紫灰の日時計

二月ほづみ

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主従のはじまり-5

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 純白のドレスが揺れ、ウサギのように少女が駆けていく。明るい日差しの差す芝生の庭には、直線的に刈り込まれた樹木が迷路のように配置されていて、エリンはその背を呆気無く見失ってしまった。三歳のエリンが、全力で駆ける五歳のアーシュラを走って追いかけるのは容易なことではない。
「アーシュラ……っ」
「こっちよ、エリン、わたくしを見つけなさい」
 情けない声で呼ぶと、どこからか返事が返ってくる。まだ近くに居るようだ。慌てて声のした方へと走る。植え込みの角を曲がって、確かこのあたり……
「……あれ?」
 姿が見えない。返事はしたものの、待っていてはくれなかったらしい。もう一度呼んでみたけれど、今度は返事すら返って来なかった。
 大声を張り上げてもう一度。しかし、やはり返事は無い。
 少年は困り果てた。アーシュラとはもう随分一緒に居るような気がするけれど、庭で遊ぶのは今日がはじめてなのだ。彼女とはぐれてしまっては、エリンはどうすることも出来ない。
(どうしよう……)
 居ないと思ったら、ゴブリと水を飲み込んだように、不安が重く腹に沈む。
 謁見の日から今日まで、大人からみればさほどの時間は過ぎていなかったが、幼いエリンにとってはあまりに長い。突然家族から引き離され、わけもわからないままに今日までの日々を重ねるうち、抱いた寂しさや恐怖は、一緒に過ごす絶対的な少女の存在にすり替えられていたようだ。
 家族が居ない寂しさが紛れると、あっという間に城での生活に馴染み、そして、主人となった少女を姉のように、母のように慕うようになっていた。
「アーシュラ……」
 主人はどこへ行ってしまったのだろう。
 心細くなると、声もかすれてくる。見回すと、さっきまで気にも止めなかった庭木が、突然大きく恐ろしくこちらへ迫ってくるように感じられる。もしかするとこのままこの緑の迷路に閉じ込められてしまうのではないか。そう思うと、今にも泣きだしてしまいそうだった。
「剣が情けない顔をするものではありません」
 声がしたのはその時だった。
 見知らぬ声に、ハッとして振り返る。いつの間にか、少年の背後に男が立っていた。
 白い服に身を包んだ男で、背がとても高い。老人というわけでは無いのだが、なぜか白い髪、そして、浅黒い肌をしていた。
 太陽を背にした男の表情は読み取れない。けれどエリンは、目の前の不思議な人物を、一度見たことがあることを思い出した。
 謁見の日だ。あの日、皇帝の斜め後ろに、置物のように微動だにせずジッと立っている人がいた。変な人だなと思ったのだった。
「ひめがどこへいったのか、わかりませんか?」
 丁寧で優しい口調に、少しホっとしながら少年は口を開く。
「あの、さっき……ここでこえがして……」
「そうでしたね」
 見ていたように、男は頷く。
「殿下がなぜ見当たらないか、わかりませんか?」
「え?」
 男の言葉に、ハッとしてエリンは思い出す。アーシュラが何と言って自分を呼んだのか。
「あ……っ!」
 そうだった。彼女は自分を見つけなさいと言ったのだ。だからたぶん、このあたりに隠れているに違いない。


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