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しおりを挟む「柚木はラッコが好きなのか?」
いつの間に斜め後ろに立っていた比良に問われて柚木は否応なしに赤面した。
「はわわ……」
「はわわ?」
「ッ……す、好きっ、たった今好きになったところ、です」
「どうして敬語なんだ? 同級生なのに」
不意討ちの急接近に混乱している柚木はまともに回答できずに口をパクパクさせた。
比良はガラスの向こうで飼育員と戯れているラッコを見、笑みを浮かべる。
「でも、確かに目隠ししてるみたいで可愛いな」
「う、うん!」
「柚木の言う通り、あざとい部分もあるのかもしれない」
「そっ……そだね!」
(うそでしょ)
比良くんとおしゃべりしてる。
一年生の間、まともに会話したのは入学式の日くらいで、あとはほぼ接触ナシの日々を過ごしてきたモブの中のモブみたいなおれが。
「飼育員さんとのコミュニケーションが凄い。信頼関係がしっかり築かれているんだろうな」
飼育員さんとラッコが交わす絶妙な遣り取りに比良は声を立てて笑った。
(とっ……尊い……!!)
耳まで真っ赤になった柚木は両手で頬を覆った。
あっという間に紅潮した顔に気づかれたらどうしよう、挙動不審さながらにオロオロしていたら、比良とバッチリ視線がぶつかった。
「柚木、ラッコの真似してるのか?」
優しい笑顔を向けられて、視線が五秒以上も重なって、柚木の心臓はあわや止まりかけた。
「ま、真似してみた、うん。ひ、ひ、比良くん、一人なんだ? ほほほ、他のみんなは?」
さらに挙動不審ぶりが増したクラスメートを気にするでもなく比良は答える。
「少し具合が悪くて、俺だけ外れて一人でゆっくり回ってるんだ」
回答を聞くなり、柚木の赤かった頬は極端に青ざめた。
「救急車呼ぼうか!?」
比良は首を左右に振る。
何とも微笑ましいラッコのパフォーマンスに他の客が拍手を送る傍ら、柚木は尊敬するクラスメートの体調を心から案じた。
「おれ、保健委員だから! いざとなったら水族館の医務室まで運ぶから!」
自分より18センチも身長が低い柚木の精一杯の言葉に比良は頷いてみせた。
「心配してくれてありがとう」
そこへ。
別行動をとっていたはずのアルファのクラスメートが比良を見つけてやってきた。
「じゃ、じゃあね!」
意識高い系のご一行様が合流する前に柚木はラッコのプール前からそそくさと離れた。
チラリと振り返り、具合が悪いという比良のそばに集まった面々を見、再認識する。
(月とスッポン、高嶺の花、すぐそこにいた比良くんはやっぱり遠い存在だ)
正午になり、水族館前で一旦集合した後に芝生広場で昼食休憩に入った。
日当たりのいい芝の上で友達とお弁当を食べていた柚木は、木陰で悠然と食事をとる学校最上層のグループを、その輪の中心にいる比良のことを気にかけていた。
(比良くん、ごはん食べてなくない?)
先程からミネラルウォーターのペットボトルを傾けてばかりだ。
女子に差し出されたサンドイッチをやんわり断る姿を目撃すると柚木は表情を曇らせた。
(でも、おしゃべりできて嬉しい)
ラッコを見て笑った比良くん、かっこよかった。
きっとラッコの方も比良くんを認識したはずだ、めちゃくちゃ硬派で男前なお客さんだって覚えたに違いない、また会いにいったら貝殻をプレゼントしてくれるかもしれない。
(あんなかんじで恋人とデートするのかな)
比良本人いわく、恋人ナシ、柚木は教室でそう聞き知っていた。
女子高のお嬢様だとか、年上の綺麗系だとか、誰かしらと付き合っているという噂は出回ったのだが、当人に否定されてゴシップは毎回呆気なく消えていった。
(もしかしたらナイショにしてるのかも)
誰にも秘密の恋人。
きっと誰よりも大切にしている宝物なんだ……。
「んふふ……」
「ユズくん、さっきから比良クンのこと盗み見してはニヤけてる」
「怖い」
「ッ……おれのこと置き去りにしてイルカショーさっさと見にいった薄情な方々にあーだこーだ言われたくないです」
晴天の元、柚木は遠足を満喫した。
締め括りに遊覧船に乗船……は残念ながらプログラムに組み込まれておらず、デッキから船出を見送った後、二年生は貸切バスに乗り込んで帰路についた。
半数の生徒が自ら船を漕ぎ出した車内。
柚木が座席越しに窺ってみれば最後列の窓際で比良も珍しく俯いていた。
(いつもは背筋ピーンな比良くんだけど、さすがに疲れたのかな)
少しでもいいから体調がよくなっていればいい、崇拝する彼の回復を願った数秒後に柚木もこっくりこっくり、抗えない眠気に身を任せた。
「柚木、もう着いたよ」
「うーーー……まだ寝る……」
「風邪引くから」
「あっち行って、お母さん……」
「……」
「おい、柚木!」
「ひっ? な、なになに!? お母さん!?」
「お前な、寝惚けるのもいい加減にしろ」
「あ……先生……」
やってしまった。
バスが学校に到着しても柚木はぐっすり寝続け、担任と運転手に揺り起こされて目覚めるという、高校二年生にして何とも気恥ずかしい失態に至った。
「なかなか起きないからみんな先に帰したぞ、全くもう」
担任に呆れられながらバスから降りてみれば、校庭解散でほとんどの同級生が下校しており、生徒の姿は疎らだった。
「あ、ユズくん」
同じバスに乗っていた友人を見かけ、どうして起こしてくれなかったのかと憤慨すれば「声かけたけどムニャムニャ言って起きないから、他の誰かが起こすかと思って先に降りた」と返されて絶句した。
「一緒帰る?」
「……トイレ行ってくる」
「じゃあ、ゲーム配信あるし、先に帰るわ」
膨れっ面で友人と別れた柚木は一人校舎に直行した。
静かだ。
一年生は先に遠足を終えており、三年生は現地解散、三時を過ぎたばかりで人気のない校内を進む。
一階にはオメガ性男子用のトイレがなく、生徒用玄関で上履きに履き替えて階段を上っていた柚木は、ふと思い出す。
『柚木、もう着いたよ』
(あの声って)
思わず踊り場で立ち止まった。
自分の頭にぎこちなく触れた。
(頭、撫でられたような気がする、あれって比良くんだった?)
「比良くんに呼びかけられても寝続けたなんて」
柚木は自分の失態に落ち込んだ。
トイレを済ませると来た道とは違うルートで一階へとぼとぼ移動した。
距離的にはほぼ同じ、家族に今日の失態は黙っておこうと心に決めて階段を下り、生徒用玄関に続く廊下へ出たのだが。
「え」
柚木は棒立ちになった。
角を曲がったところで倒れていた彼に目を見開かせた。
「……比良くん……?」
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