センセイ、王子様役やってください!

石月煤子

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後編

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「緒方センセイ」


高校二年生の文化祭が終わった。
面倒くさい後片付けも掃除も終わった。


ラーメン奢ってやる、打ち上げのカラオケ行こう、そんなクラスみんなからのお誘いを断って、俺は緒方センセイを探して学校中を駆け回った。


受け持ちの上級生の教室にも職員室にも体育館にも教官室にも、どこにもいなくて。

でも諦めきれなくて、関係なさそうな特別校舎もフロアごとに見て回って、ひぃぃ、疲れたぁ、準備運動してから走ればよかったぁ。


渡り廊下を突っ走って旧校舎にも行った。

宣伝のチラシが落ちてたり、風船が転がってたり、拾うのもさぼってぜぇはぁしながらフロアを突っ切って階段を駆けのぼっていたら。

いたんです。

まさか旧校舎隅っこの階段踊り場で佇んでるなんて予想もしてませんでした。


「お……お……緒方センセイ……」
「お疲れ様」
「えっ? あ、ハイ、先生も、はぁはぁ、王子様役、お疲れさま、です、ふぅふぅ」
「違う」


窓から差す西日を浴びて緒方センセイは小さく笑った。


「佐藤なら俺を見つけてくれるだろうと思ってここに隠れてた」


腕捲り黒ジャーのポケットに両手を突っ込んで壁の角に背中をもたれさせたセンセイ。


「でもまぁ、その様子だと相当あちこち探し回ったみたいだな」


数時間前にウィッグから解放された頭、くしゃって、撫でてくれた。


「センセイ……」
「柄じゃねぇだろ」
「えッ、あ、ハイ、俺がお姫様役でビックリしましたよね……」
「違う。俺の話だ。王子様役なんて図々しいにも程がある」
「そ、そんなことないです、イヴちゃんのリクエストだったし、かっこよかったし、ジャージでも余裕で王子様だったし」


今度は低い声を立ててセンセイは笑った。
あー……今の笑い声、スマホに永久保存したかったぁ……。


「お前のいるクラスだったから」
「え」
「承諾した。別のクラスだったら断ってる、たとえ自分の受け持ちでもな」


俺は。

ステージに立ったときよりも心臓がせり上がってきて、顔がまっかになって、自分のベストをぎゅうって掴んだ。


「顔赤いぞ」
「ッ……緒方センセイが、そんなこと、言うから」
「また出そうか、鼻血」
「ッ……出ねーもん! そんなしょっちゅうドバドバ出さねーもん!」
「バレーボール顔面キャッチ姫」
「ッ……ッ……そんなお姫様やだ、絶対もてない、それならまだ子豚姫の方がいい」
「子豚姫」
「ッ……ッ……やっぱりやだ~~、子豚姫もやだ~~」


緒方センセイ、なんで隠れてたの?
俺にだけ見つけてほしかったの?


なんで俺にキスしたの?


「ほっとけない奴」


預けていた背中を壁から離して、緒方センセイは、俺のすぐ真正面に立った。


「昨日、一人の生徒を傷つけた」


予想もしていなかった衝撃発言に俺はパチパチ瞬きする。


「相手の好意に応えられなかった」
「……」


それって、まさか、もしかして。


「自分がとった選択は後悔していない」


スポットライトじゃなくて、あったかいけど足元は冷たい夕日の中で。

センセイに抱きしめられた。

ぬくぬくな黒ジャーにすっぽり包み込まれて俺は溶けそうになった。


……緒方センセイの黒ジャーってこんないい匂いするんだぁ……。


「俺はいつだってお前を選ぶ、コーイチ」


緒方センセイの両腕の輪っかの中で限界いっぱい目を見開かせる。


初めて名前呼ばれた。


親とも、友達とも、誰とも違う。
緒方センセイに名前で呼ばれるの、きもちいい。


きもちいーーーーー……。


「お前寝てんのか」
「……寝てねーもん」
「お前も呼んでみろ」


黒ジャーに埋めていた顔をもぞもぞ上げたら、俺のこと覗き込んでいた緒方センセイに言われた。


「巽(たつみ)って名前で呼んでみろ」


学校の隅っこで、緒方センセイに抱きしめられて、名前で呼んでほしいって、お願いされた……。


俺の心臓もつでしょーか。
今日という一日の峠を越えられるでしょーか。


「た……た……巽……さん」


真上に迫る、確かに王子様にしてはちょっと鋭いかもしれない目をおっかなびっくり見つめて、震えまくりの声でその名前を口から絞り出した。


緒方センセイは俺の鼻先をつまんだ。

また「ブヒって鳴け」とか「子豚姫」なんて悪口言われるかと思った。


でも特に何も言わず、手は離れて、鼻の次に顎をクイッと持ち上げられて。

ちょっと逃げがちだった腰にもう片方の手が回って強めの力で引き寄せられて。


伏せられた鋭い目。
さらにさらに近づいてきた顔。


あ。
緒方センセイのキス顔、見ちゃっ、た……。


「ガン見するな」


キス顔って言っても口じゃありませんけど!!!!!
さっきの劇のときと同じで鼻の天辺でした!!!!!


「ッ……ガン見するっ……緒方センセイっ……巽センセイのこと、俺、好きだもん……だからっ……みんなより、誰よりも、いっぱいいっぱい見る……っ」
「天蓋の中で泣いてるお前を見たとき、心臓が止まりそうになった」
「ッ……ッ……お、おれも……おれだって……男なのにお姫様の役やって、センセイにヒかれないかなって……がっかりされないかなって……心臓止まりそうだった……!」
「ばかたれ」
「……うわぁん……悪口ぶん投げまくりキョーシ……」
「お前が相手なら王子役も悪くないって思ったんだ、俺は」


そんなこと言う巽センセイから俺は離れられなくなった。

大好きなひとのこと独り占めできる幸せに、それはもうどっぷり、俺のぜーんぶ溺れてもいいくらい浸かってしまった。




センセイ、ずっっっっっと俺の!!!!!!




――おしまい――

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