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六
太陽の少年-5
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広い庭は静かで、彼ら以外の人影を見ることはなかった。そよ風と、時折梢を揺らす鳥の羽ばたき。ここがジュネーヴのアヴァロン城だなんて、とても思えないような、のどかな風景だ。
エリンはそこで、主人が初めて個人的に招いた、しかも異性の客人と過ごす姿を、ただ黙って見守っていた。
アーシュラには友人といえる存在はほとんどいないと思う。城で開かれる夜会にやって来る貴族から挨拶を受けることはあるが、あまり長く話をしているようなことは無いし、あんなふうに嬉しそうに笑ったりしない。彼女と親しくするのは、家族の他は使用人か教師、お付きの医師、それと、自分だけだ。
「…………」
居心地の良い木の上に身を隠して、エリンは、主人の隣でヘラヘラと笑うゲオルグの姿を、納得のいかないような心持ちで見つめていた。
あれは、特に変わった人間にも、優れた人間にも見えない。
彼女があの少年に会いたいと言えば、自分はそれを叶えるよう力を尽くすのみである。そんなことはもちろん分かっているのだけれど――――なんだろう、これは。分からない。
(……分からないとは?)
その感情を、エリンは知らない。
「――ああ、そうだ」
曲が途切れたところで、ゲオルグはハッとした様子で時計を取り出す。
「殿下、時間とかって、大丈夫ですか? すみません、つい夢中になっちゃって」
アーシュラは首をかしげる。
「時間?」
「はい……お忙しいでしょう?」
「全然」
「えっ?」
「わたくし、忙しいなんてことは無いのよ。今日はお勉強の予定も無いから、そうね、することといえば、お茶と、お散歩くらいかしら」
「……そういうものなんですか」
「そういうものよ」
目を丸くするゲオルグに、アーシュラは悪戯っぽく笑う。
「皇女殿下ともなれば、こう……分刻みのスケジュールがびっしり、みたいなイメージでした」
少年は心底意外そうに言った。
「ふふふふ、それ、何か、別のお仕事と勘違いしているのではなくて?」
「そうですかねぇ……」
首をひねるゲオルグに、皇女は嬉しそうな顔で続ける。
「ねぇ、ミラノの人はみんなあなたみたいなの?」
「は?」
「だから、その、全然畏まらない話し方とか」
「えっ、わ、す、すみません……」
「ふふふふ、良いのよ。こういうの、前から憧れだったの。畏まらずに話して、って、お願いしても、みんなぎこちなくって、うまくやってくれないのだもの。だって、ドラマに出てくるお友達同士のようでしょう?」
「はぁ……そういうものですか」
「そういうものなの」
アーシュラはやはり、上機嫌だった。
「僕は……まぁ、自分ではこれで普通だと思ってるんですけど。でも、今日ここに来るのとか、家族はみんなビックリ仰天していましたね」
「家族って? お父様と、お母様?」
「はい。あと、祖父と、祖母と、曽祖父に曾祖母……それから、叔母と……怖い姉が二人ほど居ます」
「……大家族ね!」
指を折って家族を数えるゲオルグに、今度はアーシュラが目をくるくるさせて驚いた。
「そうなんです。長生きの家系で。爺さんも婆さんも、僕より元気なくらいで、これがなかなか死にません」
「まぁ、ふふふふ、素敵ね、会ってみたいわ」
「殿下がミラノに来たら、きっとお祭り騒ぎになりますね」
「うーん……騒ぎは嫌だわ、ゆっくり見て回れないでしょ」
「だったら、殿下が殿下だってことを、内緒にして来ればいいんですよ。街の連中は気持ちのいい人ばっかりだから、きっと、気に入ります」
「それは……それはとっても素敵なアイデアだわ! 冴えてるわね」
「でしょう」
ゲオルグの口から語られる、商都ミラノの賑やかさや、人々の陽気さは、城の中の世界とも、時折顔を合わせる貴族たちの世界とも、全く異なったもののように思え、アーシュラにとっては本当に夢の世界のように思われるものだった。
エリンはそこで、主人が初めて個人的に招いた、しかも異性の客人と過ごす姿を、ただ黙って見守っていた。
アーシュラには友人といえる存在はほとんどいないと思う。城で開かれる夜会にやって来る貴族から挨拶を受けることはあるが、あまり長く話をしているようなことは無いし、あんなふうに嬉しそうに笑ったりしない。彼女と親しくするのは、家族の他は使用人か教師、お付きの医師、それと、自分だけだ。
「…………」
居心地の良い木の上に身を隠して、エリンは、主人の隣でヘラヘラと笑うゲオルグの姿を、納得のいかないような心持ちで見つめていた。
あれは、特に変わった人間にも、優れた人間にも見えない。
彼女があの少年に会いたいと言えば、自分はそれを叶えるよう力を尽くすのみである。そんなことはもちろん分かっているのだけれど――――なんだろう、これは。分からない。
(……分からないとは?)
その感情を、エリンは知らない。
「――ああ、そうだ」
曲が途切れたところで、ゲオルグはハッとした様子で時計を取り出す。
「殿下、時間とかって、大丈夫ですか? すみません、つい夢中になっちゃって」
アーシュラは首をかしげる。
「時間?」
「はい……お忙しいでしょう?」
「全然」
「えっ?」
「わたくし、忙しいなんてことは無いのよ。今日はお勉強の予定も無いから、そうね、することといえば、お茶と、お散歩くらいかしら」
「……そういうものなんですか」
「そういうものよ」
目を丸くするゲオルグに、アーシュラは悪戯っぽく笑う。
「皇女殿下ともなれば、こう……分刻みのスケジュールがびっしり、みたいなイメージでした」
少年は心底意外そうに言った。
「ふふふふ、それ、何か、別のお仕事と勘違いしているのではなくて?」
「そうですかねぇ……」
首をひねるゲオルグに、皇女は嬉しそうな顔で続ける。
「ねぇ、ミラノの人はみんなあなたみたいなの?」
「は?」
「だから、その、全然畏まらない話し方とか」
「えっ、わ、す、すみません……」
「ふふふふ、良いのよ。こういうの、前から憧れだったの。畏まらずに話して、って、お願いしても、みんなぎこちなくって、うまくやってくれないのだもの。だって、ドラマに出てくるお友達同士のようでしょう?」
「はぁ……そういうものですか」
「そういうものなの」
アーシュラはやはり、上機嫌だった。
「僕は……まぁ、自分ではこれで普通だと思ってるんですけど。でも、今日ここに来るのとか、家族はみんなビックリ仰天していましたね」
「家族って? お父様と、お母様?」
「はい。あと、祖父と、祖母と、曽祖父に曾祖母……それから、叔母と……怖い姉が二人ほど居ます」
「……大家族ね!」
指を折って家族を数えるゲオルグに、今度はアーシュラが目をくるくるさせて驚いた。
「そうなんです。長生きの家系で。爺さんも婆さんも、僕より元気なくらいで、これがなかなか死にません」
「まぁ、ふふふふ、素敵ね、会ってみたいわ」
「殿下がミラノに来たら、きっとお祭り騒ぎになりますね」
「うーん……騒ぎは嫌だわ、ゆっくり見て回れないでしょ」
「だったら、殿下が殿下だってことを、内緒にして来ればいいんですよ。街の連中は気持ちのいい人ばっかりだから、きっと、気に入ります」
「それは……それはとっても素敵なアイデアだわ! 冴えてるわね」
「でしょう」
ゲオルグの口から語られる、商都ミラノの賑やかさや、人々の陽気さは、城の中の世界とも、時折顔を合わせる貴族たちの世界とも、全く異なったもののように思え、アーシュラにとっては本当に夢の世界のように思われるものだった。
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