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光をなくした古い蛍光灯の下、ぽちぽち返信する拓斗、片頬杖を突いてカーテンに閉ざされた窓の方を眺める心春、瑠唯は四つ目のチョコレートをもぐもぐ中で、凌貴はそんな弟の頭を優しく撫でる。
「実際に亡くなった生徒がいるんだよ」
余計なものが視界に入らないよう、机一点を凝視していた伊吹生は凌貴の言葉を聞きとがめた。
「だから不謹慎だぞ、人の生死に纏わる嘘をつくなんて」
「嘘じゃないよ、伊吹生君」
「私、聞いたことない。学内で人が死んだなんて」
「十年近く前の話だよ、伊吹生君」
自分の発言を堂々とスルーされて帰り支度を始めようとした心春の元へ、瑠唯がとことこ、チョコレートを一粒渡して「おやつ、たべて、心春お姉ちゃん」と兄の非礼をスマートにカバーしていた。
「階段から転落して、打ち所が悪かったらしくそのまま……ね」
「おやつ、どうぞ、拓斗お兄ちゃん」
「えっ、オレにもくれるの? ありがと~」
「東階段と呼ばれてる場所。そこに出没するとか、しないとか」
「お前、もう成人済みだろ。そんな話信じるのか」
「これから東階段に行ってみる?」
「誰が行くか――」
「瑠唯行きたいっ」
瑠唯がとことこやってきたので、自分にもチョコレートをくれるのかと思って広げた手に本人がしがみついてきて、その台詞。
何としてでも絶対にここは断らなければと伊吹生は意志を固める。
「駄目だ、瑠唯」
「行きたいっ」
「凌貴の話がもしも本当なら、階段に行くことは死者への冒涜になる」
「ぼうとく?」
「亡くなった人を見世物にするようなものだろ」
「みせもの?」
「とにかく行ったら駄目だ」
「僕と瑠唯で行ってきても構わないよ」
「そんなに瑠唯くん行きたいならオレ付き合うよ~」
「私も」
瑠唯の愛らしさにまんまと絆された拓斗と心春に伊吹生は閉口してしまう。
まぁ、出没地帯への同行を免れるのなら疎外感も甘んじて受け入れようとしたのだが。
「瑠唯、伊吹生お兄ちゃんと行きたいっ」
(……なんで俺を指名してくるんだ、瑠唯……)
「いっしょ行こ?」
柔らかくあったかい両手で片手をぎゅっとされて、期待に満ち満ちた無垢なる眼差しで誘われて、伊吹生は「うっ」となる。
「凌貴や拓斗、心春だって一緒に行くって言ってくれてるだろ。みんなと行けばいい」
「伊吹生お兄ちゃん、こわい?」
(……またこれだ……)
「瑠唯、おばけから守るよ、伊吹生お兄ちゃんのこと。階段行って、それで勉強会、おしまい」
「……一緒に階段に行ったら、この勉強会は終わるんだな?」
「うんっ」
瑠唯が力いっぱい頷く。
幼い男子児童を前にして、兄の前で日頃より連発しているようなため息はつけずに、伊吹生は滅多にしない空笑いを浮かべた……。
「伊吹生お兄ちゃんときもだめしっ」
「肝試しなんて言葉知ってるのか……今、そういうニュアンス、強調してほしくないんだが」
「おばけどこっ? おばけいるっ?」
「あんまり向こうを刺激しないでくれ、瑠唯」
きゃっきゃはしゃいでいる瑠唯に伊吹生はほとほと呆れ返っていた。
外よりもひんやりとした冷気に満たされた沈黙の学び舎。
施錠された窓に映る空は相変わらず暗く重々しかった。
「はしゃいで足を踏み外すなよ」
伊吹生と瑠唯は東階段を下りている最中だった。
『四階から一階まで振り返らずに下っていくんだよ』
「ッ……瑠唯、振り返るなよ、振り返るなって言われただろ」
(面白がっている凌貴はともかく拓斗や心春も来てくれなかった)
『瑠唯くん、イブキをご所望みたいだから、オレがついていったらお邪魔かな~って』
『さくっと階段降りて戻ってきたらいいよ、伊吹生センパイ』
(二人があんなに薄情なんて知らなかった……)
「えいっ」
「瑠唯、ジャンプしたら危ない」
瑠唯と手を繋いだ伊吹生は慎重に階段を下りていく。
なかなか腕白な男子児童がケガしないよう注意していたら、なんてことはない、あっという間に四階から一階に到着した。
「おばけ、でなかった」
一階まで下りたら振り返っても大丈夫だと凌貴は言っていた。
自分達が下ってきた階段を繁々と見上げていた瑠唯は、小さな両手を重ね合わせ、ぺこりと頭を下げる。
「おやすみなさい、おばけさん」
伊吹生は……小さな瑠唯に倣って自分も手を合わせた。
目を閉じて束の間の弔いに意識を傾けていたら。
「あ!」
「ッ……瑠唯、いきなり大声を出すとか心臓に悪いからやめてくれ」
「瑠唯、おトイレ行きたいっ」
「…………」
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