センセイ、王子様役やってください!

石月煤子

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中編

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「イヴちゃん、風邪引いて今日休むって」


文化祭当日の朝だった。

まだ担任のセンセイも来てなくて、みんなテンション高めで、各自用意してきたステージ衣装を見せ合いっこしたりして盛り上がっていたら。

企画委員の一人が真っ青な顔で教室に入ってくるなり、そんなまさかな発言をかましたわけで。

教室中が一時停止したみたいにシーンとなった。

他の教室の笑い声がやたら大きく聞こえてきて異様な静寂が余計に際立った。


「マヂか」
「やばい」


緊迫感だだもれな感じで集まった企画委員、周りのみんなは「昨日はふつーだったのに」「大丈夫かな」とイヴちゃんのことを次から次に心配し始めた。


「昨日、あの格好でリハやってて寒そうだったもんな」
「劇どーすんだろ、代役?」
「眠れる森の美女の劇に眠れる森の美女がいなかったら成立しないもんな」
「ある意味、斬新な令和バージョンでいけるかもよ」
「どこにも一歩もいけねーよ」


友達も心配してる、俺も昨日は元気そうに見えたイヴちゃんのことや、午後に開演予定の劇がどうなるのか気になった。

でも。
ちょっとだけ安心していた。

かわいいイヴちゃんと緒方センセイのツーショット、見なくて済むって、ほっとした。


昨日の放課後、体育館のステージでやった最終練習。


バスケ部指導の合間に緒方センセイもちょっとだけ参加してくれた。


『きゃーーーー!!』


あるシーンで女子一同が興奮したのなんの。

ベッドの代わりに折り畳みの長机を二台繋げて、そこに横たわったお姫様に王子様がキスするシーンだった。

もちろんガチではしてません。

観客側に背中を向けた緒方センセイが頭を屈めて、している風を装っただけ、それに結構顔と顔の距離もあった、そりゃそーだろ、教師なんだから。


それでもすごく悲しかった。
明日の文化祭、休もうかと思った。


それがまさかイヴちゃんが風邪を引いてお休みするとは。
運がよかったというか、幸運というか。


……俺ってひどい奴、ごめん、イヴちゃん。


「やだ、絶対むり! イヴちゃんの代役とかむりすぎる!」


女子一同が代役をどうするかで揉めている。

その点について関係ない俺達男連中は朝のホームルーム前の時間をちょっと浮つく気持ちで過ごしていたんだけれども。


「うわっ?」


いきなり後ろから頭に何かをかぶせられてびっくりした。


「な、なにこれ、えっ? カツラっ?」
「待って、外しちゃだめ、そのまま」
「ふーーん。こうしてみるとコーイチって小顔なんだぁ」
「背も低い方だし、他の男子より細いし」
「体育祭の女装、似合ってたもんね」


い、嫌な予感がする。
め、めちゃくちゃ嫌な予感しかしない……!!


「コーイチ、イヴちゃんの代役に決めたから台詞覚えといて」


俺に決定権ないの!!!???


「えぇぇえ、むりです、女子の誰かがやればいーじゃん!」
「イヴちゃんの代役とか死んでもしたくない」
「俺だってしたくねーもん!」
「食堂のラーメンおごってあげるから、一杯だけ」
「たった一杯だけ!? すくな!!」
「ウィッグ用意しといてよかった~」
「俺の話聞けーーーー!!」


イベント好きの派手グループに属する企画委員に並みの俺が口答えできないのはわかりきってましたけど。

俺もお姫様やれたらいいのに、そう思ってはいたけれど。


俺は男だから偽物にしかなれない。

女子じゃないから緒方センセイの相手役なんか一生できない。


お姫様役をやれる女の子だったらよかったのに。


「炎上しないようガチでやってね」


はッ……ていうか台詞覚えられるの、俺……英単語だってろくに暗記できないのにぃ……。





「ぜんっぜん余裕でいける気がしてきた」
「へっ? どーいう意味!?」
「もし台詞忘れちゃってもかわいさで乗り切れ」
「そんな乗り切り方俺わかんないよ!?」


本番まで残り十分。


イヴちゃんが着ていたミニドレスを着て、ウィッグつけて、魔女役の企画委員にメークしてもらって、薄暗いステージ袖にクラスのみんなとスタンバイ中。


心臓止まりそーなんですけど。


村人Kは台詞いっこだけだったのに、お姫様役の台詞多すぎる、詰め込み過ぎて頭ん中ぎゅうぎゅう満杯だ。


「あっ、ちゃんとハードル下げてくれた? みんなイヴちゃん出るって思ってない!?」
「それはちゃんと告知したから大丈夫だって」
「学校一の女装男子が演じますって」
「俺、一回しか女装したことないけど……? なんで女装こなれた感なんか出すの……?」


ていうか、さっむ。

心臓バクバクうるさいし、肩も腕も足も寒いし、このままリアルタイムで凍死すんじゃない?


「緒方センセー、まだ来てないの!?」


あ~、今その名前はやめて~、心臓バクバクに待ったなしの加速がかかる~。


「緒方センセェは直前に来るって言ってたでしょ」
「もう始まるのに、もう直前タイム終わるし、胃が痛い」
「着替えてるんじゃない? 登場は後半からだし、ちゃんと来てくれるって」
「あ。そーいえば。緒方センセェに言ってないや、イヴちゃん休んでコーイチが代わりに主役やるって」
「えぇぇぇぇえ……」


キレられて舞台放棄されたらどうしよ。


だって、センセイ、かわいいイヴちゃんが相手だからオッケーしたはずなのにさ。


イヴちゃんだと思ったら、いきなり子豚の俺に変わってて、爆笑されたらどうしよ。


まぁ、それはそれで見てみたいかも。
緒方センセイの爆笑顔とか貴重だし。
キレ顔もそれはそれでかっこよさそ……テヘヘ。


よし。
もうこうなったら開き直ろう。


緒方センセイの相手役やれるなんて最初で最後だろうから一生に一度の大切な思い出にしよう。






なーんて意気込んでみたけれど。

いざステージに立つと、想像以上に客が多くてド緊張してアガッたのなんの。


「コーイチがんばれっ」
「次っ、お前の台詞だからなっ」


非情だと思っていた企画委員や友達にステージ袖から小声で応援されて、すっ飛ばしそうになる台詞をギリ噛まずに言うことができた。


最初の登場シーンではやたらざわつかれた。


ド緊張していた俺でもわかるくらいのリアクションで、思わずステージ袖に引っ込もうとしたら、暗幕の向こうからクラスのみんなに励まされて何とか踏みとどまった。


うぇぇ、怖ぃぃ、イヴちゃんじゃなくてほんとごめんなさぃぃ。


下地のクリームとか、ファンデーションとか、チークとか、アイシャドウにアイブロウ、マスカラ、いろんなものを塗り込まれた顔が重たい。

ずっと甘い匂いがしていて酔いそーだ。

ほぼ白に近いホワイトアッシュの、セミロングっていう丈のウィッグもほっぺたにぺたぺた張りついて、慣れない感触に首筋がぞわぞわする。


すんげー短いドレス。
自分で急いで塗ったペディキュア。


もしかしたらこれって幸運とか運がよかったとかじゃなくて。

逆に天罰なのかもしれない。


男なのに緒方センセイのこと好きになって、男なのにイヴちゃんのこと妬んだ俺のこと、神様が怒ってるのかもしれない。


偽物のお姫様になっていたら、なんか悲しくなってきて、緊張もあって、泣きそうになった。

もちろん我慢したけど。

台詞も変に途切れたりして、涙声になったりして、お城のスタッフ役のみんなポカーンとしてた、他の誰かが台詞忘れてることもあった。


見世物の偽物お姫様のひどさにみんな呆れてポカーンってなっちゃうんだ、きっと。


ここにいるみんな、ほんと、ごめんなさい。
でもお願いだからネットで叩いたりしないで、マジで。


てういか、は、は、早く終われ~~~……!!!!!!!


そして舞台は暗転。


暗闇の中で悲鳴を上げて、糸車の針が刺さった風にして、百年の眠りについたお姫様。


花柄のキルティングカバーをかけた、折り畳みの長机を二台繋げたカチコチなベッドに仰向けになる、結構高さあるんだよなコレ、落ちたら痛そ……。


ステージの天井から吊り下げたのは、女子が時間をかけてつくってくれた天蓋ってやつ。

ビジューがいっぱい縫いつけられた白いレースにカチコチベッドが包み込まれる。


俺は胸の上で両手を重ねて目を閉じた。

こうしてると心臓がドックンドックンしているのが嫌でもわかる。


次の瞬間、瞼の向こう側が明るくなった。
これから後半の始まりだ。


あれ、ってことは。


「あのイバラの城には誰か住んでるのか」


緒方センセイ、来ちゃった……。





イバラの城には美しいお姫様が眠っている。

村人の一人から教えてもらった王子様は興味を引かれてイバラの城へ向かう。

これまでやってくる者達を寄せつけなかったはずの凶暴イバラは、王子様の訪問を迎え入れて、城の中へ導く。

強くて賢い王子様は物怖じすることなく城の奥へ。

階段を上り、塔の最上階へ、眠れるお姫様の元へ辿り着く……。






「彼女がイバラの城の眠り姫か」


ッ……ぶーーーーーーーっっっ。

さっきから俺よりも誰よりも棒読み過ぎて死ぬんですけど。


それにさ。

薄目開けて見てみたら、緒方センセイ、いつもの黒ジャーで来てやがんの。

企画委員に怒られなかったかな?


時々、バスケ部の人達が「緒方せんせーーー!!」って声援送ってるのが聞こえてきた。

しばらく俺の台詞ないから、冷静に耳澄ませてみたら「かっこよくない!?」「俳優みたい」って声も聞こえてきた。


うん、そーそー、いつもの黒ジャーで十分。
おっかなくてかっこいい俺の王子様。


棒読みの連続で笑いそうになるのを堪えて、同時に、胸がぎゅうぎゅう痛くなってきて。


涙がぼろっと溢れた。
どうしよ。
今、眠り姫状態だから手で拭うことができない。


やばい、マスカラ落ちるんじゃ。
ほんとどうしよう。
今ならこっそり拭いてもバレずに済むかも……。


「やっと会えた」


あっ。
天蓋捲って、緒方センセイ、内側に入ってきた。

あーーーーーーーー。

今すぐウチ帰ってマンガ読んで何もなかったことにしてガチで寝たいーーーーー。


「…………」


えぇぇえ、なにこの沈黙、こーんな長い間、台本にあったっけ?


怖いよぉ。
口から心臓出そう。


「……きっと運命だった、あなたと出会うこと」


ひぃぃぃ、激甘な台詞言われてもやばい、心臓引っ繰り返りそう。


「だからイバラの囲いも俺を通してくれたに違いない」


濡れていたこめかみ、緒方センセイの指に拭われて思わず目を開けそうになった、だめだ、まだ開けちゃだめ、あともうちょっと……。


またぼろっと勝手に溢れた涙。
そしたら、また、ぐっと拭われた。


スポットライトが熱い。
目蓋の裏がチカチカしてくる。


センセイ、緒方センセイ、ごめんね。
イヴちゃんじゃなくて、俺なんかで、ごめんなさい。


好きになってごめんなさ……。


「きゃーーーーーーー!!!!」


昨日と同じシーンでやっぱりまた興奮の歓声がどっと上がった。

王子様とお姫様のキスシーン。

客席のパイプイスに座った人達からは、頭を屈めた緒方センセイの背中で死角になって、ほんとにキスしているみたいに見える。


俺はぱちくり目を開けた。


俺の顔に両手を添えた緒方センセイとバッチリ目が合った。


「ッ……!!??」


台本になかったお姫様抱っこ、された。


カチコチベッドから抱き上げられて、天蓋の外に出れば、お姫様と同時に目覚めたお城のスタッフ、客席からの拍手に出迎えられた。


「俺と一緒になってほしい、お姫様」


これは台本通りの台詞だ。

また涙出そうで、化粧の粉か何か目に入ったみたいで痛くて、うるうるになって、ぎこちなく緒方センセイにひっついていた俺は頷いた。


「あなたが来るのをずっと待っていました、王子様」






「コーイチお前天才か!」
「すごいよ、感動しちゃって台詞飛んじゃったよ、私!」
「めっちゃ泣けたんだけど!」


気がつけばステージ袖でポカーンと棒立ちになっていた俺。


「え……? あれっ? いつの間に終わってる……?」


クラスのみんなに囲まれていて、みんな笑顔で。
まだ向こうから聞こえてくる拍手。
現実感がなくて夢の中にいるみたいだ。


「俺……大丈夫だった? ヘマしてない?」
「してないしてない!! むしろ大成功!!」
「ほらほら、カーテンコール行かなきゃっ」
「な、なに、カーテンコールってなに……? カーテンって叫べばいーの……?」
「てか緒方センセェいきなりお姫様抱っことかするしさぁ!? キスシーンもリアルでヤバスギ!!」
「ジャージで来たときはどーしよーかと思ったけどアレなら許す!!」
「緒方センセーもいっしょにカーテンコール……って、もういないし!! 足早過ぎか!!」
「とりあえずコーイチ行ってこい!!」


緒方センセイ、もう行っちゃったの。


ステージでセンセイに抱っこされたとか、夢としか思えない、ほんとは俺って凍死してんじゃないの、これって幻じゃねーの……って、それは別の物語か。


『泣くな、佐藤、大丈夫だから』


俺にしか聞こえない声でそう言ってくれた。

客席からもステージ袖からも見えないよう、背中と両手で死角をつくって、緒方センセイは。


俺にキスした。
フリなんかじゃない、ほんとにキスした。


どうしちゃったの、神様。
こんな幸運、キャパオーバーなんですけど。


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