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9-2
植物園から学校へ戻るバスの中で凌貴からのメールを受け取った。
一言だけ「来て」と。
一旦帰宅してキャップなどで変装するのも今更感があり、伊吹生は体操着のジャージ姿のまま彼のマンションへ向かった。
「……出ない……」
インターホンを鳴らしても反応がなくて伊吹生は当惑する。
試しにドアノブを掴んでみればガチャリと開いた玄関ドア。
今までにない事態であった。
(いつもなら凌貴が開けてくれる)
「おい、凌貴」
室内へ呼びかけても静寂が返ってくるばかりで、どうしようか数秒間考え、伊吹生は部屋へ上がることを選んだ。
「呼んだくせに、いないのか」
(揶揄われているのか? それとも――)
光沢を放つフローリング。
高い天井。
メゾネットタイプで上階に続くスケルトン階段。
一人暮らしには持て余しそうなL字型のレザーソファがリビングのほぼ半分を占領している。
そのソファに凌貴ではない別の人物がいた。
「……」
子どもだ。
ネクタイをしてサスペンダー付きの半ズボンにハイソックスを履いた、小さな男の子がソファで眠っていた。
「…………」
伊吹生は言葉を失う。
あの悪魔、過去に誘拐されて今度は自分自身が誘拐犯になったのかと、愕然とした。
「……ん……」
ショックで打ちひしがれていた伊吹生は、はっとする。
横向きに丸まって寝ていた男の子が仰向けになり、パチリと目を開けた。
ビスクドールを思わせる大きな瞳。
癖のないサラサラした黒髪に滑々としたほっぺた。
棒立ちとなった伊吹生の前でもぞもぞ上体を起こすと、目元を擦りながら口を開いた。
「だれ……?」
(いや、それは俺の台詞だろ)
「……俺は甫伊吹生。ここに住んでる忽那凌貴の知り合いだ。君は……その、大丈夫か? どうしてここに? 凌貴に無理やり連れてこられたとか……」
その場で膝を突き、男の子の目線の高さに合わせて伊吹生が尋ねれば、大きな瞳はより大きくまん丸に見開かれた。
(……待てよ、この服は)
男の子が着用している服には見覚えがあった。
伊吹生が通う学校の初等部の制服だ。
今日、自分達と同じく歓迎遠足が催された……。
「瑠唯(るい)、凌貴お兄ちゃんに会いにきたの」
今度は伊吹生が目を見開かせる番であった。
「凌貴お兄ちゃんのお友達ですか? 初めて会いました。ボク、忽那瑠唯っていいます。どうもはじめまして」
幼い割に丁寧な言葉遣いで自己紹介されて伊吹生は「どうもはじめまして……」と動揺を引き摺りながらも返事をする。
「ああ、伊吹生君、来てくれたんだね」
ブランケットを手にした凌貴が上階からスケルトン階段を下りてやってきた。
上下とも黒のシンプルな部屋着姿の彼を伊吹生は不服そうにジロリと一瞥する。
「上にいたなら返事くらいしろよ」
「ごめんね」
「わざとだろ。俺を驚かせたかったんじゃないのか」
凌貴はクスクス笑うと、ソファの上でじっとしている弟・瑠唯の肩にブランケットをかけた。
「僕の弟、瑠唯だよ。初等部の一年生。瑠唯、おやつはどうする? クッキーとホットココアにする?」
「うんっ」
キラキラと眩い笑顔を浮かべた瑠唯の頭を一撫でし、凌貴は壁際のキッチンに立つ。
伊吹生もその後を大股になって追いかけ、弟のためのおやつを準備する彼に小声で話しかけた。
「俺は帰っていいな」
「どうして? 一緒にお茶しようよ」
「なんでだよ。弟だって知らない奴がいたらリラックスできないだろ」
「そんなことないです」
伊吹生はぎょっとする。
いつの間に真後ろに接近していた瑠唯にぎゅっとしがみつかれ、人懐っこい男子児童を戸惑いの表情で見下ろした。
「凌貴お兄ちゃんのお友達なら、瑠唯も仲よくなりたいです」
キラキラした笑顔で背伸びして見上げてくる健気な様子に伊吹生は益々戸惑う。
(悪魔の弟が天使だなんておかしくないか……?)
一言だけ「来て」と。
一旦帰宅してキャップなどで変装するのも今更感があり、伊吹生は体操着のジャージ姿のまま彼のマンションへ向かった。
「……出ない……」
インターホンを鳴らしても反応がなくて伊吹生は当惑する。
試しにドアノブを掴んでみればガチャリと開いた玄関ドア。
今までにない事態であった。
(いつもなら凌貴が開けてくれる)
「おい、凌貴」
室内へ呼びかけても静寂が返ってくるばかりで、どうしようか数秒間考え、伊吹生は部屋へ上がることを選んだ。
「呼んだくせに、いないのか」
(揶揄われているのか? それとも――)
光沢を放つフローリング。
高い天井。
メゾネットタイプで上階に続くスケルトン階段。
一人暮らしには持て余しそうなL字型のレザーソファがリビングのほぼ半分を占領している。
そのソファに凌貴ではない別の人物がいた。
「……」
子どもだ。
ネクタイをしてサスペンダー付きの半ズボンにハイソックスを履いた、小さな男の子がソファで眠っていた。
「…………」
伊吹生は言葉を失う。
あの悪魔、過去に誘拐されて今度は自分自身が誘拐犯になったのかと、愕然とした。
「……ん……」
ショックで打ちひしがれていた伊吹生は、はっとする。
横向きに丸まって寝ていた男の子が仰向けになり、パチリと目を開けた。
ビスクドールを思わせる大きな瞳。
癖のないサラサラした黒髪に滑々としたほっぺた。
棒立ちとなった伊吹生の前でもぞもぞ上体を起こすと、目元を擦りながら口を開いた。
「だれ……?」
(いや、それは俺の台詞だろ)
「……俺は甫伊吹生。ここに住んでる忽那凌貴の知り合いだ。君は……その、大丈夫か? どうしてここに? 凌貴に無理やり連れてこられたとか……」
その場で膝を突き、男の子の目線の高さに合わせて伊吹生が尋ねれば、大きな瞳はより大きくまん丸に見開かれた。
(……待てよ、この服は)
男の子が着用している服には見覚えがあった。
伊吹生が通う学校の初等部の制服だ。
今日、自分達と同じく歓迎遠足が催された……。
「瑠唯(るい)、凌貴お兄ちゃんに会いにきたの」
今度は伊吹生が目を見開かせる番であった。
「凌貴お兄ちゃんのお友達ですか? 初めて会いました。ボク、忽那瑠唯っていいます。どうもはじめまして」
幼い割に丁寧な言葉遣いで自己紹介されて伊吹生は「どうもはじめまして……」と動揺を引き摺りながらも返事をする。
「ああ、伊吹生君、来てくれたんだね」
ブランケットを手にした凌貴が上階からスケルトン階段を下りてやってきた。
上下とも黒のシンプルな部屋着姿の彼を伊吹生は不服そうにジロリと一瞥する。
「上にいたなら返事くらいしろよ」
「ごめんね」
「わざとだろ。俺を驚かせたかったんじゃないのか」
凌貴はクスクス笑うと、ソファの上でじっとしている弟・瑠唯の肩にブランケットをかけた。
「僕の弟、瑠唯だよ。初等部の一年生。瑠唯、おやつはどうする? クッキーとホットココアにする?」
「うんっ」
キラキラと眩い笑顔を浮かべた瑠唯の頭を一撫でし、凌貴は壁際のキッチンに立つ。
伊吹生もその後を大股になって追いかけ、弟のためのおやつを準備する彼に小声で話しかけた。
「俺は帰っていいな」
「どうして? 一緒にお茶しようよ」
「なんでだよ。弟だって知らない奴がいたらリラックスできないだろ」
「そんなことないです」
伊吹生はぎょっとする。
いつの間に真後ろに接近していた瑠唯にぎゅっとしがみつかれ、人懐っこい男子児童を戸惑いの表情で見下ろした。
「凌貴お兄ちゃんのお友達なら、瑠唯も仲よくなりたいです」
キラキラした笑顔で背伸びして見上げてくる健気な様子に伊吹生は益々戸惑う。
(悪魔の弟が天使だなんておかしくないか……?)
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