花冠とベールの君よ、黒き勇者と誓いのキスを

石月煤子

文字の大きさ
23 / 29

8-5

しおりを挟む

「これ……俺が勇者様にあげた、花嫁衣裳のヒラフワしたやつ?」
「これは花嫁が被るベールだ」
「ベール! 前よりも綺麗になってる、魔物の染みもない!」
「名うての染み抜き職人に頼んだからな」

 生まれ育った村の唯一の形ある思い出。
 常にひもじい思いをして、寂しかったり、悲しかったり、苦しかった出来事がそれはもう多かった。極めつけは生贄に選ばれたことだろう。僅かながら残っていた村に対する期待、未練が完全に断ち切られた。生まれ故郷からの巣立ちを決定的なものにした。
 だけど、それだけじゃない。
 母と父がいた。
 曾祖父もいた。

(俺の命は、お母さんとお父さんにも守られた)

 ステュは、もう記憶もあやふやになってきていたが、両親とあの村で過ごした。曾祖父にも優しくしてもらった。
 このベールには幸せだった思い出が包み込まれているような気がした。

「あの村で一番綺麗だったもの」

 純白のベールに頭をすっぽり覆われたステュは、繊細なレース越しにディナイを見た。

「俺に渡したとき、そう言ったな」
「うん」
「違う」

 三年が経過した今頃になって、はっきりと否定されて、ステュは困惑する。

「あの村で一番綺麗なものはお前だった」

 ディナイのまさかのお言葉に、ベールの下で、ステュの顔は満遍なく紅潮した。

「……いやいや、何を言いますやら……ヒラフワ、もう外してもいい?」
「駄目だ」
「さっきから駄目ばっかりじゃん!」
「よく似合ってる」
「ううん、似合わないよ。花冠も、このベールってやつも」
「誰よりも似合ってる」

(勇者様、健康そうに見えて、実は現在進行形でお熱ある?)

 おかしなことばかり言って、おかしなことばかりしてくるディナイに、ステュは益々困惑した。

「俺が最初に贈ったものも、よく似合っていた」
「最初に……?」
「港町で買ったドレスだ。一目見て、ピッタリだと思った」
「娼館が男禁制だったからドレスにしたのかと今日まで思ってましたけど!?」

 仮に、もし、似合っていたとしても。 
 自分は男だ。
 三年前と比べて成長した。体力もついた。生まれつき体毛は薄いが、その内、ヒゲだって……。

「こんなに綺麗なもの、いつか似合わなくなるよ。だって、俺、男だもん」

 儚げなベールを遠慮がちに握って、頭から外そうとすれば、ディナイはすかさずステュの両手を上から握り締めた。

「そのときのお前に一番似合うものを見つけてくるさ」

 ステュは瞠目した。
 胸の奥の奥が痺れたみたいになって、小さな雷にでも打たれたかのような心地になった。

「ベールは返したから代わりにもらうぞ」

 思考が追い着かずにいるステュは、さらに身を寄せてきたディナイにどきっとする。

「へっ? えっ? はいっ? な、何をっ? 何あげればいいの!?」

 花冠を頭に乗せ、ベールを被って、大いに混乱しているメイド服のステュに悦に入るようにディナイは目を細めた。
 ステュの鼻の先でたくし上げられたベール。
 独り言っぽくディナイは呟く。

「本当にでかくなったな」
「勇者様と出会ってから、俺、そんなにでっかくなった……?」

 彼はステュの問いかけに答えなかった。
 頭を屈め、半開きだった隙だらけの唇にキスをした。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

過保護な義兄ふたりのお嫁さん

ユーリ
BL
念願だった三人での暮らしをスタートさせた板垣三兄弟。双子の義兄×義弟の歳の差ラブの日常は甘いのです。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる

七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。 だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。 そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。 唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。 優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。 穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。 ――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

追放された味見係、【神の舌】で冷徹皇帝と聖獣の胃袋を掴んで溺愛される

水凪しおん
BL
「無能」と罵られ、故郷の王宮を追放された「味見係」のリオ。 行き場を失った彼を拾ったのは、氷のような美貌を持つ隣国の冷徹皇帝アレスだった。 「聖獣に何か食わせろ」という無理難題に対し、リオが作ったのは素朴な野菜スープ。しかしその料理には、食べた者を癒やす伝説のスキル【神の舌】の力が宿っていた! 聖獣を元気にし、皇帝の凍てついた心をも溶かしていくリオ。 「君は俺の宝だ」 冷酷だと思われていた皇帝からの、不器用で真っ直ぐな溺愛。 これは、捨てられた料理人が温かいご飯で居場所を作り、最高にハッピーになる物語。

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募するお話に、真紀ちゃん(攻)視点を追加して、倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

姫を拐ったはずが勇者を拐ってしまった魔王

ミクリ21
BL
姫が拐われた! ……と思って慌てた皆は、姫が無事なのをみて安心する。 しかし、魔王は確かに誰かを拐っていった。 誰が拐われたのかを調べる皆。 一方魔王は? 「姫じゃなくて勇者なんだが」 「え?」 姫を拐ったはずが、勇者を拐ったのだった!?

処理中です...