4 / 6
対陣
しおりを挟む夜襲を受けて関ケ原の仏教軍の陣は崩れた。
仏教兵は多くを討ち取られ、残りは散り散りに逃げていった。千丁あった鉄砲を持つ兵は二百人ほどに減っていた。信濃騎兵と飛騨弓兵は、夜が明けるなか仏教兵を攻め、関ケ原から追い落とした。
「敵の主力はどこまで来ておる?」
仏教軍の陣があった跡に立つ信濃国巫女、諏訪凛香が忍びに訊いた。
「はっ。敵の先頭は米原に達しております。明日のうちには関ケ原に達すると思われます」
「そうか。関ケ原に入れる前に迎え撃つべきだな」
凛香は隣にいる飛騨国巫女の水無京子に言った。
「敵は二万を超えている。我ら三千で持ちこたえられるか……」
京子は兵力差を案じていた。迅速な移動と夜襲で兵には疲れが見えていた。勝利による興奮で今は元気な兵も、連戦で多数の敵を迎え撃つのは厳しいと言えた。
◆
昼過ぎまで凛香と京子は関ケ原で味方を待った。敵が残していった鉄砲を回収し、築かれた途中の柵を壊した。
先頭の美濃神軍が関ケ原に着陣した。
「おお、信濃国巫女、飛騨国巫女。見事な勝利じゃ! よく働いてくれた!」
美濃国巫女、南宮静女が言った。
「美濃国巫女、敵は米原にあります。明日にもここに達しましょう。関ケ原に入れる前に狭い谷で敵の頭を抑えるべきかと」
凛香が静女に具申する。
「あいわかった。我らに任せよ。まずは後方に下がって休まれよ」
凛香と京子達は南宮山の麓に下がり、兵と馬に休息を与えた。
◆
夕闇が迫る頃、凛香の前に忍びが現れた。
「申し上げます! 敵先鋒が間もなく関ケ原に達します!」
「何? 早いな! 抑えの兵はどうした?」
「美濃神軍は関ケ原に着陣しており、抑えの兵は配しておりません!」
「何だと?」
◆
美濃神軍の本陣に、凛香が駆けこんだ。
「これは、信濃国巫女。どうされた?」
静女は余裕の表情で凛香を迎えた。
「敵が間もなく関ケ原に入ります! なぜ入口の谷で頭を抑えないのですか?」
凛香は自分が具申した案を反故にされたことに怒りで震えた口調で訴えた。
「敵は二万。こちらは三万八千。信濃国巫女が敵の鉄砲隊を削ってくれた故、そのような策を弄せずとも正面から勝てようぞ!」
「我が軍で敵の先鋒を叩きます!」
凛香は踵を返そうとする。
「待たれよ、信濃国巫女。まもなく夜になる。敵は夜襲を警戒しておる。下手に打って出ると返り討ちにあうぞ」
「いや。敵が陣形を整える前に叩くべきです!」
「信濃国巫女! 筆頭国巫女である我の命に従えないのか! 夜襲で勝っていい気になってるのかもしれないが、全軍を指揮するのは我ぞ!」
凛香は唇を噛んで静女を睨んだ。
「何だ、その顔は。信濃国巫女、後詰を命ずる。私が動けと言うまで、兵を動かすな!」
◆
後詰の陣で凛香は憤懣やるかたない表情で日が暮れていく関ケ原を見ていた。
「美濃国巫女は、信濃国巫女に手柄を恣にされたくないのでしょう」
信濃国守の牧野信義が凛香と同じ方向を見て呟いた。
「日本巫女をお救いした暁には、戦での働きで日本巫女の覚えがめでたくなろうというもの」
「我は手柄などどうでもよい。仏教徒を神の国日本から追い落とすまでよ!」
「そう思って戦っているのは、信濃国巫女だけでございましょう」
信義は凛香に向かって微笑んだ。
◆ ◆
翌朝、南宮山の麓に陣取る神軍連合の前に、松尾山から天満山にかけてびっしりと布陣した仏教軍二万が、朝日に照らされて現れた。
「敵は夜の内に陣形を整えてしまった……」
凛香はため息をついた。神軍連合は、南から尾張神軍、中央に美濃神軍。そして北に三河神軍が陣形を整えていた。信濃神軍は後詰として美濃の後方に配されていた。
凛香は仏教軍の動きが思いの外早く、関ケ原に入る前の狭い谷で迎え撃つべきだと主張したが容れられなかった。静女は兵力で優る自軍に余裕を見せていたが、圧倒的に優っているわけではない。戦の流れによっては勝敗がどう転ぶかわからない。凛香は敵が移動したばかりで陣形が整わない状態を狙うべきだと思っていたが、今となっては正面からぶつかるしか選択肢がなくなってしまった。
「敵の鉄砲隊を崩しておいたのが幸いでしたな」
信義が言うように、昨日の夜襲で千丁に及ぶ鉄砲隊の力を削いでおかなければ、兵力に優っても神軍連合が勝利する芽はなかったと思われた。
◆
辰の下刻(午前八時)になっても両軍に動きはなかった。
時折、仏教勢が鬨の声を上げ旗を振っている。まるで挑発しているようだ。
「敵は動きませんな……」
信義が凛香とともに眼前に広がる仏教勢の陣を見て言った。
「これだけの兵がまともにぶつかれば、双方、損害も大きくなろうというもの。迂闊には動けまいて」
関ケ原に動きがない中、凛香の元に立て続けに忍びから報せが届いた。
「草津にあった敵の後詰一万、現在米原に達しております!」
「鈴鹿峠の敵五千、亀山に入りました!」
巳の上刻(午前九時)になっても神軍連合は動かない。
「このままだと、明日には敵の増援が来てしまう。叩くなら今しかない。美濃国巫女にも報せをお伝えせよ!」
凛香は伝令を出した。しばらくして帰ってきた伝令は、相手が出てくるのを待つ、という美濃国巫女の返事を持ってきた。
「どんどん機を失っておるのに、美濃国巫女は気づかないのか!」
凛香は単身、美濃国巫女の陣に向かった。
◆
「信濃国巫女、陣を離れてなんとした!」
本陣に現れた凛香を見て静女は驚いた。
「今、我らが有利なれば、敵の後詰が来る前に勝負をかけるべきと存じます!」
「わかっておるわ。敵が焦って出てくるのを待つのだ」
静女の様子がおかしい。焦っているのは彼女ではないか、と凛香は思う。三万を超えた軍を率いて敵と対峙している。多くの兵たちの命を預かり、尚且つ勝利を目指さなければならないのだ。その緊張感はただならぬものがあると凛香は同情する。だが神軍連合の三万八千の兵を指揮する総大将として敵に打ち勝つ意図を明確にすべきだ、と思う。
0
あなたにおすすめの小説
花嫁
一ノ瀬亮太郎
歴史・時代
征之進は小さい頃から市松人形が欲しかった。しかし大身旗本の嫡男が女の子のように人形遊びをするなど許されるはずもない。他人からも自分からもそんな気持を隠すように征之進は武芸に励み、今では道場の師範代を務めるまでになっていた。そんな征之進に結婚話が持ち込まれる。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末
松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰
第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。
本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。
2025年11月28書籍刊行。
なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。
酒と肴と剣と闇
江戸情緒を添えて
江戸は本所にある居酒屋『草間』。
美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。
自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。
多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。
その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。
店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる