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「このおにぎりうま! 何が入ってるんですかっ?」
「オリーブオイルで和えたサーモンとモッツアレラチーズ、あと大葉だったかな」
「拓斗センパイ、一人でおにぎり食べ過ぎ」
「拓斗くんは色々リアクションしてくれるから作り甲斐あるなぁ。心春ちゃんも遠慮しないでいっぱい食べてね」
「ありがとう、菖さん。お兄ちゃんも連れてきたかったな……」
春休み、伊吹生は姉の菖、友達の拓斗、後輩の心春とお花見に来ていた。
心春の兄の今日介は遠方の大学へ進学するため、すでに実家を出ていて不参加であった。
「こんなにおいしいごはん食べれるなんて羨まし過ぎるっ。イブキんち泊まりいきたい!」
「私もイブキ先輩の家行ってみたい」
「いつでも来て、日帰りでもお泊りでも、大歓迎だから」
大勢の花見客が訪れる公園で賑やかなムードの中、伊吹生は大切な人達との時間を楽しんだ。
「伊吹生君、お花見に出かけよう」
その日の夜、普段と違わずいきなり凌貴に呼び出された。
タクシーに共に乗り込み、移動時間はまさかの一時間超え、高速道路を走り抜けて到着した先は郊外の人里離れた場所にある大きな溜め池だった。
溜め池のすぐそばでは立派な一本桜が咲いていた。
昼ならば見物客が訪れるかもしれないが、スポットライトなどなく心許ない外灯がポツンとあるだけ、山林沿いの溜め池周辺に人気は皆無だった。
「綺麗だね」
凌貴はスーツを着ていた。
家族と食事会に出ていたそうで、体の線に沿ったダークスーツは今にも暗闇に溶け込みそうだった。
「食事会って、例の兄さんもいたのか」
凌貴が半グレ組織に渡した金は、実は彼自身のものではなく、兄のポケットマネーだったという。
『絶対にいつか俺が返す』
事実を知ったとき、嘘をつかれた伊吹生はキレかけたが、凌貴が大金を用意してくれたことに変わりないわけで、ギリギリ耐えた……。
「ベータとのお花見は楽しかった?」
「なんで知ってるんだ」
「ああ、風が出てきた。朧月夜に花弁が散って絵になるね」
「……」
「桜の樹の下には屍体が埋まっている、なんて物語があるけど。こんな場所なら現実味が湧く」
その物語を知らない伊吹生は素っ気なく聞き流し、土手の上から溜め池を見下ろした。
花筏が揺蕩う昏い水面。
桜の下よりも水底に死体が沈んでいる方が現実味があるような気がした。
(馬鹿げてる)
昼に友達や家族と過ごした和やかな時間が記憶から薄れてしまいそうで、伊吹生はため息を洩らす。
(夜中の桜の下だから、こんな変なことが思い浮かぶんだ)
肌寒い春の夜、パーカーのフードを被った伊吹生は禍々しいものでも見るように満開の桜へ顔を向けた。
ひっそりと舞う花弁の中に凌貴が佇んでいた。
彼もまた伊吹生の方へ顔を傾けると、そっと微笑みかけてきた。
(やっぱり馬鹿げてる)
アイツを綺麗だと思うなんて、夜桜のまやかし以外の何物でもない、きっと。
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