センセイ、王子様役やってください!

石月煤子

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前編

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王子様役ならまだしも。
お姫様役やりたいなんてどーかしてる。






「うっわ、ぴったり、かわいっ!」
「こんな短いの私むり、うらやまし」
「さすがイヴちゃんっ、さすが現役モデルっ」


十一月、もうすぐ高校の文化祭。
俺のクラスは体育館で劇をする。
「眠れる森の美女・令和ばーじょん」ってやつ。


お姫様役は、学校一かわいい、モデルの仕事もやってるクラスメートのイヴちゃん(伊部川)。


「ウィッグ用意したけど、いらないかな?」
「そだね、イヴちゃんの一部隠しちゃうのはもったいないよ」


確かにイヴちゃんはかわいい。


足なっが、ほっそ、色しっろ、顔ちっさ、ふわふわミニドレスがめちゃくちゃ似合ってる、肩とか腕とか丸出しで、寒くないのかなー、目のやり場に困るんですけど、でも見ちゃいますけど。


放課後、教室の黒板前で衣装合わせをしているイヴちゃん、その周りを囲う文化祭企画委員や友達の女子、みんなできゃっきゃはしゃいでいる。


劇はクラス全員参加、裏方的な仕事はみんなで協力して仕上げる方針で、村人役の俺と友達は教室の隅っこに座り込んでペーパーフラワーをせっせと大量生産中だった。


「見に来る奴多いだろーな」
「インスタのフォロワー全員来るんじゃね」
「え、体育館に全員はいっかな?」


他のクラスメートは白いレースにビジューを縫いつけていたり、台詞の練習をだらだらしていたり。


「ほんとかわいーなー」
「コーイチ、見過ぎだって」
「まー、かわいいだけじゃなくて性格もいーし、見たくなるのはわかる」
「でもまさかその相手役がな」
「緒方センセーとはな」
「よくオッケーしたよな」


そーなのだ。

イヴちゃんの相手役、つまり王子様役は体育の緒方センセイがやることになっていた。


「イヴちゃんが希望したんだろ? それなら緒方センセーだってオッケーするだろ」
「企画委員、ガチで<がんばったで賞>狙ってるな」
「とったらなんかもらえんだっけ」
「青春の思い出がもらえる」
「いらんし」
「こらー、コーイチ、手ぇ止まってるぞ」
「あー、ごめん」


俺は緒方センセイのことが好きだ。


男なのに。
年上キレイ系のコがタイプだったはずなのに。


怒ると怖そーな、でも男前度が半端ない、オトナの男っぽいでっかい手がたまんない、あんま笑わないけど横顔がかっこいい、背中までかっこいい、正面なんか特にかっこいい、なんてことない黒ジャーをかっこよく着こなす体育教師のこと。

めちゃくちゃ好きなんですよねー。

……報われないですよねー。
……イヴちゃんみたいな、あんなかわいー女子だったらなー。


「コーイチ、女子の役やったらいーのに」


十月にあった体育祭のことを唐突にぶり返されて俺は苦笑いするしかなかった。


「おれも思った」
「はいー? あんとき、ないわー、って言ってなかったっけ?」
「ううん、ほんとはすげー似合ってるって思ってた」
「実は俺も」


体育祭のとき、仮装レースで友達のおねーさんのお古のセーラー服を着て走った。


そのときは変なテンションで盛り上がってて別に何とも思わなかった。

でも、次の週に廊下に張り出された写真にやたら写り込んでたんだよな、これが。

改めて見てみると恥ずかしくなって、あんまり正視できなかった……。


「あのとき足の毛剃ってたの?」
「剃ってねーもん。元からあんま生えないの。今までだって体育でふつーに足出してたじゃん?」
「んないちいちお前の足になんか常日頃注目するわけねーわ」
「不思議だよなー、セーラー服着て、髪かわいく結んだだけで、雰囲気変わるっていうか」
「もういーです、その話は、早いとこコレ仕上げて何か食べいこーよ、あ、ラーメン食べたい、塩とんこつラーメン食べよ」


床に座りっぱなしでいるのもなんか疲れる。

後ろに両手を突いて、ぐーーーーっと背中を反らして、ストレッチするみたいに首を伸ばして真上を向いた。


「うぎゃっっっ!?」


真上を向いたら真顔の緒方センセイと目が合って心臓が止まるかと思った。


「びっ……びっくりしたぁ~~……緒方センセイ、いつの間に……」


心臓バクバクで苦しくなった胸。


ベスト越しにさり気なく押さえて、お決まりの黒ジャー腕捲り姿で眠気覚ましの激辛タブレットをボリボリ食べている緒方センセイを見上げた。


「うぎゃ、はないだろ、人のことをグロテスクな虫扱いしやがって」


……はぁぁ、好き~~~。


「だって、その、いつの間に真後ろいるから……誰も教えてくんないし」


そばにいた友達にそう言えば。


「緒方センセーに口止めされた」
「しーーーーって」


なんだよそれぇ。
俺のことびっくりさせる気満々って、なんだよもー。




緒方センセイには今年から体育を教えてもらっている。

現在二年生の俺。

三年生の担任をやっているセンセイとマトモに会えるのは体育館か校庭くらいで。

こんな風に教室で話ができるなんて、新鮮すぎてやばい、やっぱり息が止まりそーだ……。




「佐藤は何の役するんだ、子豚の役か」
「こっ、子豚っ? 眠れる森の美女に子豚なんか出ねーもんっ! それ別の話!」
「出るだろ」
「えっ……出るの……? ほんと?」
「出ないよ、コーイチ」
「コーイチぃ、台本ちゃんと読まないと企画委員に怒られるって」


まんまと俺のこと騙した緒方センセイ、珍しくニンマリ笑ってらっしゃる、ううううう、かっこいいです、さらにさらに好きになっちゃいそーです……!!




『ちんたら準備運動やってんじゃねぇ』




最初は、なにこのひとこわ、な印象でしかなかった。

背ぇ高いし顔もいーし、男前なのはわかるけど、言葉遣い荒いし、怒らせたらやばそーだと思って、体育が苦手になった。


『怪我して痛い目見るのは自分だぞ、佐藤』


運動神経悪くてノロマだったから、やたら俺ばっか注意されて、それが追い討ちかけて苦手意識はどんどん膨らんでいった。


だけど。


バレーの練習試合、バレー部員の強烈なサーブが顔面直撃して、コートのど真ん中で引っ繰り返ったとき。


『佐藤、大丈夫か』
『っ……ち、血~~……俺の顔から血~~……』
『正確には鼻からだ』


小学生ぶりに鼻血が出た。

ボール直撃のショックやら痛いやら、久々の鼻から出血でてんぱって半泣きしていたら、緒方センセイ、自分の黒ジャーで止血してくれた。


『折れてはいないな』


床の上で抱きかかえられて、袖のところで顔半分優しく押さえられて、間近に見つめられて、真顔で心配されて。


『ふがっ……センセイ、ジャージ汚れひゃうよ……』
『……』
『わ、笑うな~、人が鼻血出してるの笑うな~っ』


まぁ、結果、笑われたんですけど。

顔面でバレーボール受け止めた生徒初めて見たとかバカにされたんですけど。




俺の鼻血受け止めてくれた緒方センセイのこと、ころっと好きになっちゃったんですよね……。




「ふがっ?」


鼻から出血の思い出が蘇ってついついぼんやりしていたら、いきなり鼻を摘ままれて、俺はどきっとした。

短め黒髪で長身の緒方センセイ(29)は腰を屈め、俺の鼻先を軽く摘まんだまま「子豚のブヒ役」とワケのわからない悪口をぽいっと投げつけてきた。


あー、だめだ、これ、顔が赤くなるやつ。
悪口言われてキュンキュンする。

あほですか、俺。
ドMですか、俺。


「こっ……子豚じゃなっ……」
「ブヒって鳴いてみろ」
「ぶっ……ぶっ……ぶひ~~……っっ」
「緒方センセェ、やべぇ」
「公開パワハラだ、これ」


ずっと俺の鼻摘まんでる緒方センセイにまっかになって、どうしたらいいのかわかんなくて、血迷って、あほみたいに必要以上にブヒブヒ鳴いていたら。


「緒方せんせい」


イヴちゃんがふわりとやってきた。

まっしろなふわふわミニドレスで、ペディキュアがきらきらしてる裸足で、ガチで妖精が舞い降りましたー、みたいな。


「伊部川」


え、なに、このやりとり。
名前呼び合っただけで二人の世界確立しましたー、みたいな。


「緒方センセェ、やっと来てくれた!」
「休み時間も昼休みも捕まらないから焦ってたんですよ」


企画委員がやってくれば緒方センセイは「お前らの話が長くなりそうだから撒いてた」と平然と言い切った。


「ひっど。台本は読んでくれました?」
「ざっと」
「台詞覚えてくれました?」
「ざっと。ここにいる佐藤はまだちゃんと目を通していないみたいだが」
「はぁ? コーイチ、お前なぁ」
「全体の流れあんだからちゃんと読んどけってウチら言ったろーが」
「ひっ……ごめんなひゃ……」


てかいい加減俺の鼻解放してください、緒方センセイ。


「緒方せんせい。どうしてコーイチくんの鼻、つまんでるの?」


さり気なく自分に寄り添ってるイヴちゃんに聞かれて「いつぞやの記憶が蘇って、何となくな」と答えた緒方センセイ……。


「それから先生の衣装なんですけど」
「こっちで適当に用意しておく」
「ジャージは絶対やめてくださいよっ?」


俺、緒方センセイならジャージの王子様でも、ぜんっぜん、アリ……。


「バスケの練習が始まるからもう行く」
「えっ! まだ打ち合わせしたいことあるのに!」
「SNSでも宣伝してるし、生半可な気持ちでやってもらったら困りますからねっ」
「緒方せんせい、このドレス、似合う?」
「丈が短すぎる」


ふわふわふわわ系イヴちゃんにふんわり懐かれている緒方センセイ。


やっぱり。
イヴちゃんだからオッケーしたんだろな。
緒方センセイが王子様やってくれるなんて、それしかねーもん。


かわいいイヴちゃんのお願いだから、悪い気しなくて、ホイホイつられて、ひょっとしてこれきっかけにこっそり付き合うようになっちゃったりとか……。


センセイが教室から出ていった。

企画委員やイヴちゃんは黒板前に戻って打ち合わせを再開して、友達は他愛ない話をしながらペーパーフラワーを段ボール箱に詰め込んで。


俺は自分の鼻先をちょっと摘まんだ。


緒方センセイの相手役、うらやましい。
俺もお姫様やれたらいいのに。



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