移動しよう」


カラオケ店を出れば日は暮れて宵の口。

近場にある飲食店へぞろぞろ向かっていた道中、コーイチは一人だけぴたりと足を止めた。


「ごめん、コイちゃんスマホ忘れたから取りに戻る」


一番そばにいたクラスメート女子にそれだけ告げて、くるりと回れ右、詳しい店の場所も聞かないで来た道を引き返した。


スマホはバッグの内ポケットにちゃんと入っていた。
あの店員に一言物申さなければ気が済まなかった。


仮にも客だぞ、そんで初対面!


それなのに「ばか」二連発もお見舞いされて黙っていられるかっ、苦情だっ、本人に文句言ってやるっ!


人通りの多い歩道を勇み足ながらも慣れないヒールでよろよろ進んでいたコーイチだったが。


「待って、コイちゃん」


カラオケルームでずっと隣にへばりついていた男が追いかけてきて目を丸くさせた。


「今から二人でどっか行こう?」


まさかのお誘いに呆気にとられた。


「え、だって今からみんなでサ●ゼかなんかに行くんじゃ?」
「サイ●じゃないけど? 俺、コイちゃんのこと気に入っちゃって?」
「はぁ」
「だから二人っきりになりたいなーって?」


道端でまた肩を抱かれてコーイチはさすがに「むり~」と拒絶反応を起こしそうになった。


「コイちゃん、カラオケに戻んないと」
「俺も一緒に戻るよ。あ、なんなら二人で歌い直す?」


勘弁してください!!!!


「あ~、コイちゃん、合コンもう満喫したし、帰ろっかな~」


さり気なく距離をとろうとしたら今度は片腕を掴まれた。

どさりと足元に落ちた荷物。

拾おうとしたら先に拾われてわざとらしく遠ざけられた。


掴まれた腕は痛いし、酒くさいし、足疲れたし。

どーすりゃいーんだ…………



「ガチの馬鹿かよ、お前」



いきなりもう片方の腕を掴まれたかと思えば聞き覚えのある声で罵られて、コーイチは、おっかなびっくり振り返った。


「道の真ん中で堂々といちゃつくな」


一言物申そうとしていた相手がすぐ背後に立っていた。


アウトドアブランドのリュックを背負って。
ウェイターっぽい制服ではなく着崩した学ラン姿で。


「あ……っあ……っあーーーー!!」


動揺の余り大声しか出せずにいるコーイチに彼はピシャリと言い放つ。


「うるせぇ」


「ばか」の次は「うるせぇ」がきましたよ、これ。

あれ、実は俺達って知り合い?
もしかして幼馴染みだった?

名前も知らない初対面相手にここまでこっ酷く言えるもん?


「っ……痛い、腕痛い! なんでコイちゃんの腕掴むんだよ!」
「歩行の邪魔なんだよ」
「邪魔!? ばか! うるさい! そして邪魔! たった一日で三大悪口言われた!!」
「うるせぇ」
「また言われた!!」


急な再会に動じていたはずのコーイチ、立て続けに罵られてプンスカしていたら。


「お前さっきの店員かよ、高校生だったわけか」


プンスカどころではない、ガチギレしかけている合コン相手が彼の胸倉を片手で掴み、さーーーっと血の気が引いた。


ガチのケンカとか怖っ、むりすぎなんですけど!?


「さっきは随分偉そーに説教してくれたよな、女の子がいる手前大人しく聞いてやったけど、さすがにこうも続くとキレちゃうよ?」


お巡りさん来たら俺だけダッシュで逃げてもいいですか!?


「あんまり年上なめてんじゃないよ?」


しまった、このブーツじゃあダッシュで走れない、いざとなったら脱いで裸足で逃げよう!


「もしもあの場でコイツがイッキやってぶっ倒れたら、その後、責任とれたのか」


逃げることばかり考え、おろおろしていたコーイチは、はたと彼の顔に焦点を合わせた。


「もしも後遺症が残ったらケアしてやれたか? コイツの人生背負う覚悟あったのか?」


そのまま視線を束縛された。


胸倉を掴まれても相手に手を出さない、ただ自分の片腕は何故だか掴んだままでいる、年上の男を真っ直ぐ見据えている彼をひたすら見つめた。


「ちょっと何言ってるかわかんないです」


年下の男子高校生に冷静に諌められても特に感じ入る様子もない大学生は、笑って、拳を振り上げた。


彼に視線を奪われていたコーイチは我に返った。
彼が殴られると思って、咄嗟に、口を開いた。




「実はコイちゃん男なんです!!!!」




「きしょくわる」


どうして男なのに女装して合コンに参加していたのか、散々責められて罵倒された挙句、アスファルトに荷物を叩きつけられてとどめの捨て台詞。


去り際に大学生に舌打ちされ、通行人にはチラ見され、放心状態のコーイチがその場で固まっていたら。


学ランの彼は中身の食み出ていた荷物を拾い上げた。


ぶん投げられた勢いで飛び出していたスマホも拾い、ざっと画面をチェックし、コーイチに差し出した。


「よかったな」


この状況で何がよかったのか、コーイチはぎこちなく首を傾げる。


「スマホ。ヒビ入ってねぇ」


荷物一式を受け取った女装男子は……瞼にクリームアイシャドウをぬりぬりされた双眸にぶわりと涙を浮かべた。


「おっ、おっ、おっ、おっ、おっ」
「オットセイの真似か」
「オットセイの真似じゃな……っ……おっ……お前のせいだ……っ」


抱え込んだ荷物越しに涙ながらにコーイチは彼を睨みつけた。


「なにが俺のせいなんだよ」


ほんとだ、何言ってんだ、コイちゃんは。


むしろ逆に助かったじゃん。
急性アルコール中毒、神回避できたじゃん。
酔っ払い大学生、ある意味撃退できたじゃん。


こんなんただの八つ当たりだ。


「う~~~……!」


やり場のないイライラムカムカを目の前の彼にぶつけている、一番正しいのは彼だと自分自身でも十分わかっている。

でもそうでもしないと涙がもっと溢れ出しそうで。

もっともっとカッコワルイ極まりない有り様になりそうで。


言葉に詰まってコーイチが唸っていた、そのとき。


ぐううううううううううう~~


コーイチのお腹が盛大に鳴った。


「……腹減ってんのかよ」


問いかけられた女装男子はうるうるまなこでさらに彼を睨みつけた。


「そう! コイちゃんお腹減ってんだよ! お前にばかばか言われて、そのことで頭いーーーっぱいで、数時間なんっも食べてないんだよ! お前のせいでお腹空いてんの!」


周囲も憚らずにぎゃーすか喚かれて、彼は、笑った。


「ああ。そーいうことか」
「……」
「お前が腹空かせてるのが俺のせいなわけか」


自然と零れた彼の笑みに、コーイチは、見惚れた。
いや、実のところ先程からずっと彼に見惚れていた。


「仕方ねぇ奴。何か奢ってやるよ」
「へっ……マジで……?」
「何食いたいんだ?」
「えーと……イタリアン……?」
「は?」


急激に冷えた眼差しに見下ろされてコーイチは首を左右に振りまくった。


すると鋭い目は再び仄かな温もりに満たされて。
彼はコーイチの頭を無造作に撫でた。


「気色悪くねぇよ、コイ」





「んーーーっ!! うンまい、この塩とんこつ!!」
「食いながら喋るな、スープ飛ばしてんぞ」
「緒方(おがた)の煮卵一つちょーだい!!」
「ふざけんな、まだ自分の残ってんだろーが、馬鹿か」


またしても馬鹿と言われたコーイチだが、満面の笑みで聞き流し、初めて訪れたラーメン屋のテーブル席で塩とんこつラーメンをずるずるずるずる。


「この店よく来んの?」
「いーや。バイト先の先輩に先週連れてきてもらったばっか」
「ふーーーーん!」
「うまいし安いし、部活仲間にも教えなきゃな」
「緒方なんの部活してんのっ?」
「バスケ。今日も午前中練習だった」
「部活やってバイトもやってんの!? じゃあ成績悪いっしょ! コイちゃんといっしょ!」
「前回の試験では全教科九十点以上とった」
「ぶほっっ!」
「汚ねぇ」


汚したテーブルを紙ナプキンでふきふきし、コーイチは、向かい側であっという間にカレーラーメンを完食した彼・緒方を見やった。


バスケ部で、バイトやって、成績いいって?
同じ高二でこーも違う?


「緒方ずりぃ」


器を両手で持ってスープを飲み出したコーイチを緒方は見やった。


「お前、自分の髪も吸ってんぞ」
「うぇっ、ぺっ、ぺっ、もうやだ、なんか髪の毛重たいし首痒いし、邪魔くさ」
「女装が趣味なんだろ」
「べっ、別に趣味じゃねーもん、まだ二回目だし……今日いっしょいた女子に頼まれて女装しただけだし……」
「あの後、また強要されなかったか、酒」
「あ、うん、されてない」


夜の七時過ぎ、中年だったり若者だったり、様々な客層で賑わう店内は程々に騒がしかった。


「俺がバイト始める前、あの店で一気飲みが原因で救急搬送された客がいた。だから。注意してからも部屋の前通る度に中の様子は気にしてた。そもそも未成年に酒勧めるなって話だ」


止む気配のないノイズを掻き分けて鼓膜に届く声。


この数時間、何の迷いもなかった緒方の数々の言動を脳裏に反芻させてコーイチは思ったことを素直に口にする。


「緒方って先生みたい」


緒方は目を見張らせた。

短髪黒髪の長身、落ち着いた物腰の大人びた同級生にまじまじと見つめられてコーイチはあたふた視線を逸らす。


「ほらっ、さっきの大学生連中より何倍もしっかりしてるし、声っ、声が聞きやすい! 口は悪いけど!」
「声か。そんなこと初めて言われたな」
「さいですか!」
「ここ最近、教職につきたいって思い始めてたから」
「えっ、そーなの!?」
「面と向かって言われると嬉しいモンだな」


ブラインドが上げられた窓の向こうに緒方は視線を移した。

無意識にスープを飲み干してしまったコーイチも、一番気になる質問ができずに街明かりの際立つ外に目をやった。


緒方、彼女は?
当然、いるよね?


「あー、それに倫理観ってやつがしっかりしてる」
「へぇ、倫理観ねぇ……」


どーして一番盛り上がる話題について聞けないんだろーね、なー、コイちゃん?







「やるよ、これ」


コーイチは限界いっぱい目を見開かせた。


ラーメン屋で緒方に奢ってもらい、ホクホク顔で店を出た後に「ちょっと待ってろ」と言われてコンビニで待機していたら。

足早に戻ってきた緒方の手には新品のシュシュが剥き出しで握られていて。

それだけでもポカンものだったのに、後ろに回ってきたかと思えば、てきぱき一つ結びされて、恥ずかしがるのも忘れて書籍コーナー前で棒立ちになった。


なんだこれ?
ただの親切心でここまでしてくれるか?


いやいやいや、ただの親切心じゃなかったら他に何があるんだよ!?


「お……お金」
「いい」
「ま、まさか万引きしてきたとか? ッ、あ、いででッ、髪引っ張んな~!」
「そんなだせぇこと誰がやるか」


コーイチは正面にやってきた緒方をおずおずと見上げた。


「ど、どーも、です」
「ん」
「に、似合う?」


その問いかけには答えずに緒方はさっさとコンビニを出てしまい、コーイチは慌てて後を追った。


「ま、待って待って……!」


あれ。
そういえば足だるかったの、今まで忘れてた。

ていうかマシになってる?
割とスムーズに歩けるようになったし、走るのも平気になったかな?


街灯の真横で足を止めていた緒方の隣にコーイチが追い着けば、履き慣らした革靴の彼はゆっくりと歩き出した。


「お前、帰りは電車か」


帰宅の手段を尋ねられると淋しさが押し寄せてきた。


……は?
……淋しさってなんだよ?
……コイツは平気で三大悪口かましてきた奴だぞ?


「うん、電車。緒方もいっしょ?」
「俺はバスだ」
「あ、そ……ふーん」


緒方の足が駅に向かっていることに気づいて、彼とのバイバイが迫ってきていることを知らされて。

コーイチはアプリコットのリップティントがうっすら残る唇を尖らせた。


緒方が来てくれたからイッキしないで済んだ。

俺もダメージ食らったけどしつこい大学生を撃退できた。

大好きなラーメン奢ってもらった……。


「ほんと、ありがと、です」


本日、何かと自分のピンチを救ってくれた緒方にコーイチはしみじみとお礼を述べた。


「緒方、なんでバイトしてんの? 生活苦しいの? お父さんトーサンしたの?」


お礼を述べられた後に直球の質問を寄越されて緒方は苦笑する。


「いくらなんでもストレートに聞き過ぎだろ」
「あ、ごめん」
「社会勉強」
「お、俺なんか学校の勉強もままならないのに」
「日曜は大体バイトしてる。練習試合や遠征のときは休ませてもらうけどな。始めてもうすぐ一ヶ月ってところか」
「は? うそでしょ? まだ一ヶ月? 正社員のオーラ出てましたけど?」
「正社員は言い過ぎだろ」
「ううん、ガチで出てた! 正社員のオーラがムンムンだった!」


他愛ない話をしている内に駅に着いた。


「じゃあな」


緒方は端的に別れを告げると駅ビル入り口の正面にコーイチを残し、自分は先にあるバス停目指して歩道を進んでいった。


実に呆気ないバイバイだった。


夜の八時過ぎ、人の行き来が絶えない駅前に残されたコーイチはその後ろ姿をぼんやり見送った。


なんだよ。
素っ気なく置いていきやがって。
まだ九時前じゃん。
もうちょっと話したかったのに。

学校とかバイトとか、緒方のこと、もっといろいろ聞きたかった。

連絡先のいっこくらい聞いてればよかった……。


他の通行人に紛れて消えかけていた彼の背中を視線で追いかけていたコーイチは、はたと我に返る。


俺、格好だけじゃなくて心まで女子化して……?


ううん、違う。
そんなんじゃない。
男とか女とかカンケーない。


これは単なる恋心ってやつ。


「……それこそやばいだろ……」


思わず一人呟いたコーイチ、ぐるりと方向転換、駅ビルに突入して改札口へまっしぐらに向かった。


いろいろ助けられたから。
ラーメンご馳走してもらったから。
見た目も性格も男前だから。


ちょっと俺の脳みそバグ起こしたんだ。
これは気の迷いってやつだ。


また会いたい、すぐ会いたいって淋しがってるのは、女装してふわふわ浮かれた気分になってるコイちゃんだけーー


「コイ」


コーイチは息が止まるかと思った。


いきなり背後から片腕を掴まれ、その名前で呼ばれて、振り向く前から相手が誰なのかわかって。


薄っぺらな胸がこれでもかと高鳴った。


「まだ、もう少し、お前の時間もらってもいいか」


通行人の間を擦り抜け、短距離走でゴールインするかのように自分の元へ辿り着いた緒方に全神経を奪われて、コーイチはただただ頷いた……。



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