嗜虐的に恋して咬みついて

石月煤子

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3-1-二度目の

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 朝、携帯のアラームが鳴る前に伊吹生は目を覚ます。

 事務所から徒歩十五分、築四十年になるマンション。内部はリフォームされているが、色褪せたタイル張りの外観が悪く言えば古臭く、よく言えば味がある。

 七階建ての五階、こざっぱりした1LDKに伊吹生は一人で暮らしていた。

 和室の押入れに布団を直すと、部屋中のカーテンを開け放つ。角部屋で日当たりはいい。バルコニーからの眺望は似たり寄ったりなマンションやビルで埋め尽くされていた。

 半袖シャツにハーパンのまま、電動シェーバーで髭剃りを済ませる。ハンガーラックにかけっぱなしのノーアイロンのワイシャツに腕を通し、リビングに面している洗面所の鏡の前でネクタイを締めた。

 八月半ば、残暑の厳しい水曜の朝だった。

「甫伊吹生司法書士事務所」の営業時間は平日の午前九時から午後六時までとなっている。使い古したビジネストートバッグを肩から提げ、余裕をもって自宅を出た伊吹生は、牛丼屋で朝定食をかっ込み、事務所が入るビルへ……。

(……何だ……?)

 伊吹生はビルの前で立ち止まり、辺りをぐるりと見回した。

 コインパーキングに開店準備中の美容室、閉ざされたシャッターの前で丸まる野良猫、各々の目的地へ急ぐ人々。いつもと何ら変わりない朝の光景が広がっていた。

(誰かに見られている)

 執拗な視線を感じた。

 凌貴のものではない。それだけはわかった。ひょっとすると、彼に付き纏うストーカーに敵視されて、素性を探られているのか……。

(凌貴といい、暇な奴が多い)

 正体不明の視線にいつまでも構ってはいられず、伊吹生は階段を上って事務所の扉を解錠した。



 災厄は再び訪れた。

「拓斗君を僕の自宅に招待しました」

 レザーバッグを携えた凌貴の第一声が脳天を直撃し、伊吹生はとうとう手が出そうになった。

「危害は加えていません」

 ギリギリのところで堪え、手触りのいい黒シャツを引っ掴み、廊下から事務所の中へ乱暴に凌貴を招き入れる。

(水曜日の今日は定休日だが、本当の話なのか?)

 同じブロックに位置する店舗兼住宅の「マツモリ食堂」へ駆け込んで確認するか、どうするか。

 考えあぐねる伊吹生の横を凌貴が擦り抜けていく。整理整頓されたミーティングテーブルに着席すると、筆記用具入れからペーパーナイフを取り出した。

「散らかすな、もうすぐ依頼人が来る」
「拓斗君より依頼人の方が大事ですか?」

 こちらのテリトリーに涼しげな顔をして踏み込んでくる、いけ好かない外敵に伊吹生は拳を握った。

(コイツのことだ、本当に拓斗を……招待というより拉致したに違いない)

「自宅はどこだ。非常識な真似ができるってことは一人暮らしなのか?」

 ペーパーナイフの先をなぞる凌貴は答えない。怒りが今にも沸点に達しそうな伊吹生は一先ず深呼吸を……。

「伊吹生さんは松森拓斗君を愛していますか?」

 ハイカットブーツを履いた凌貴は長い足を組み、伊吹生を仰いだ。

「あの普通種の恋人になりたいと夢見ていますか?」

 とんでもない問いかけに、さすがに伊吹生は失笑せざるをえなかった。

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