53 / 53
10-7
「伊吹生センパイ、その人ね。二人が東階段に向かった後、すぐに自分も教室を出ていったの」
心春の言葉を聞いて仏頂面になった伊吹生の腕をとり、教室の隅っこへ誘うと、凌貴は声のトーンを落として問いかけてきた。
「君、東階段で何を見たの?」
「……黙ってつけてくるなんて感じが悪い、軽蔑する」
「僕には何も見えなかったけれど、時成兄さんと話しているときの君の様子は明らかにおかしかった」
「気のせいだろ」
「もしかして伊吹生君って霊感があるの?」
「ない、そんなもの」
「なるほど。人より見えてしまうから怖がりなんだね」
「怖がりじゃないし、見えてもいない」
(そうだ、さっきだって何も見ていない、手の感覚だけで気のせいだってパターンも十分ありえる)
ただ。
前に見たものは「気のせい」では片付けられない違和感の塊だった。
沈黙の学び舎を出れば愚図ついていたはずの空の雲間には星空が覗いていた。
「はぁ、やっと帰れる」
「お勉強会、おつかれさまでしたっ、よくがんばりましたっ、心春お姉ちゃんっ」
愚痴っていた心春は悪気ゼロの瑠唯に労われて「瑠唯くんもよく頑張りました」と笑って労わり返した。
「どうしよ~、結局課題ぜんっぜん進まなかったよ~、やばすぎる~」
「差し支えなければ私が見てあげましょうか、拓斗君」
名残惜しそうに旧校舎の方を顧みていた時成は、視線を隣に切り替え、嘆く拓斗にとって救いでしかない提案をする。
「え!? いいんですか!? や、やったぁ~……!」
(拓斗みたいな人、か。同じ時代、同じ教室にいたら俺も友達になりたかった)
「階段の踊り場で物音を立ててみたら伊吹生君が過剰に反応していて、あれは傑作だったね」
前を行く四人の様子を眺めていた伊吹生は隣を歩く凌貴の揶揄を聞き流す。
練習を終えた部活生も下校を始めていた。
校舎の窓にはまだいくつか明かりが点っている。
広々とした学内の校門に向かう途中、第二体育館の横を通り過ぎる際、伊吹生は口を開いた。
「お前が言ってた七不思議で聞き慣れないのが一つあった」
近年建てられたばかりの第二体育館は真新しく、中高の授業や部活動の場としてメインで使用されている。
「体育館裏のおくるめさんって、なんだ?」
一方で第一体育館は旧校舎と同じく老朽化が進んでおり、第二体育館のサブとして使われていた。
「どういう謂れがあるんだ?」
真面目に尋ねた伊吹生はまた揶揄されるかと思ったが、凌貴にそんな素振りはなく、彼もまた真面目に回答してくれた。
「七不思議って時代の流れによって変化していくものだよね。都市伝説みたいに。この学園も同じ。僕がいる間に入れ替わったり、新しいものが誕生したり。旧校舎の亡霊もその一つ」
――でも「おくるめさん」だけは昔からずっといるらしい。
「……だから、何なんだ、それ」
「さぁ」
「さぁ、って……」
「僕の祖父が在校していた頃からいるそうだよ。渡り廊下だったり、美術室だったり、居場所は転々としているけど」
凌貴の話を脳内で噛み砕き、呑み込んで、入学当時に目にした「あれ」を伊吹生は思い出す。
(目のない男の子じゃないのか)
急に立ち止まった伊吹生を凌貴はまじまじと見つめてきた。
第一体育館での体育の授業中、開放されていた扉からバレーボールが外へ出てしまい、伊吹生は一人で取りにいった。
雑草や樹木が生い茂る体育館裏でボールはすぐに見つかった。
「それ」が持っていたのだ。
青白い男の子の姿形をした、眼窩が落ち窪んであるはずの眼球が見当たらない「それ」はばかりと口を開いた。
『おくるえええぇめえぇぇえ』
(……おくるめ……おくるえめえ……)
「……おくれ、目……」
伊吹生はぽつりと呟く。
学内を転々と移動しているというソレが自分の元へまた現れないよう、心から願った。
心春の言葉を聞いて仏頂面になった伊吹生の腕をとり、教室の隅っこへ誘うと、凌貴は声のトーンを落として問いかけてきた。
「君、東階段で何を見たの?」
「……黙ってつけてくるなんて感じが悪い、軽蔑する」
「僕には何も見えなかったけれど、時成兄さんと話しているときの君の様子は明らかにおかしかった」
「気のせいだろ」
「もしかして伊吹生君って霊感があるの?」
「ない、そんなもの」
「なるほど。人より見えてしまうから怖がりなんだね」
「怖がりじゃないし、見えてもいない」
(そうだ、さっきだって何も見ていない、手の感覚だけで気のせいだってパターンも十分ありえる)
ただ。
前に見たものは「気のせい」では片付けられない違和感の塊だった。
沈黙の学び舎を出れば愚図ついていたはずの空の雲間には星空が覗いていた。
「はぁ、やっと帰れる」
「お勉強会、おつかれさまでしたっ、よくがんばりましたっ、心春お姉ちゃんっ」
愚痴っていた心春は悪気ゼロの瑠唯に労われて「瑠唯くんもよく頑張りました」と笑って労わり返した。
「どうしよ~、結局課題ぜんっぜん進まなかったよ~、やばすぎる~」
「差し支えなければ私が見てあげましょうか、拓斗君」
名残惜しそうに旧校舎の方を顧みていた時成は、視線を隣に切り替え、嘆く拓斗にとって救いでしかない提案をする。
「え!? いいんですか!? や、やったぁ~……!」
(拓斗みたいな人、か。同じ時代、同じ教室にいたら俺も友達になりたかった)
「階段の踊り場で物音を立ててみたら伊吹生君が過剰に反応していて、あれは傑作だったね」
前を行く四人の様子を眺めていた伊吹生は隣を歩く凌貴の揶揄を聞き流す。
練習を終えた部活生も下校を始めていた。
校舎の窓にはまだいくつか明かりが点っている。
広々とした学内の校門に向かう途中、第二体育館の横を通り過ぎる際、伊吹生は口を開いた。
「お前が言ってた七不思議で聞き慣れないのが一つあった」
近年建てられたばかりの第二体育館は真新しく、中高の授業や部活動の場としてメインで使用されている。
「体育館裏のおくるめさんって、なんだ?」
一方で第一体育館は旧校舎と同じく老朽化が進んでおり、第二体育館のサブとして使われていた。
「どういう謂れがあるんだ?」
真面目に尋ねた伊吹生はまた揶揄されるかと思ったが、凌貴にそんな素振りはなく、彼もまた真面目に回答してくれた。
「七不思議って時代の流れによって変化していくものだよね。都市伝説みたいに。この学園も同じ。僕がいる間に入れ替わったり、新しいものが誕生したり。旧校舎の亡霊もその一つ」
――でも「おくるめさん」だけは昔からずっといるらしい。
「……だから、何なんだ、それ」
「さぁ」
「さぁ、って……」
「僕の祖父が在校していた頃からいるそうだよ。渡り廊下だったり、美術室だったり、居場所は転々としているけど」
凌貴の話を脳内で噛み砕き、呑み込んで、入学当時に目にした「あれ」を伊吹生は思い出す。
(目のない男の子じゃないのか)
急に立ち止まった伊吹生を凌貴はまじまじと見つめてきた。
第一体育館での体育の授業中、開放されていた扉からバレーボールが外へ出てしまい、伊吹生は一人で取りにいった。
雑草や樹木が生い茂る体育館裏でボールはすぐに見つかった。
「それ」が持っていたのだ。
青白い男の子の姿形をした、眼窩が落ち窪んであるはずの眼球が見当たらない「それ」はばかりと口を開いた。
『おくるえええぇめえぇぇえ』
(……おくるめ……おくるえめえ……)
「……おくれ、目……」
伊吹生はぽつりと呟く。
学内を転々と移動しているというソレが自分の元へまた現れないよう、心から願った。
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(4件)
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
元カレに追い出された専門学生がネカフェでP活相手のパパちんぽに理解らせられてトロトロのメロメロになっちゃう話
ルシーアンナ
BL
既婚子持ちバイ×専門学生
Pixiv https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=27436158
ムーンライトノベルズ https://novel18.syosetu.com/n1512ls/
fujossy https://fujossy.jp/books/31185
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
ヤンキーΩに愛の巣を用意した結果
SF
BL
アルファの高校生・雪政にはかわいいかわいい幼馴染がいる。オメガにして学校一のヤンキー・春太郎だ。雪政は猛アタックするもそっけなく対応される。
そこで雪政がひらめいたのは
「めちゃくちゃ居心地のいい巣を作れば俺のとこに居てくれるんじゃない?!」
アルファである雪政が巣作りの為に奮闘するが果たして……⁈
ちゃらんぽらん風紀委員長アルファ×パワー系ヤンキーオメガのハッピーなラブコメ!
※猫宮乾様主催 ●●バースアンソロジー寄稿作品です。
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される
マンスーン
BL
王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。
泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。
つ、続きを、、、!!
今、ちょっとこちらのネタが尽きていまして⋯!
思いついたら投稿しますね!!
ひぇ···伊吹生くん本物の怪異に遭ってる···
今回の章は、ホラーが苦手な自分にはちょいと怖かったですね😣
ご感想どうもありがとうございます!
微ホラー要素を取り入れてみたのですが、苦手な方はやっぱり「怖いっ」ってなられますよね、汗。
章の最初に注意書きを入れておこうと思います!
四股中!爆笑です。凌効くんが、そんなオチャメな冗談を言うなんて。意外に可愛い人なんですね。
凌貴くんこそ伊吹生くんの王子様ですね。また助けられちゃった。
そうなんです、凌貴は伊吹生のピンチにはいつも駆けつけるんです。
現段階では伊吹生にとって凌貴はまだ悪魔>>>王子様ですが、いつかMAX王子様になる⋯かもです。