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しおりを挟む「せっかくの貯金を旅費にあてようとして、魔物が怖いくせ、危険を承知で旅立とうとする勇ましさにぐっときた。正直、理性がぶっ飛ぶくらいには胸を掻き毟られた」
「それ……どういう……え……さっき、何て言ったの……?」
「俺はスケべだ」
「そ、そんなの聞いてない、今初めて言った!」
「本命にはな」
「それも今聞いたぁ……っ」
初耳である情報にステュは混乱し、しかめっ面になる。そしてディナイの言葉を脳内で反芻し、ちゃんと呑み込むと、俄かには信じ難い告白に心を震わせた。
「窓から入ってきたのは、お前に一番に会いたかったからだ、ステュ」
ディナイは、手を押し当てていたステュの額に口づけた。
紅潮した頬にも。
もう片方の頬にも。
鼻の先にも短いキスを落とした。
「く……くすぐったい……」
色々と耐えられなくなって、そっぽを向いたら「逃げるな」と、瞬時に顔の向きを元通りにされた。
ディナイの真っ直ぐな眼差しにステュの胸は頻りに波打つ。
彼に言われた通り、逃げずに、上目遣いに向かい合っていたら唇にキスされた。
ゆっくり、ゆっくり、温められるように。
口の中まで、角度を変えては、丁寧に。
舌の先がふやけそうになるくらい、微熱を注ぎ込まれた。
(あ……何か……)
気持ちいい……。
もっとされたい……。
「ふ……ぁ……」
背筋がゾクゾクして、情けない声が洩れて、途中から閉じていた目をステュは恐る恐る開けてみた。
薄目がちに自分を見守るディナイが視界いっぱいに広がる。
黒のアイパッチで隠された片目に、どうしても、視線が吸い寄せられた。
「っ……ぅ、ぅ、ぅ……ぅ~~~……っ」
「……だから、シロウミガメの真似をするな、ステュ」
「勇者様っ……痛かったよね……?」
ステュはディナイの頬に触れた。アイパッチの周りに指先をたどたどしく滑らせた。
「苦しかったよね? 怖かったよね? うっ、うっ、うっ……うぅぅぅう~~っ」
「お前は泣き虫のシロウミガメか」
「うううっ……!」
頑強な膝に乗っかったまま、また大泣きしそうになっているステュにディナイは言う。
「俺は勇者をやめる」
(……ああ、そっか……)
ディナイから何かが欠けていると思ったら、いつも背中に背負われていたロングソードがどこにも見当たらないのだ。
(勇者様、勇者様じゃなくなるんだ)
じゃあ、これから、どう呼んだらいいのか。
いや、そんなことはどうでもいい。
(みんなのために悪しき魔物をバッサバッサと退治する、かっこいい勇者様の活躍、もっと応援したかった……)
ううん、やっぱり。
もう怪我してほしくない。
そばにいてほしい。
「俺が勇者様のこと養う」
ステュはディナイの顔を両手で挟み込んだ。
突拍子もない「養う」発言に、さすがに驚いているディナイに断言してみせた。
「俺、この島一番のお金持ちになる!」
「ッ……」
「わ、笑うなぁっ……まぁ、お金持ちは言い過ぎたけど、ちゃんと貯金してるし、文字の読み書きも暗算もできるし、値引き交渉も得意だし。勇者様一人くらいなら面倒見れるよ、うん」
喉奥で低い笑い声を奏でていたディナイは、ステュの片手に自分からも頬を寄せ、掌にキスをした。
「頼もしいな」
(この勇者様、誰にも渡したくない)
膝の上という特等席から、アイパッチが似合うディナイに惚れ惚れとしていたステュは「俺、勇者様の片目になる」と笑顔で宣言した。
「やっと見つけた。俺が本当に心からやりたいこと。勇者様のことを引っ張り上げるのは無理だけど、片方の目の代わりになって、全力で支える。それが俺の望み」
柔な片手に片頬を埋めていたディナイは、自分の生きる道を見つけ出し、目を輝かせているステュに笑いかけた。
「第二の人生はバラ色になりそうだ」
次の瞬間、ステュはディナイに緩やかに押し倒された。
頭から外れて寝台の隅っこに着地した花冠とベール。
背中が軽くなって機動力の増した彼に真上から惜しみなく見つめられる。
キスはされていない。抱き締められているわけでもない。それなのにステュは息が止まりそうになった。
「そうだな。お前専属になってやる、ステュ」
愛の誓いじみた囁きは容赦のないソードばりにステュの胸を貫いた。
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