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ついていこうかと気にかけた伊吹生に「一人でへーきっ」と言い残し、瑠唯は二階にあるトイレへ駆けていった。
結果、伊吹生は東階段に一人取り残された。
(瑠唯についていくべきだった)
旧校舎で男子児童を一人にして本当によかったのかと心配する一方、幽霊出没地帯に一人きりでいることに伊吹生は居心地が悪くなる。
(いっそこのまま教室に戻ろうか)
頭の中に浮かんだ非情な選択肢を何とか追い払い、心細さを捻じ伏せて瑠唯を待っていたら。
カツン
階段の上の方から物音がした。
学内は基本土足で伊吹生ら高校生も、瑠唯も、革靴を履いたまま旧校舎を訪れていたが……。
(今の、足音じゃなかったよな)
伊吹生は音のした方をじっと見つめる。
瑠唯が下りてくる気配はなく、ただ薄闇と静寂に包まれた階段にゴクリと喉を鳴らした。
(……気のせいか……?)
数秒間、緊張感に張り詰めた顔で頭上を注視し、特にそれ以上異変は起こらず、伊吹生は肩の力を抜く。
そして振り返ると。
「ッ……!」
真後ろにいつの間に立っていた人物に息が止まるかと思った。
「ッ……ッ……ッ」
「驚かせてすみません、伊吹生君」
後ろにいたのは時成だった。
まさかの人物が忽然と現れて胸の動悸が加速した伊吹生は、一度深呼吸し、スリーピーススーツをピシッと着こなした彼と向かい合う。
「あの、どうしてここにいるんですか?」
「拓斗君に呼ばれまして」
「ッ……あのメール、貴方からだったんですか」
「これから彼のお店にお邪魔する予定なんです」
(弟の瑠唯に限らず、わざわざ学校まで拓斗を迎えにくるなんて、副社長って案外暇なんだろうか)
「勉強会で凌貴と瑠唯も一緒らしいですね。でも、どうしてこの旧校舎で?」
「それは弟二人に聞いてください」
銀縁眼鏡をかけ直した時成は、ふと向かい合う伊吹生から視線を外すと、階段の方へ目をやった。
「旧校舎の東階段。学園七不思議の一つですね」
伊吹生は僅かに目を見張らせる。
自分越しに階段を眺める時成の柔らかな微笑、懐かしさが込められた親しみある声色に自然と興味を惹かれた。
「私のときは現役として使用されていた学び舎でした」
「忽那さんもココの卒業生なんですね。その頃から、この階段は七不思議の一つだったんですか?」
「……私が在学中にそうなったといいますか」
時成が目を伏せる。
穏やかだった声色にほんの少し、悲しみが滲んだような。
(まさか知り合いなのか)
この階段で亡くなった生徒。
小学校から通っている心春は知らないと言っていたが……。
「……凌貴が言ってました。十年近く前、この階段で転落して亡くなった生徒がいるって。それ、本当ですか?」
忙しなく瞬きしたレンズ奥の切れ長な双眸。
「いいえ。この階段で亡くなった人はいません。それは凌貴の嘘です」
伊吹生は……してやられたと思った。
瑠唯の殊勝な行いを見習って手を合わせた自分は何だったんだと、遣り切れなくなった。
「ただ学外で亡くなった生徒はいました」
まんまと凌貴に偽られて苦々しい思いに駆られていた伊吹生は、まだ目を伏せている時成に改めて視線を据える。
「私の同級生でした」
「そうなんですか……」
「自営業で店の手伝いをしており、配達の途中で交通事故に遭遇したんです」
「……」
「人付き合いの良い、一緒にいる相手を楽しい気持ちにさせてくれる明るいクラスメートでした」
……たたたっ
駆け寄ってくる足音が聞こえて、後ろから手をぎゅっと握られた。
今日、瑠唯としばしば手を繋いでいた伊吹生は条件反射で握り返す。
「バレンタインデーの日、頂いたチョコレートを机の上に置いていたら、彼が羨ましそうに見つめてきて。渡そうとしたら送り主に悪いからと受け取らず……代わりに私自身がいつも常備しているお菓子を渡すと嬉しそうに頬張っていました」
十年近く前の出来事を昨日のように話す時成から何となく視線が外せずに、伊吹生は、ある違和感を抱く。
(瑠唯の手、いやに冷たくないか?)
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