意地悪お兄さんと親ぎつねギシャァァ!

石月煤子

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それは意地悪お兄さんが人里で暮らしていた頃のことでした。


「旨い肉でも引っ掛かってねぇかなぁ」


山に仕掛けた罠を見に出かけた意地悪お兄さん。

罠といっても、餌を置き、そのそばに小枝に引っ掛けたザルを放置しただけ、しょぼいザル罠です。


「どれどれ……おおっ!?」


意地悪お兄さん、ザルを上げればまさかのご対面に嬉し驚き、です。


「ツイてんな、ひっさびさの肉じゃねぇか」


罠に引っ掛かっていたのは兎でした。

何とも可愛らしい、ちっちゃなちっちゃな、兎です。

ザルの下で実にリラックスした様子で休んでいました。


「な、何か可愛い奴だな、だけど肉だしな、うん、美味しく頂いてやる、」


すっぱーーーーーーーーーーーん


後頭部に凄まじい衝撃を受けた意地悪お兄さん、どびっくりして振り返れば。
九の息子である九九が……巨大ハリセンを振りかぶった状態でちょこんと立っていました。


「きゅるん、この無礼者。祟られたいでしゅか」


呆然としている意地悪お兄さんの目の前でハリセンをにゅっと懐に仕舞った九九。

そっと、そっと、リラックスしていた兎を抱き上げます。


「彼奴はおばかでどあほで超だめなにんげんです」
「おい」
「だけど、とと様の大事なひとなんです」
「お、おい」


九九の小さな腕の中で、ふわぁ……と小さな欠伸をし、こっくり、兎は頷きました……?

静々と兎を抱き直した九九は首を傾げっぱなしの意地悪お兄さんをそこに残して歩き出します。

緋色の目が綺麗な兎を異界へ送り届けるため。






九は夕闇を従えて意地悪お兄さんの元へ戻ってきました。

戻ってくるなり、藁葺き屋根のおうちでお行儀悪く胡坐をかいていた巫女さん意地悪お兄さんの姿に、見目麗しく切れ長な双眸を愛しさでいっぱいにしました。


「すごく似合ってる」
「似合ってねぇ」
「食べちゃいたい」
「お前が言うと冗談に聞こえねぇ」


カラスが余所に知られることない巣へ帰ろうかな、寄り道しようかな、誰そ彼、人とあやかしの境界線が曖昧になる夜の出入り口。


普段はサラリと流している雪色の長い髪を一つに束ね、袷着物姿に長羽織の九は意地悪お兄さんに白き手を差し伸べます。


「おいで、僕のお嫁さん」


意地悪お兄さんはあやかし伴侶の手をとりました。





誰かが見た夢のように艶やか立派な屋敷。
あちらこちらに精巧なる飾り細工やら金箔やら漆やらが施された豪華絢爛なる大座敷。






「お……?お?お?」


意地悪お兄さん、目が点になっています。

そりゃあそうでしょう、九の手をとった次の瞬間、まさかの瞬間移動、この世とあの世の繋ぎ目なる異界にいつの間にやら降り立っていたのですから。


延々と広がる宵闇に佇むあやかし屋敷、その中心で当主の彼は意地悪お兄さんのことを待っていました。


「こんばんは」


両脇に般若の面をつけて武装した配下の猛者を従えた緋目乃(ひめの)。

妖花の如き美貌を持った、緋色の目をした世にも蠱惑的な当主に意地悪お兄さんはポカン、します。


コイツがあやかしの当主なのかよ?
なんかエロそうなガキだな。


「見ろよ、古狐が意地悪男、連れてきてるぜ」
「狐耳が生えてらぁ」
「キノコみてぇにニョキニョキ生えてきたか?」


障子の向こう、縁側から年若い狸衆が盃片手に盗み見してします。
九を目の上のタンコブ扱いして度々ちょっかいを出してくる化け狸一族の末裔です。


「お前等、相当暇してんだな」
「「「うるせぇ~」」」


通常運転に戻った意地悪お兄さんと狸衆のやり取りに緋目乃はクスクス笑います。

こうしてみるとどこぞの高僧の稚児さんのようです。


「あ、どーもはじめまして、だな、えーと、その、俺はだな」
「僕のお嫁さんだよ」
「あ、そーそー、コイツの嫁……」


言っていて今更ながら恥ずかしくなってきた意地悪お兄さん。

男で嫁だなんていう奇天烈な肩書きを他者に説明するのが急に馬鹿馬鹿しくなりました。


「だ、そーだ、ハイ」


正座もさぼって畳の上で胡坐を組んだ不躾極まりない意地悪お兄さん。

緋目乃は決してバクリすることも禍を起こすこともありませんでした。


ただし。


「これまでにない頑丈そうな人間。かつてのお前の伴侶、島国一の美しさと謳われた夜叉小町とは似ても似つかぬ。見事なまでの趣旨変えで、妖狐の末裔、九?」


さっきから意地悪お兄さんの巫女姿にデレている九の耳には入っていないようですが。


「夜叉小町に限らず。一夜限りとして選んだ相手みな、真珠の如き艶めきを持した柔肌に玲瓏たる美声、それはそれは贅沢な夜伽に相応しき、物言う花の数々だったというのに」


何やら小難しい言い回しでありましたが、意地悪お兄さんの狐耳には、そらもうダイレクトに流れ込んできました。


「度重なるオイタに花を毟るのも飽きて、次は雑な草が美味となり申したか」


詰襟にインバネスを羽織った緋目乃はむっつり押し黙っている意地悪お兄さんに可憐な笑みを深めます。


「何はともあれ。どうぞお幸せに?」
「……はあ」
「ああ、そうそう。あのザル罠はなかなかどうして良い居心地でした」
「は?」


むっつりしながらも首を傾げた意地悪お兄さんに、緋目乃は、それは満足そうに声を立てて無邪気に笑うのでした。





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