花冠とベールの君よ、黒き勇者と誓いのキスを

石月煤子

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(……あれ、俺はどっちにムカムカしているんだろう……)

 こちらに向けられていた女勇者の手を横取りしたことか。
 こちらを素通りして、彼女と踊って、一言も声をかけてくれなかったことか。

(もしかして、マスクしてるから、俺だって気づかなかった?)

 いや、自分も含めた平均レベルの人間ならまだしも、魔物討伐で五感まで鍛えられた彼に限って、それはないだろう。ステュは頭に浮かんだ疑問をすぐに打ち消した。

(は……じゃあ、俺のことわかってて、そんで無視したってこと……か)

 ああいう女の人が好みなのだろうか?
 強くて、綺麗で、一緒に「悪しき魔物」と戦うことができる人……。

 ステュは唇をかたく結んだ。
 さっきまで楽しい気持ちで満たされていた胸に、ぽっかりと穴が空いた気分だった。
 容姿端麗な女勇者を卒なくリードする彼から目を背け、一段と盛り上がる人々の間を縫って、大広場の熱狂から脱出した。

(もう帰ろう)

 女装をしていないので、娼館の裏口から入らなければならない。客に成りすますには自分は若過ぎる。とにかく部外者に見つからないよう、気をつけないと……。

「ステュ」

 曲がりくねった階段を俯きがちに上っていたステュは、反射的に足を止めた。が、振り返らずに歩行を再開した。
 過度に密着して笑い合う恋人達と何回も擦れ違った。
 俯いていた自分も悪かった。階段の途中で派手にぶつかり、よろける。バランスを崩して後ろへ転がり落ちそうになった。

「あっ、月影の勇者……!」

 それまで黙々と後方を歩いていたディナイが、すかさず真後ろへ移動し、ステュを抱き止めた。
 ぶつかった男とその恋人は、ディナイに向かって謝ると、そそくさと階段を下りていった。

「しっかり前を見て歩け。それとも酔ってるのか」

 ステュはむっとした。酒など一滴も飲んでいない。今は言い返すのも億劫で、無視を決め込み、ディナイの手を振り払おうとした。

「本当に酒を飲んだのか?」

 当然、百戦錬磨の勇者の手を振り払えるわけがなかった。

「誰かに無理矢理飲まされたのか」

 蝋燭の火で仄明るい階段の片隅、両肩をがっしり掴まれて、ステュは面食らう。

「飲まされてない! ですけど!?」
「やっと口を利いたな」
「ッ……何なんですか、一体。急に帰ってきたかと思ったら、かっこいい美人勇者さんとダンスなんかして、お祭りで浮かれてるんですかね、勇者様は」

 ディナイが現れるまで自分の方こそ浮かれていたステュは、何も言わず、じっと顔を覗き込んでくる彼にたじろいだ。

「大丈夫なんだな?」

 本気で心配しているディナイに圧され、ステュはこっくりと頷く。

「そうか。ならいい」
「……勇者様、俺もう十七だし、そんなに心配しなくていいよ」
「まだ十七だろ」
「勇者様、十六で初武者修行に出たんでしょ? これもう大人の仲間入りってことでしょ?」
「俺とお前は違う」

 ディナイが肩から手を離し、階段を上り出す。膨れっ面のステュは、長い足に遅れまいと、躍起になって隣に並んだ。

「シン様は、もう十七だし何も問題ないだろうって、俺一人でお祭りに行かせてくれたよ?」
「シンに問題があるな。お前はまだまだ危なっかしくて隙だらけだ」
「何でそうなるの? いつまで俺のこと子ども扱いするの? 二十歳になってもするつもり?」
「ああ。する」

 ディナイにあっけらかんと言い切られ、ステュの不満は倍増しになった。

(ずっと末の弟扱いだ)

 家族として受け入れられて、最初は涙が出るくらい嬉しかった。小さい頃に両親を、曾祖父を失って、家族というものに無縁だったからだ。
 それなのにディナイの過保護ぶりが気に入らない。

(じゃあ、どう扱われたいんだって話だけど……さ)

 大広場の喧騒がまだ聞こえてくる。
 これからが祭り本番なのかもしれない。

「勇者様、あの美人勇者さんと、もっと踊らなくてよかったの。それはもう楽しそうに踊ってましたよね、あの人のこと、くるくるって回したりなんかして。くるくるくるって」
「そんなに回していたか」
「お二人、とってもお似合いでしたよ。みんな見入ってたもん」
「へぇ」
「……割り込んできたくらいだもんね。よっぽど、好みの人だった?」

 ステュの質問にディナイは答えなかった。

(これ、そうですよって、認めてる……?)

 ステュはチラリと隣に目をやる。よくよく見てみれば、黒衣のディナイは白仮面が恐ろしく様になっていた。

「……勇者様、通り名が多過ぎるよ」
「俺の知らないところで勝手に増えてる」
「でも、それだけたくさんの人を助けて、みんなそれぞれの呼び方があるってことだよね」
「……」
「……あれ、勇者様? そっちは娼館の方向じゃないよ?」

 階段を上りきり、二股に別れた細い路地。帰り道から逸れようとしているディナイにステュは目を見張らせる。

(まさか、もう行ってしまうのか――)

「今日は祭りの日だ」

 突き当たりの壁沿いで棒立ちになっていたステュは、差し出されたディナイの片手に釘づけになった。

「俺と一緒なら、好きなだけ寄り道していいぞ、ステュ」




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