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4-1-囚われ
「心春、怖い思いをさせて悪かった」
「……」
「どこか怪我してないか?」
「イブキ先輩こそ大丈夫なの?」
「俺は……」
「アイツと一緒にいて大丈夫? お金で解決したみたいだったけど、でもまさか、人の足刺すなんて――」
「そのことは忘れてくれ。それから俺は大丈夫だ。心配しなくていい」
「イブキ先輩、いつでも逃げていいんだからね。私達、いつだってイブキ先輩の味方だよ」
「……一日早いけど、卒業おめでとう、心春」
自分のせいで巻き込まれた後輩に対し、心残りはあったものの、凌貴に確認したいこともあって今日のところは別れた――。
「文化祭の後、それ相応の慰謝料は払っていたんだ」
「……」
「復讐されるなんて夢にも思わなかったな」
「よく言う」
「前回も今回も正当防衛でしょう?」
「あれのどこが正当防衛だ」
心春を自宅に送り届け、次に忽那家の専属ドライバーが運転する高級車が向かった先は凌貴のマンションだった。
「何か飲む?」
隙のない制服姿の凌貴に問われ、L字型のレザーソファに浅く腰かけた伊吹生は首を左右に振る。
「あのタトゥーの男と取引したって本当なのか?」
「本当」
「いつ? まさか、お前、今回のことを把握してたのか?」
尋ねた直後、凌貴が再びあの眼差しを取り戻したものだから、伊吹生は一先ず口を閉ざした。
「そんなことあるわけない」
慈悲なき眼差しに射竦められる。
「君の携帯から君を拉致したと電話があったとき、行き先に指定されたscaryについて調べた。経営しているのは闇バイトの元締めとしても稼いでいる半グレ組織。すぐに金銭で決着がつくと判断し、店の電話に折り返して交渉した」
「……一人で交渉したのか」
「もちろん」
「……いや、やっぱりどう考えてもおかしい」
「おかしい? 何が?」
「話がついていたのなら、あの首謀者の足を刺す必要なんてなかった。そもそも通報すればよかったんだ。俺は向こうの人間が直接やってきて見張られていたから、助けを求めることができなかった。でもお前ならッ……――」
いきなり片手で口を塞がれた。
「僕、何か悪いことした?」
正面に立つ凌貴は、伊吹生の見開かれた目を間近に覗き込んできた。
「確かに足を刺したのは遣り過ぎたかもしれないね。後でまたちゃんと慰謝料を送らなきゃ。それにしても君が傷つかないよう最善を尽くしたつもりだったけど、非難されるなんて心外だな。見殺しにされたかった、そういうこと?」
心春がいなければ。
見殺しにされた方がよかったと伊吹生は思う。
「……本当に一千万渡したのか?」
凌貴に借りをつくるなんて一生の枷になりそうで嫌だった。
「まぁね」
「そんな大金どうしたんだ」
「僕のポケットマネーだよ」
すでに凌貴の手は離れていて、彼に大きな借りをつくってしまった伊吹生は項垂れる。
(俺には想像もつかない金額だ)
凌貴は有名なホテルグループの創業者一族の直系にあたる。
資産家の御曹司ならば、ありえない話ではないのかもしれないが……。
「……今回のことをダシにして、またせびられるかもしれないぞ」
「僕は足を刺しただけで、その分の慰謝料は払うつもりだから。強請(ゆす)られるような後ろめたいことは記憶にない」
「どうだかな。残された三人だって無事かどうか」
「それは僕の与り知れないところ。この口からは何一つ指示していない。ただ、気が立っていたからね、あのベータの群れ。虫の巣穴みたいだった地下のバーは今頃どうなっているだろうね」
地上に戻った後は待機していた車に早々と乗せられ、警察への通報は凌貴の「必要ない」という有無を言わさぬ一言があって、伊吹生も心春もしそびれていた。
(心春は無事に帰宅できた、でも……これでよかったのか?)
凌貴の狂気、残虐性を再確認した伊吹生はため息を押し殺した。
自分を助けるため信じ難い大金を使わせたことに深い罪悪感も覚える。
行き場のない感情に挟み込まれて、自分自身の逃げ場も見失い、遣る瀬無さを呑み込んだ。
「ごめんね」
項垂れていた伊吹生は顔を上げ、隣に座った凌貴を見る。
「君が傷を負うのが怖くて、なるべく早く助け出そうとしたんだけど」
血のこびりつく口角にそっと触れた真珠色の指先。
「間に合わなかった」
「……」
「どこか怪我してないか?」
「イブキ先輩こそ大丈夫なの?」
「俺は……」
「アイツと一緒にいて大丈夫? お金で解決したみたいだったけど、でもまさか、人の足刺すなんて――」
「そのことは忘れてくれ。それから俺は大丈夫だ。心配しなくていい」
「イブキ先輩、いつでも逃げていいんだからね。私達、いつだってイブキ先輩の味方だよ」
「……一日早いけど、卒業おめでとう、心春」
自分のせいで巻き込まれた後輩に対し、心残りはあったものの、凌貴に確認したいこともあって今日のところは別れた――。
「文化祭の後、それ相応の慰謝料は払っていたんだ」
「……」
「復讐されるなんて夢にも思わなかったな」
「よく言う」
「前回も今回も正当防衛でしょう?」
「あれのどこが正当防衛だ」
心春を自宅に送り届け、次に忽那家の専属ドライバーが運転する高級車が向かった先は凌貴のマンションだった。
「何か飲む?」
隙のない制服姿の凌貴に問われ、L字型のレザーソファに浅く腰かけた伊吹生は首を左右に振る。
「あのタトゥーの男と取引したって本当なのか?」
「本当」
「いつ? まさか、お前、今回のことを把握してたのか?」
尋ねた直後、凌貴が再びあの眼差しを取り戻したものだから、伊吹生は一先ず口を閉ざした。
「そんなことあるわけない」
慈悲なき眼差しに射竦められる。
「君の携帯から君を拉致したと電話があったとき、行き先に指定されたscaryについて調べた。経営しているのは闇バイトの元締めとしても稼いでいる半グレ組織。すぐに金銭で決着がつくと判断し、店の電話に折り返して交渉した」
「……一人で交渉したのか」
「もちろん」
「……いや、やっぱりどう考えてもおかしい」
「おかしい? 何が?」
「話がついていたのなら、あの首謀者の足を刺す必要なんてなかった。そもそも通報すればよかったんだ。俺は向こうの人間が直接やってきて見張られていたから、助けを求めることができなかった。でもお前ならッ……――」
いきなり片手で口を塞がれた。
「僕、何か悪いことした?」
正面に立つ凌貴は、伊吹生の見開かれた目を間近に覗き込んできた。
「確かに足を刺したのは遣り過ぎたかもしれないね。後でまたちゃんと慰謝料を送らなきゃ。それにしても君が傷つかないよう最善を尽くしたつもりだったけど、非難されるなんて心外だな。見殺しにされたかった、そういうこと?」
心春がいなければ。
見殺しにされた方がよかったと伊吹生は思う。
「……本当に一千万渡したのか?」
凌貴に借りをつくるなんて一生の枷になりそうで嫌だった。
「まぁね」
「そんな大金どうしたんだ」
「僕のポケットマネーだよ」
すでに凌貴の手は離れていて、彼に大きな借りをつくってしまった伊吹生は項垂れる。
(俺には想像もつかない金額だ)
凌貴は有名なホテルグループの創業者一族の直系にあたる。
資産家の御曹司ならば、ありえない話ではないのかもしれないが……。
「……今回のことをダシにして、またせびられるかもしれないぞ」
「僕は足を刺しただけで、その分の慰謝料は払うつもりだから。強請(ゆす)られるような後ろめたいことは記憶にない」
「どうだかな。残された三人だって無事かどうか」
「それは僕の与り知れないところ。この口からは何一つ指示していない。ただ、気が立っていたからね、あのベータの群れ。虫の巣穴みたいだった地下のバーは今頃どうなっているだろうね」
地上に戻った後は待機していた車に早々と乗せられ、警察への通報は凌貴の「必要ない」という有無を言わさぬ一言があって、伊吹生も心春もしそびれていた。
(心春は無事に帰宅できた、でも……これでよかったのか?)
凌貴の狂気、残虐性を再確認した伊吹生はため息を押し殺した。
自分を助けるため信じ難い大金を使わせたことに深い罪悪感も覚える。
行き場のない感情に挟み込まれて、自分自身の逃げ場も見失い、遣る瀬無さを呑み込んだ。
「ごめんね」
項垂れていた伊吹生は顔を上げ、隣に座った凌貴を見る。
「君が傷を負うのが怖くて、なるべく早く助け出そうとしたんだけど」
血のこびりつく口角にそっと触れた真珠色の指先。
「間に合わなかった」
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