目には目をアルファにはアルファを

石月煤子

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9-6



「おや、瑠唯はお昼寝中ですか」

瑠唯を迎えに兄の時成がやってきた。

「忽那ホテル&リゾート」主要子会社の副社長で多忙なはずが、わざわざ迎えにきたところを見ると、やはり彼も年の相当離れた弟を溺愛しているらしい。

「伊吹生君もいらしていたんですね」
「もう帰ります」
「送っていきましょうか?」
「いえ……あの、まだ拓斗と会ったりしてるんですか」
「彼のお店のメニュー、全制覇したいと思っていて」
「時成兄さんなら半日あれば余裕でしょう」

ほぼほぼ軟禁されていた部屋から出てみれば外はすっかり暮れていた。

「ん~~……」

風邪を引くからとブランケットに包まったままの、スーツ姿の時成に抱っこされている熟睡中の瑠唯に「じゃあな」と伊吹生はやっとさよならを告げる。

二人が乗り込んだ高級車が発進し、程々に混み合う車道に紛れて消えるまで見送ってから念願の帰路へつこうとした。

「僕も行けばよかった」

伊吹生は振り返る。
マンションのエクステリアなる植栽のそばに立った凌貴は静かに微笑していた。

「歓迎遠足」
「お前、自分で行かないって選択したんじゃないのか」
「植物園、伊吹生君と回っておくべきだった。最後の遠足だから」

馬鹿らしいと言う代わりに投げやりに首を左右に振り、伊吹生は凌貴の住むマンションを後にした。

日中は四月らしい陽気に満ち、夜の入り口になってひんやりと冷たさの増した空気を深く吸い込む。

(遠足に瑠唯の相手、何だかバタバタな一日だった)

いや、凌貴と関係を持つようになってから、ずっと。
目まぐるしい日々が続いている。

(俺の日常にいつの間にか凌貴が馴染んでる――)

「伊吹生君」

伊吹生は驚いた。
いきなり真後ろから腕を掴まれ、気配もなく自分の背後をとっていた凌貴に呆気にとられた。

「やっぱり、まだもう少し、一緒にいたいな」

数十メートルの隔たりを俊足で無に帰して伊吹生に追い着いた凌貴は同意を求めてくる。

「……もう帰りたい……?」

手を繋がれて伊吹生は小さく息を呑んだ。

乾いた五指にするりと絡まってきた春の夜気よりも冷たい指。

瑠唯に見せていた兄の顔は剥がれ落ち、さも殊勝げに尋ねておきながら離すまいと力を込めてきた凌貴に心底呆れた。

(今日、一体いつ家に帰れるんだろうな、俺は)

放課後はまだ終わらなさそうだ。



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