紫灰の日時計

二月ほづみ

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剣のつとめ-4

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 エリンの部屋はアーシュラの居室の一部を区切るようにして作られている。主はまだ眠っているだろうと思い、そっと音を立てないように扉を開けた。
「……エリン?」
 予想に反して、暗い部屋の奥から、掠れた声が響いた。
「申し訳ありません。起こしてしまいましたか?」
「ううん……いいのよ。起きていたから」
 少女の声はハッキリしていたが、苦悶の色が滲んでいる。
「お加減はいかがですか?」
「だいじょうぶ……お前は部屋に戻っていいのよ、エリン」
 上ずった声でそう言った。
「……はい」
 エリンは僅かに表情を歪めたが、主の言葉に従って、ドアで仕切られた自分の部屋へと戻る。アーシュラはベッドに身を起こし、肩を押さえた少年がゆらりと扉の向こうへ消えて行くのを、黙って見送った。
 エリンがこうして傷ついて帰ってきても、彼女はベネディクトのように、都度ハラハラと心配したり、悲しんだりしてくれるようなことは決して無かった。
 それは、皇女が冷たいからではなくて――彼女自身が、痛みや苦しみとは人一倍親しい場所にいるからだ。
 皇女アーシュラは、その明るさや利発さとはうらはらに、生まれつき体の弱い少女だった。それも、命にかかわるほどに。

 偶然、皇女の体調がすこぶる良かった時期に城へやって来たエリンが、そのことを理解したのは、アヴァロン城で暮らすようになってから、随分経った後のことだった。
 初代皇帝がエウロの民と交わした約束、終身独裁官の地位と、その世襲。そして、継承権の正統性を示す菫色の瞳。しかし、時を経て新たに紫を持つ子が生まれにくくなった頃から、色の発現を絶やさぬよう、帝室では密かに近親婚が繰り返されていたといわれている。時折極端に体質の弱いものが生まれることは、その代償であると囁かれていた。
 勿論、そのようなことを帝室が認めるはずもないため、真偽の程は定かではないが、皇女アーシュラが儚い存在であることだけは、揺るぎようのない事実であった。

 慣れた手つきで痛む肩の手当をして、清潔な服に着替え、ほうと深い息をつく。少年が耐えるように眉根を寄せるのは、決して傷の痛みのせいではない。隣り合う主と剣の私室を仕切る壁は薄い。耳を澄ませば、苦痛と戦うアーシュラの苦しい息遣いが聞こえてくるのだ。
 彼女は、従者のはずのエリンに、自分が伏せって、苦しんでいるところを見せたがらないのだ。どうやら、年上であることもあって、自らを強い主君と位置づけていたいらしい。だから、具合の悪い時は決して部屋に呼んでくれない。
 そうなるとエリンは、仕方なく自分の部屋で息を潜めて、アーシュラを襲う病苦の嵐が去るのを、何日も待つことになる。それは、自分の傷の痛みなどよりも、ずっと辛いものに感じられた。
 アーシュラの身体は数々の悪魔に占領されているようなものだ。一度体調を崩すと、彼女の肉体は彼女自身のものではなくなる。いうことを聞かず、やたらと熱を出させ、理不尽に痛み、血を流す。高熱で何日も目を開けないこともあった。大勢の医者が入れ替わり立ち代わり部屋にやってきて、彼女に辛い治療をする。とてもとても我慢をして、彼女があらゆる苦痛に耐えていることを――アーシュラは悟られまいとしていたのだけれど――エリンはよく知っている。
 彼は恐怖していた。自分がどんなに強くなったって、彼女を蝕む病魔とは戦えないのだ。このまま、彼女が死んでしまったらどうしよう。
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