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6-1-逢瀬
しおりを挟む黄昏に佇む「ノスフェラトゥ」を月が見下ろしていた。
夜になれば冷え込む丘の上、門を潜り、ナイトプールで遊ぶ猛者を横目にエントランスへ。開放された扉を抜けてすぐ手前にあるカウンター、受付スタッフにクラブの会員証代わりに司法書士の会員証を提示した。
「会員になりたいんだが」
一瞬、スタッフは断る素振りを見せたが、インカムで何やらボソボソと通話をした後に「忽那様とお知り合いですね、会員登録と入場料は結構です」と、義務的な態度で伊吹生を通した。
前回の一悶着が原因で追い返される覚悟をしていた伊吹生は、拍子抜けしつつも、大股で中へと進んだ。
(兄と弟、どっちの忽那なんだか)
ガラス張りのフロア、通称大広間は金曜日の夜の入り口にして大勢の客で賑わっていた。
かなりの奥行きがある。ターンテーブルやミキサーを用いて、その場限りのアレンジを加えたダークテクノが流れていた。高性能の大型スピーカーから放出される重低音。陶然と乱舞する客でフロア全体が揺れている。
磔台はカーニバル・デイ限定の舞台装置らしく、正面奥のステージには見当たらなかった。
暗いフロアを目まぐるしく行き交うレーザーライトが最初は慣れず、薄目がちでいた伊吹生は、円形のバーカウンターを目指した。ガラス越しの夜景がよく見える位置に座り、バーテンの一人に適当に酒を頼む。
不穏なサイレンのサンプリングが正直不快で、ライムが飾られたウォッカトニックを一口目で多めにあおった。
「二杯目は何にするの?」
声をかけてきたのは正装のバーテンではなく、隣に座る客であった。
「オススメ、奢ってあげる」
女性の二人組だった。矢鱈と互いに体を寄せ合っている。二人して上目遣いで伊吹生に笑いかけてきた。
二杯目をどうするか、一杯だけ飲んで宵の口に帰るか。これからの予定を決めていなかった伊吹生は、とりあえず彼女達に返事をしようとした。
「オススメは結構です」
彼は伊吹生と女性客の間にすっと割って入ってきた。
「彼には僕がご馳走しますから」
いつもと違わず黒ずくめの凌貴は微笑する。
伊吹生は即座に立ち上がった。
一杯目の酒をカウンターに残し、その場から離れた。
「もう帰るんですか?」
すかさず後をついてきた凌貴の顔を見ずに「気分転換に来ただけだ」と、ぶっきら棒に言い放つ。
「わざわざタクシーに乗って、こんな辺鄙なところまで? ご苦労さまです」
「俺に話しかけるな」
「一緒に飲みませんか?」
「お前、退院したばかりなんだろう。酒なんか飲むな」
フロアにひしめき合う客を掻き分け、伊吹生は出入り口へ向かう。酔っ払った女性が絡みついてくると、丁重に突っ返し、先を急いだ。
「……」
ふと嫌な予感がして足を止める。振り返れば凌貴がフロアに片膝を突いていた。
跪く彼に向かって伊吹生は反射的に両手を差し伸べた。
「僕に会いたかったんでしょう?」
凌貴は素早く伊吹生を捕らえた。前髪の下で捕食者の目を爛々と光らせ、何事もなかったかのように俊敏に立ち上がると、伊吹生を抱き寄せた。
「ん……!」
凌貴に口づけられた。
大広間に点在する円柱に背中をぶつけて伊吹生は呻く。
鮮紅色の光線が縦横無尽に疾走し、腹の底を振動させるサウンドに「吸血種」達が熱狂するフロアの片隅で、凌貴に激しく唇を貪られた。
抵抗しようとして、彼に咬まれた左腕が疼き、諦める。
なだらかな背中に両手を回して無抵抗の舌を捧げた。
「ん、ン」
非情なまでに求められて頭の芯がグラつく。
頻りに唇を開閉させ、互いの唾液に塗れた舌尖が擦れ合う度、どうしようもなく……昂揚した。
「は……ぁ……ッ」
五分以上、囚われの身となっていた唇が解放されて、伊吹生は大きく息を吐き出す。
「誕生日だったんです」
顔は離したが、さらに腰を抱き寄せて意味深に下肢同士を密着させてきた凌貴は、伊吹生にしか聞こえない声音で囁いた。
「この間、病室のベッドの上で二十一歳になりました」
「そうか……誕生日おめでとう」
イマイチ心のこもっていない祝福に凌貴は嬉しそうに笑う。
「行きましょう」
彼は伊吹生の手をとった。出入り口ではなく、フロアの角にある螺旋階段へ向かう。
「タブーを犯した者同士、二人で仲よく夜明かししましょう」
凌貴の言葉に伊吹生の胸は否応なしに軋んだ。
「……俺は犯していない」
「僕に自ら血を与えてくれたじゃないですか。身を投げ出して守ってあげたのに、つれないですね」
「……俺だって、お前にがっつかれて死にかけた」
渋々握り返せば、決して逃がさないとでも言いたげに、凌貴はそれ以上の力を掌に込めてきた。
「伊吹生さん、贈り物は何をくれますか?」
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