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勝利
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午の下刻(午後一時)を過ぎた頃には戦の流れは完全に神軍連合に傾いていた。
総大将である北辰院智栄を逃がそうと仏教軍は押されながらも必死に抵抗していたが、数で圧倒されて次々と討ち取られていった。
陽が傾き、未の刻(午後三時)になると、仏教軍は関ケ原から追い落とされた。
「押せ、押せっ! 仏教徒を逃がすな!」
信濃国巫女、諏訪凛香が大声で追撃を指示する。凛香は信濃神軍の中央で仏教軍の殿を追っていた。
尾張神軍を救うために、国巫女である凛香が先頭に立って仏教軍に挑んだ。危険であり無謀な攻撃だったが、総大将である北辰院に肉薄し、勢いに圧されて仏教軍が崩れた。一見蛮勇で突っ込んでいったように見えた凛香だったが、仏教軍が崩れたとみると後方に下がり、信濃神軍全体の陣を整えて追撃体勢に移っていた。
(信濃国巫女には軍神が乗り移っておる。まるで戦の流れを見通しておるようだ……)
数々の修羅場をくぐってきた信濃国守牧野信義は十七歳の少女の用兵術に舌を巻いた。
信濃神軍と尾張神軍を先頭に美濃神軍と三河神軍が続いていた。牧野信義は凛香の元に馬を寄せた。
「信濃国巫女、兵たちに疲れが見えます! ここは美濃国巫女に華を持たせてはいかがかと存じます!」
実際、激しい突撃で信濃神軍の犠牲はかなりな数にのぼっていた。ほとんど無傷の美濃神軍と三河神軍に追撃を任せるべきだと信義は感じていた。それに凛香の活躍を快く思っていない美濃国巫女の南宮静女にも明確な戦果をあげさせるべきだという思惑もあった。
「あいわかった!」
凛香は頷くと、美濃神軍の本陣に馬を走らせる。
◆
美濃国巫女の静女の姿を認めると、凛香は馬を降り、静女の前に跪いた。
「申し上げます! 我が信濃神軍、兵の数も減り力が削がれております故、美濃神軍に仏教徒の追撃をお願いしとうございます!」
静女は突然現れた凛香とその申し出に驚いた顔をしていたが、筆頭国巫女としての威厳のある表情に戻って言った。
「信濃国巫女、大儀であった! この先は我が美濃神軍が追撃する。下がってよいぞ!」
「ははっ!」
凛香は頭を下げて静女の言葉を受けた。
◆
夕暮れが関ケ原を包んでいる。
どこからか沸き起こった勝利の鬨の声が、さざ波のように神軍連合全体に広がり、関ケ原全域に木霊した。
「曵、曵、応! 曵、曵、応! 曵、曵、応!」
静女の率いる美濃神軍は、仏教軍を深追いしなかった。賢明な判断だと、凛香は思う。米原から仏教軍の後詰の一万もの兵が関ケ原に向かっていたからだ。
結局仏教軍は二万いた兵の半数の一万を失った。神軍連合にも同数の一万もの犠牲が出ていた。
◆
松尾山の麓で、五人の国巫女が集まっている。
「この度の関ケ原における戦、皆よく働いてくれた」
美濃国巫女の南宮静女が喜びの表情で言った。尾張国巫女の真清田朋絵は冷たい眼で静女を見ている。尾張神軍は最も犠牲者が多かったのだ。戦の序盤に全軍が動いていればここまで犠牲を出さずに済んだ、という思いが朋絵にはあったのだろう。
「この度の勝利、美濃国巫女の指揮によるもの。おめでとうございます!」
凛香は頭を下げて言う。静女以外の国巫女は皆、驚いた表情をしていた。今回の戦の勝利は機を見て突撃を敢行した凛香の活躍が決め手だったと誰もが思っている。しかも静女は神軍連合の総大将として何の指示も出してはいない。だが凛香は筆頭国巫女としての静女の立場を慮って祝いの言葉を述べた。
結果的に勝利となったとはいえ、独断専行を静女に咎められては今後、伊勢神宮奪還戦において動きづらくなる、と凛香は冷徹に計算していた。自分自身の手柄などは凛香にとってはどうでもよかった。伊勢神宮を奪還し、仏教徒を日本から追い落とすことのみが、自分の使命だと、凛香は心に強く誓っていた。
「米原から関ケ原に向かっていた仏教軍の後詰一万は、草津方面に撤退しております」
凛香が忍びからの新たな報せを国巫女たちに伝えた。
「こちらも軍勢を整えて一刻も早く、日本巫女をお救いすべきです!」
尾張国巫女の真清田朋絵は、自軍が一番損害が大きかったにもかかわらず、闘志を燃やしていた。宿敵である北辰院智栄を取り逃がした悔しさが朋絵の表情に滲んでいる。
「伊勢神宮を占拠しているのは、四天王の一人、持国天を奉ずる東雲院守道でございます」
凛香が淡々と報告する。仏教軍は精鋭を伊勢神宮に置いている。日本巫女を救う戦いが激戦になるのは疑いようがなかった。
「さらに京の都には、増長天を奉ずる南岳院隆盛、広目天を奉ずる西明院観玄も控えております」
今後、伊勢神宮と日本巫女を取り戻しても、西日本諸国を支配する仏教軍を追い落とすのは困難を極めることは明確だった。
「信濃国巫女、諏訪凛香、身命を賭して仏教徒を神の国日本から追い落としてみせます!」
四人の国巫女は、凛香の瞳に宿る神気を帯びた気迫に、圧倒されて息を呑んだ。
(了)
総大将である北辰院智栄を逃がそうと仏教軍は押されながらも必死に抵抗していたが、数で圧倒されて次々と討ち取られていった。
陽が傾き、未の刻(午後三時)になると、仏教軍は関ケ原から追い落とされた。
「押せ、押せっ! 仏教徒を逃がすな!」
信濃国巫女、諏訪凛香が大声で追撃を指示する。凛香は信濃神軍の中央で仏教軍の殿を追っていた。
尾張神軍を救うために、国巫女である凛香が先頭に立って仏教軍に挑んだ。危険であり無謀な攻撃だったが、総大将である北辰院に肉薄し、勢いに圧されて仏教軍が崩れた。一見蛮勇で突っ込んでいったように見えた凛香だったが、仏教軍が崩れたとみると後方に下がり、信濃神軍全体の陣を整えて追撃体勢に移っていた。
(信濃国巫女には軍神が乗り移っておる。まるで戦の流れを見通しておるようだ……)
数々の修羅場をくぐってきた信濃国守牧野信義は十七歳の少女の用兵術に舌を巻いた。
信濃神軍と尾張神軍を先頭に美濃神軍と三河神軍が続いていた。牧野信義は凛香の元に馬を寄せた。
「信濃国巫女、兵たちに疲れが見えます! ここは美濃国巫女に華を持たせてはいかがかと存じます!」
実際、激しい突撃で信濃神軍の犠牲はかなりな数にのぼっていた。ほとんど無傷の美濃神軍と三河神軍に追撃を任せるべきだと信義は感じていた。それに凛香の活躍を快く思っていない美濃国巫女の南宮静女にも明確な戦果をあげさせるべきだという思惑もあった。
「あいわかった!」
凛香は頷くと、美濃神軍の本陣に馬を走らせる。
◆
美濃国巫女の静女の姿を認めると、凛香は馬を降り、静女の前に跪いた。
「申し上げます! 我が信濃神軍、兵の数も減り力が削がれております故、美濃神軍に仏教徒の追撃をお願いしとうございます!」
静女は突然現れた凛香とその申し出に驚いた顔をしていたが、筆頭国巫女としての威厳のある表情に戻って言った。
「信濃国巫女、大儀であった! この先は我が美濃神軍が追撃する。下がってよいぞ!」
「ははっ!」
凛香は頭を下げて静女の言葉を受けた。
◆
夕暮れが関ケ原を包んでいる。
どこからか沸き起こった勝利の鬨の声が、さざ波のように神軍連合全体に広がり、関ケ原全域に木霊した。
「曵、曵、応! 曵、曵、応! 曵、曵、応!」
静女の率いる美濃神軍は、仏教軍を深追いしなかった。賢明な判断だと、凛香は思う。米原から仏教軍の後詰の一万もの兵が関ケ原に向かっていたからだ。
結局仏教軍は二万いた兵の半数の一万を失った。神軍連合にも同数の一万もの犠牲が出ていた。
◆
松尾山の麓で、五人の国巫女が集まっている。
「この度の関ケ原における戦、皆よく働いてくれた」
美濃国巫女の南宮静女が喜びの表情で言った。尾張国巫女の真清田朋絵は冷たい眼で静女を見ている。尾張神軍は最も犠牲者が多かったのだ。戦の序盤に全軍が動いていればここまで犠牲を出さずに済んだ、という思いが朋絵にはあったのだろう。
「この度の勝利、美濃国巫女の指揮によるもの。おめでとうございます!」
凛香は頭を下げて言う。静女以外の国巫女は皆、驚いた表情をしていた。今回の戦の勝利は機を見て突撃を敢行した凛香の活躍が決め手だったと誰もが思っている。しかも静女は神軍連合の総大将として何の指示も出してはいない。だが凛香は筆頭国巫女としての静女の立場を慮って祝いの言葉を述べた。
結果的に勝利となったとはいえ、独断専行を静女に咎められては今後、伊勢神宮奪還戦において動きづらくなる、と凛香は冷徹に計算していた。自分自身の手柄などは凛香にとってはどうでもよかった。伊勢神宮を奪還し、仏教徒を日本から追い落とすことのみが、自分の使命だと、凛香は心に強く誓っていた。
「米原から関ケ原に向かっていた仏教軍の後詰一万は、草津方面に撤退しております」
凛香が忍びからの新たな報せを国巫女たちに伝えた。
「こちらも軍勢を整えて一刻も早く、日本巫女をお救いすべきです!」
尾張国巫女の真清田朋絵は、自軍が一番損害が大きかったにもかかわらず、闘志を燃やしていた。宿敵である北辰院智栄を取り逃がした悔しさが朋絵の表情に滲んでいる。
「伊勢神宮を占拠しているのは、四天王の一人、持国天を奉ずる東雲院守道でございます」
凛香が淡々と報告する。仏教軍は精鋭を伊勢神宮に置いている。日本巫女を救う戦いが激戦になるのは疑いようがなかった。
「さらに京の都には、増長天を奉ずる南岳院隆盛、広目天を奉ずる西明院観玄も控えております」
今後、伊勢神宮と日本巫女を取り戻しても、西日本諸国を支配する仏教軍を追い落とすのは困難を極めることは明確だった。
「信濃国巫女、諏訪凛香、身命を賭して仏教徒を神の国日本から追い落としてみせます!」
四人の国巫女は、凛香の瞳に宿る神気を帯びた気迫に、圧倒されて息を呑んだ。
(了)
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