比良くんと柚木ー別格アルファとありきたりなオメガー

石月煤子

文字の大きさ
3 / 126

2-2

しおりを挟む


「柚木はラッコが好きなのか?」


いつの間に斜め後ろに立っていた比良に問われて柚木は否応なしに赤面した。


「はわわ……」
「はわわ?」
「ッ……す、好きっ、たった今好きになったところ、です」
「どうして敬語なんだ? 同級生なのに」


不意討ちの急接近に混乱している柚木はまともに回答できずに口をパクパクさせた。
比良はガラスの向こうで飼育員と戯れているラッコを見、笑みを浮かべる。


「でも、確かに目隠ししてるみたいで可愛いな」
「う、うん!」
「柚木の言う通り、あざとい部分もあるのかもしれない」
「そっ……そだね!」


(うそでしょ)


比良くんとおしゃべりしてる。
一年生の間、まともに会話したのは入学式の日くらいで、あとはほぼ接触ナシの日々を過ごしてきたモブの中のモブみたいなおれが。


「飼育員さんとのコミュニケーションが凄い。信頼関係がしっかり築かれているんだろうな」


飼育員さんとラッコが交わす絶妙な遣り取りに比良は声を立てて笑った。


(とっ……尊い……!!)


耳まで真っ赤になった柚木は両手で頬を覆った。
あっという間に紅潮した顔に気づかれたらどうしよう、挙動不審さながらにオロオロしていたら、比良とバッチリ視線がぶつかった。


「柚木、ラッコの真似してるのか?」


優しい笑顔を向けられて、視線が五秒以上も重なって、柚木の心臓はあわや止まりかけた。


「ま、真似してみた、うん。ひ、ひ、比良くん、一人なんだ? ほほほ、他のみんなは?」


さらに挙動不審ぶりが増したクラスメートを気にするでもなく比良は答える。


「少し具合が悪くて、俺だけ外れて一人でゆっくり回ってるんだ」


回答を聞くなり、柚木の赤かった頬は極端に青ざめた。


「救急車呼ぼうか!?」


比良は首を左右に振る。
何とも微笑ましいラッコのパフォーマンスに他の客が拍手を送る傍ら、柚木は尊敬するクラスメートの体調を心から案じた。


「おれ、保健委員だから! いざとなったら水族館の医務室まで運ぶから!」


自分より18センチも身長が低い柚木の精一杯の言葉に比良は頷いてみせた。


「心配してくれてありがとう」


そこへ。
別行動をとっていたはずのアルファのクラスメートが比良を見つけてやってきた。


「じゃ、じゃあね!」


意識高い系のご一行様が合流する前に柚木はラッコのプール前からそそくさと離れた。
チラリと振り返り、具合が悪いという比良のそばに集まった面々を見、再認識する。


(月とスッポン、高嶺の花、すぐそこにいた比良くんはやっぱり遠い存在だ)






正午になり、水族館前で一旦集合した後に芝生広場で昼食休憩に入った。
日当たりのいい芝の上で友達とお弁当を食べていた柚木は、木陰で悠然と食事をとる学校最上層のグループを、その輪の中心にいる比良のことを気にかけていた。


(比良くん、ごはん食べてなくない?)


先程からミネラルウォーターのペットボトルを傾けてばかりだ。
女子に差し出されたサンドイッチをやんわり断る姿を目撃すると柚木は表情を曇らせた。


(でも、おしゃべりできて嬉しい)


ラッコを見て笑った比良くん、かっこよかった。
きっとラッコの方も比良くんを認識したはずだ、めちゃくちゃ硬派で男前なお客さんだって覚えたに違いない、また会いにいったら貝殻をプレゼントしてくれるかもしれない。


(あんなかんじで恋人とデートするのかな)


比良本人いわく、恋人ナシ、柚木は教室でそう聞き知っていた。
女子高のお嬢様だとか、年上の綺麗系だとか、誰かしらと付き合っているという噂は出回ったのだが、当人に否定されてゴシップは毎回呆気なく消えていった。


(もしかしたらナイショにしてるのかも)


誰にも秘密の恋人。
きっと誰よりも大切にしている宝物なんだ……。


「んふふ……」
「ユズくん、さっきから比良クンのこと盗み見してはニヤけてる」
「怖い」
「ッ……おれのこと置き去りにしてイルカショーさっさと見にいった薄情な方々にあーだこーだ言われたくないです」


晴天の元、柚木は遠足を満喫した。
締め括りに遊覧船に乗船……は残念ながらプログラムに組み込まれておらず、デッキから船出を見送った後、二年生は貸切バスに乗り込んで帰路についた。
半数の生徒が自ら船を漕ぎ出した車内。
柚木が座席越しに窺ってみれば最後列の窓際で比良も珍しく俯いていた。


(いつもは背筋ピーンな比良くんだけど、さすがに疲れたのかな)


少しでもいいから体調がよくなっていればいい、崇拝する彼の回復を願った数秒後に柚木もこっくりこっくり、抗えない眠気に身を任せた。





「柚木、もう着いたよ」
「うーーー……まだ寝る……」
「風邪引くから」
「あっち行って、お母さん……」
「……」





「おい、柚木!」
「ひっ? な、なになに!? お母さん!?」
「お前な、寝惚けるのもいい加減にしろ」
「あ……先生……」


やってしまった。


バスが学校に到着しても柚木はぐっすり寝続け、担任と運転手に揺り起こされて目覚めるという、高校二年生にして何とも気恥ずかしい失態に至った。


「なかなか起きないからみんな先に帰したぞ、全くもう」


担任に呆れられながらバスから降りてみれば、校庭解散でほとんどの同級生が下校しており、生徒の姿は疎らだった。


「あ、ユズくん」


同じバスに乗っていた友人を見かけ、どうして起こしてくれなかったのかと憤慨すれば「声かけたけどムニャムニャ言って起きないから、他の誰かが起こすかと思って先に降りた」と返されて絶句した。


「一緒帰る?」
「……トイレ行ってくる」
「じゃあ、ゲーム配信あるし、先に帰るわ」


膨れっ面で友人と別れた柚木は一人校舎に直行した。
静かだ。
一年生は先に遠足を終えており、三年生は現地解散、三時を過ぎたばかりで人気のない校内を進む。
一階にはオメガ性男子用のトイレがなく、生徒用玄関で上履きに履き替えて階段を上っていた柚木は、ふと思い出す。


『柚木、もう着いたよ』


(あの声って)


思わず踊り場で立ち止まった。
自分の頭にぎこちなく触れた。


(頭、撫でられたような気がする、あれって比良くんだった?)


「比良くんに呼びかけられても寝続けたなんて」


柚木は自分の失態に落ち込んだ。
トイレを済ませると来た道とは違うルートで一階へとぼとぼ移動した。
距離的にはほぼ同じ、家族に今日の失態は黙っておこうと心に決めて階段を下り、生徒用玄関に続く廊下へ出たのだが。


「え」


柚木は棒立ちになった。
角を曲がったところで倒れていた彼に目を見開かせた。


「……比良くん……?」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

BL小説家ですが、ライバル視している私小説家に迫られています

二三@冷酷公爵発売中
BL
BL小説家である私は、小説の稼ぎだけでは食っていけないために、パン屋でバイトをしている。そのバイト先に、ライバル視している私小説家、穂積が新人バイトとしてやってきた。本当は私小説家志望である私は、BL小説家であることを隠し、嫉妬を覚えながら穂積と一緒に働く。そんな私の心中も知らず、穂積は私に好きだのタイプだのと、積極的にアプローチしてくる。ある日、私がBL小説家であることが穂積にばれてしまい…? ※タイトルを変更しました。(旧題 BL小説家と私小説家がパン屋でバイトしたらこうなった)2025.5.21

推しにプロポーズしていたなんて、何かの間違いです

一ノ瀬麻紀
BL
引きこもりの僕、麻倉 渚(あさくら なぎさ)と、人気アイドルの弟、麻倉 潮(あさくら うしお) 同じ双子だというのに、なぜこんなにも違ってしまったのだろう。 時々ふとそんな事を考えてしまうけど、それでも僕は、理解のある家族に恵まれ充実した引きこもり生活をエンジョイしていた。 僕は極度の人見知りであがり症だ。いつからこんなふうになってしまったのか、よく覚えていない。 本音を言うなら、弟のように表舞台に立ってみたいと思うこともある。けれどそんなのは無理に決まっている。 だから、安全な自宅という城の中で、僕は今の生活をエンジョイするんだ。高望みは一切しない。 なのに、弟がある日突然変なことを言い出した。 「今度の月曜日、俺の代わりに学校へ行ってくれないか?」 ありえない頼み事だから断ろうとしたのに、弟は僕の弱みに付け込んできた。 僕の推しは俳優の、葛城 結斗(かつらぎ ゆうと)くんだ。 その結斗くんのスペシャルグッズとサイン、というエサを目の前にちらつかせたんだ。 悔しいけど、僕は推しのサインにつられて首を縦に振ってしまった。 え?葛城くんが目の前に!? どうしよう、人生最大のピンチだ!! ✤✤ 「推し」「高校生BL」をテーマに書いたお話です。 全年齢向けの作品となっています。 一度短編として完結した作品ですが、既存部分の改稿と、新規エピソードを追加しました。 ✤✤

お世話したいαしか勝たん!

沙耶
BL
神崎斗真はオメガである。総合病院でオメガ科の医師として働くうちに、ヒートが悪化。次のヒートは抑制剤無しで迎えなさいと言われてしまった。 悩んでいるときに相談に乗ってくれたα、立花優翔が、「俺と一緒にヒートを過ごさない?」と言ってくれた…? 優しい彼に乗せられて一緒に過ごすことになったけど、彼はΩをお世話したい系αだった?! ※完結設定にしていますが、番外編を突如として投稿することがございます。ご了承ください。

【完結】番になれなくても

加賀ユカリ
BL
アルファに溺愛されるベータの話。 新木貴斗と天橋和樹は中学時代からの友人である。高校生となりアルファである貴斗とベータである和樹は、それぞれ別のクラスになったが、交流は続いていた。 和樹はこれまで貴斗から何度も告白されてきたが、その度に「自分はふさわしくない」と断ってきた。それでも貴斗からのアプローチは止まらなかった。 和樹が自分の気持ちに向き合おうとした時、二人の前に貴斗の運命の番が現れた── 新木貴斗(あらき たかと):アルファ。高校2年 天橋和樹(あまはし かずき):ベータ。高校2年 ・オメガバースの独自設定があります ・ビッチング(ベータ→オメガ)はありません ・最終話まで執筆済みです(全12話) ・19時更新 ※なろう、カクヨムにも掲載しています。

孤独なライオンは運命を見つける

朝顔
BL
9/1番外編追加しました。 自分はアルファであると信じて生きてきたのに、発情したことがキッカケで、オメガだったと発覚してしまった。 アルファだと思っていた時も、孤独で苦しかったのに、オメガになったことで俺の人生はより厳しいものになった。 そんな時、俺は運命と呼べる相手と出会うことになる。 ※※※※※ 高校生×高校生で、オメガバースの設定をお借りしています。 設定はよくあるものだと思いますが、おかしなところがあったら、すみません。 オメガバースについて詳しい説明などは省略しています。 シリアスあり、ラブコメもあり、淡くて青い恋愛がメインのお話です。 ※重複投稿 全十話完結済み

【完結】出会いは悪夢、甘い蜜

琉海
BL
憧れを追って入学した学園にいたのは運命の番だった。 アルファがオメガをガブガブしてます。

欲望のままにコマンドを操る男のせいでタップダンスを踊らされています

おもちDX
BL
「ねぇ椿季、〈タップダンスを踊って見せてほしいなぁ〉」 椿季は今日も彼氏のコマンドに振り回される。彼のことは大好きだけど……今回ばかりは怒ったぞ!しかし家出した椿季に声を掛けてきたのは元彼で……? コマンドはなんでもありのDom/Subユニバース。受け攻め両視点あり。 信(のぶ)×椿季(つばき) 大学生のカップルです。 タイトルから思いついた短編。コメディだけではないはず。

【完】100枚目の離婚届~僕のことを愛していないはずの夫が、何故か異常に優しい~

人生2929回血迷った人
BL
矢野 那月と須田 慎二の馴れ初めは最悪だった。 残業中の職場で、突然、発情してしまった矢野(オメガ)。そのフェロモンに当てられ、矢野を押し倒す須田(アルファ)。 そうした事故で、二人は番になり、結婚した。 しかし、そんな結婚生活の中、矢野は須田のことが本気で好きになってしまった。 須田は、自分のことが好きじゃない。 それが分かってるからこそ矢野は、苦しくて辛くて……。 須田に近づく人達に殴り掛かりたいし、近づくなと叫び散らかしたい。 そんな欲求を抑え込んで生活していたが、ある日限界を迎えて、手を出してしまった。 ついに、一線を超えてしまった。 帰宅した矢野は、震える手で離婚届を記入していた。 ※本編完結 ※特殊設定あります ※Twitterやってます☆(@mutsunenovel)

処理中です...