紫灰の日時計

二月ほづみ

文字の大きさ
7 / 126

主従のはじまり-6

しおりを挟む
「気がついたようですね。殿下は、かくれんぼもお好きなのですよ」
 その言葉に、エリンはパッと元気を取り戻してキョロキョロと周囲を見回す。アーシュラはあの木の向こうだろうか。それとも、こっちの植え込みの根本だろうか?
うまく見つけると、もしかしたら褒めてくれるかもしれない。
 あちらこちらへパタパタ走りまわる少年を、白髪の男はしばらく呆れたように見つめていたが、やがて、ある方向をスッと指し示して言った。
「そんな探し方では日が暮れても見つかりませんよ、ねぇ、殿下」
 男が指したのは、立っているすぐ脇の庭木の影だった。それは、ちょうど先程エリンが走って通り過ぎた場所だった。まさかそんなところに、と、思いながら正念は駆け戻る。
「……もう、せっかく隠れていたのに」
 文句を言いながら、ゴソゴソと少女が姿を現した。
「アーシュラ!」
「あなたも、ボーっとしてないでちゃんと探しなさい。わたくしが、せっかく隠れているのに! つまらないじゃない」
「ご……ごめんなさい……」
 言って、少年は困ったような、嬉しいような顔ではにかむ。怒られていることより、少女の姿が見えたことにホッとしていた。
 ドレスについた汚れをはらったアーシュラは、思い通りに遊べなかったことが気に入らないらしい、残念そうにため息をついて、邪魔をした張本人である男を睨む。
「ツヴァイ、酷いわ!」
 ツヴァイと呼ばれたその男は、膝をついて頭を垂れた。
「申し訳ありません。陛下から、殿下のお側に参るようにと」
「おじい様が?」
「はい」
「変なの、どうして?」
「新たな剣を育てるようにと」
「育てる……」
「はい。ですから、これからは殿下のお側に参上することが、今までよりも多くなります」
「おじい様のお傍を離れていいの?」
「そのように命じられております」
「ふぅん……」
 少女は、納得したようなしないような様子である。
「これからは殿下の邪魔はせぬようにいたしますので、お許し下さい」
 言って、男はエリンの方を見た。褐色の肌に、妙に映える緑色の目だった。
「エリン・カスタニエ」
 名を呼ばれた少年は、咄嗟にどうすれば良いのか分からず、コクリと頷く。
「その左目は、今後は隠したほうが良いですね。こう、髪か何かで」
 気付かないうちに伸ばされていた大きな手が、エリンの短い前髪に触れた。
「それから、カスタニエの名は捨てなさい。公爵にご迷惑をおかけします」
 男の言葉は、少年には難しすぎるようだった。けれど、困ったように首を傾げるエリンに、ツヴァイは構わず続ける。
「この後、あなたに名前は必要ない。名乗るならばただエリンと……」
 言葉の途中で、少年の紫の左目がまっすぐ自分を見つめていることに気付いた男は、一瞬言葉を途切れさせ、そして、少し考えこむ。
「……やはり、あなたの持つ色は少々強すぎる」
 諭すような声音だった。しかし、穏やかだが決して優しくはない。
「あなたはこの先、殿下のために生き続けなければならない。だから、その色の強さを消す努力をしなさい。エリン……エリン・グレイ色無し

 男の名はツヴァイ。『二番目』などという大雑把な呼ばれ方は、彼が皇帝アドルフの二人目の剣であるからで、当然本名ではないはずだが、男にはもう、その名以外の名前は無かった。
 つるぎとは、代々の皇帝の最も傍近くに仕える従者で、主の身を危険から守る守護者である。幼い頃からの修練によって比類なき戦闘能力を持ち、その力を主のためだけに使う。――場合によっては、敵対者を葬り去る暗殺者としての役目を持つことすらある。
 決して公に名を表すことは無く、その死の瞬間まで、主の側に影として寄り添うといわれる。謎に包まれたその存在について、帝室の関係者以外が深く知ることは無かった。
 彼らはエウロの長い歴史の中で、アヴァロンの権謀術数における闇の部分を背負ってきた存在である。皇帝に盾突く者を容赦なく葬り去るその攻撃性から、貴族たちは彼らを密かに『影の剣』と呼び、忌み嫌うと同時に恐れていた。
 アドルフは、エリンの命を奪わなかった代わりに、アーシュラの剣として育てるつもりでいたのだ。
 剣の師は剣である。
 この日から、少年への長い教育が始まったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

辺境伯夫人は領地を紡ぐ

やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。 しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。 物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。 戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。 これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。 全50話の予定です ※表紙はイメージです ※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)

【完結】あなたを忘れたい

やまぐちこはる
恋愛
子爵令嬢ナミリアは愛し合う婚約者ディルーストと結婚する日を待ち侘びていた。 そんな時、不幸が訪れる。 ■□■ 【毎日更新】毎日8時と18時更新です。 【完結保証】最終話まで書き終えています。 最後までお付き合い頂けたらうれしいです(_ _)

処理中です...