16 / 38
3-2
しおりを挟む
「肩を抱くなんて親愛の情以上のスキンシップでしょう?」
「は……? 一体、何の話だ……」
「土曜日、拓斗君を事務所へ連れていきましたよね」
事務所に入るところまで見られていたとは。一体、どれだけ車を停めて様子を窺っていたのか……。
「あれは、お前達から拓斗を早く引き離したかっただけだ、深い意味なんてない……説明するのも馬鹿馬鹿しい」
呆れて物が言えない状態になりかけた伊吹生が何とか言葉を繋げれば凌貴はキョトンとした。
「親は飲食店の経営者で、その手伝いをしている。菖さんと境遇が似ているでしょう?」
「……その見方こそ馬鹿げてる」
拓斗はよく利用する「マツモリ食堂」の主人の息子で、両親の手伝いに一生懸命励んでいる姿は見ていて気持ちがよく、放っておけない弟のような存在だった。
凌貴にわざわざ説明するのも億劫で「そもそも菖と俺は兄弟で家族だ。どうしてそうも歪んだ見方をしたがるんだ、お前は」と、伊吹生は投げ遣りに呟く。
まだペーパーナイフにじゃれついている彼は上目遣いに愉しげに伊吹生に囁きかけてきた。
「菖さんには関わらないと言いましたが、拓斗君については、これといった取り決めをしていなかったので」
油断ならない狡猾さに伊吹生は自制を忘れる。凌貴の胸倉を鷲掴みにし、イスから強引に立たせ、拓斗の居所を白状させようとした。
ノックされたスチールドア。
ほぼ時間通りの来客に伊吹生は一時停止に陥る。その隙を凌貴は見逃さなかった。服を掴む両手を払い、俊敏な黒豹さながらにスルリと司法書士を掻い潜り、出入り口へ直行した。
「どうぞ、お待ちしておりました」
伊吹生はぎょっとする。
「えッ……あ、はい、あの……?」
訴訟の打ち合わせで来た女性の顧客もまた、凌貴の出迎えに困惑している様子だった。舌打ちしたいのを堪え、伊吹生は急いで対応に回る。
「おい……」
退出するどころか、事務所の奥へ引っ込んだ凌貴に眩暈がした。顧客の前で言い争うわけにもいかない。伊吹生は彼を追い出すのを諦め、打ち合わせを始めた。
パーテーションの向こう側で伊吹生のデスクについた凌貴は、それからというもの、やりたい放題だった。
「はい、甫伊吹生司法書士事務所です」
電話に出る、受信したファックス文書の整理、水回りを片付ける。身勝手な振舞が気になって伊吹生は集中力を持続させるのに苦労した。
「申し訳ありません、甫司法書士は只今、接客中でして」
(こんなときに限って電話がよく鳴る)
打ち合わせは三十分で終わった。
いつになく上の空だった顧客を見送り、扉を閉めた伊吹生は、肩で息をつく。
「どうぞ、甫先生」
凌貴が持ってきたグラスを奪い取り、冷えた緑茶を一気に喉へ流し込んだ。
「この三十分の間に得た情報は全部忘れろ」
「もちろん。電話の内容はメモしてデスクに置いています。届いたファックスはクリアファイルに入れておきました」
デスクをチェックしてみればパソコンのキーボード上に付箋のメモが、容姿のみならず文字まで端整で、伊吹生は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「は……? 一体、何の話だ……」
「土曜日、拓斗君を事務所へ連れていきましたよね」
事務所に入るところまで見られていたとは。一体、どれだけ車を停めて様子を窺っていたのか……。
「あれは、お前達から拓斗を早く引き離したかっただけだ、深い意味なんてない……説明するのも馬鹿馬鹿しい」
呆れて物が言えない状態になりかけた伊吹生が何とか言葉を繋げれば凌貴はキョトンとした。
「親は飲食店の経営者で、その手伝いをしている。菖さんと境遇が似ているでしょう?」
「……その見方こそ馬鹿げてる」
拓斗はよく利用する「マツモリ食堂」の主人の息子で、両親の手伝いに一生懸命励んでいる姿は見ていて気持ちがよく、放っておけない弟のような存在だった。
凌貴にわざわざ説明するのも億劫で「そもそも菖と俺は兄弟で家族だ。どうしてそうも歪んだ見方をしたがるんだ、お前は」と、伊吹生は投げ遣りに呟く。
まだペーパーナイフにじゃれついている彼は上目遣いに愉しげに伊吹生に囁きかけてきた。
「菖さんには関わらないと言いましたが、拓斗君については、これといった取り決めをしていなかったので」
油断ならない狡猾さに伊吹生は自制を忘れる。凌貴の胸倉を鷲掴みにし、イスから強引に立たせ、拓斗の居所を白状させようとした。
ノックされたスチールドア。
ほぼ時間通りの来客に伊吹生は一時停止に陥る。その隙を凌貴は見逃さなかった。服を掴む両手を払い、俊敏な黒豹さながらにスルリと司法書士を掻い潜り、出入り口へ直行した。
「どうぞ、お待ちしておりました」
伊吹生はぎょっとする。
「えッ……あ、はい、あの……?」
訴訟の打ち合わせで来た女性の顧客もまた、凌貴の出迎えに困惑している様子だった。舌打ちしたいのを堪え、伊吹生は急いで対応に回る。
「おい……」
退出するどころか、事務所の奥へ引っ込んだ凌貴に眩暈がした。顧客の前で言い争うわけにもいかない。伊吹生は彼を追い出すのを諦め、打ち合わせを始めた。
パーテーションの向こう側で伊吹生のデスクについた凌貴は、それからというもの、やりたい放題だった。
「はい、甫伊吹生司法書士事務所です」
電話に出る、受信したファックス文書の整理、水回りを片付ける。身勝手な振舞が気になって伊吹生は集中力を持続させるのに苦労した。
「申し訳ありません、甫司法書士は只今、接客中でして」
(こんなときに限って電話がよく鳴る)
打ち合わせは三十分で終わった。
いつになく上の空だった顧客を見送り、扉を閉めた伊吹生は、肩で息をつく。
「どうぞ、甫先生」
凌貴が持ってきたグラスを奪い取り、冷えた緑茶を一気に喉へ流し込んだ。
「この三十分の間に得た情報は全部忘れろ」
「もちろん。電話の内容はメモしてデスクに置いています。届いたファックスはクリアファイルに入れておきました」
デスクをチェックしてみればパソコンのキーボード上に付箋のメモが、容姿のみならず文字まで端整で、伊吹生は苦虫を噛み潰したような顔をした。
25
あなたにおすすめの小説
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
入社1ヶ月のワンコ系男子が、知らずのうちに射止めたのはイケメン社長!?
monteri
BL
CM制作会社の新入社員、藤白純太は入社1ヶ月で教育係の先輩が過労で倒れたため、特別なクライアントの担当を引き継ぐことになる。
そのクライアントは、女子禁制ミーハー厳禁の芸能事務所だった。
主人公の無知で純なところに、翻弄されたり、骨抜きにされるイケメン社長と、何も知らない純太がドキドキするお話です。
※今回の表紙はAI生成です
※小説家になろうにも公開してます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる