目には目をアルファにはアルファを

石月煤子

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8-5

「時成兄さんから聞いたんでしょう、誘拐のこと」

夕方の帰宅ラッシュ時に捕まった車の中だった。

「兄さんが伊吹生君に話したって、わざわざ僕に報告してくれたんだ」

触り心地の良い後部座席のシートに身を預け、窓枠に頬杖を突いた凌貴はゆとりあるスペースで足を組む。

車道に溢れ返るヘッドライトを眺めていた伊吹生は隣に座る彼に視線を移し変えた。

「小学校一年生の頃だよ。身代金目的だった主犯格はベータのゴロツキ集団、手引きしたのは知り合いのオメガだった」

(やっぱり近しい人間が関係してたのか)

リアクションに迷って無言でいる伊吹生へ凌貴もまた顔を傾け、二人の視線は交わった。

「君がべったり甘やかしているオメガにも色々いるんだよ」

以前にも聞いた台詞だった。

(もしも、そんな事件が起こらなかったら)

上から目線の凝り固まった偏見を持つこともなく、今頃、凌貴はオメガの恋人をつくっているんじゃないだろうか。
遊園地で子どもに優しく接していたんだ、いつか家庭を築くことだって……。

(アルファの俺に執着することもなかっただろう)

近しい存在だったらしいオメガに裏切られたせいで「第二の性」階層主義を重んじる今の凌貴があるのかもしれないと、伊吹生は想像する。

しかし次の発言を聞いて伊吹生の想像は見事に引っ繰り返された。

「まぁまぁワクワクしたかな」
「は?」
「一晩、廃ビルの一室に監禁されて、次の日のお昼にはもう救出されたんだけど。スリリングでホラー映画の中にでもいる気分だった」
「お前、そのとき小一だったんだよな?」
「実行犯のベータの愚かさもだけど、手引きしたオメガもオメガで泣いて謝ってきたりなんかして、ああ、確か家族の誰かが人質にとられてやむなく加担したんだったかな。ねぇ?」

伊吹生は困惑する。
明らかに運転手に向かって凌貴は尋ねた。
返事は返ってこない。

忽那家の自家用車を運転するドライバーはいつも同じで、寡黙な彼は最低限の受け答え以外、口を開かなかったが……。

(まさか)

この運転手が誘拐を手引きしたオメガ本人なのか?
普通ならクビにするんじゃないのか……?
それとも、人質をとられて強制された立場だから、温情ありきの処遇とか……。

「だからって仕えている相手の子どもを犯罪グループに渡すなんて身勝手で非情で傲慢だよね」

(……いや、ひょっとしたら)

過ちを許さず、敢えて引き留めて良心の呵責に憑りつかせ、罪悪感の虜囚にする。
苦しみから片時も解放されないように……。

「伊吹生君はどう思う?」

凌貴は冷たげな笑みを浮かべて伊吹生に問いかけてきた。
フロントミラーに映り込む年齢不詳の運転手の表情は、制帽のツバが邪魔をして確認できなかった。

(仮にそうだとしたら少しでも同情した俺が馬鹿みたいだ)

誘拐事件のせいじゃない、きっと元からなんだ。
凌貴の性格がぐちゃぐちゃに捩じ曲がっているのは。

「……今、どこに向かってるんだ?」

自分には立ち入ることができない領域だと判断し、伊吹生は話題を変える。

「俺の家の方向じゃない」
「言ったでしょう。伊吹生君と行きたいところがあるって」
「まだあるのか……」
「あるよ。とっておきの、ね」

凌貴がいつの間に手にしていたカードキーを見、伊吹生は、一日イエスマン奴隷として自ら身を投げ出したことを心の底から後悔した。



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