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十二
奇跡-6
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華やいだ気配が、音楽とともにバルコニーへと流れてくる。はしゃぐとすぐに疲れきってしまうアーシュラは、こんな風に静かにパーティの気配を楽しむのが好きだった。
軽い椅子を持ちだして腰を掛け、片方しか見えない目で、明るい夜を見ている――と、広い死角に人の気配を感じ、ふわりと微笑む。先程から姿の見えない従者が戻ってきたのだと思ったようだ。
「広間の様子はどうだった?」
鈴のような声が、優雅な室内楽にのって響いた。
「……慣れないので、どうしようかと思いましたよ」
ようやく声を聞けた感動を押し殺し、冗談めかして少年は言った。
「えっ……」
声を聞いて初めて、そこに立っているのがエリンでないと理解したらしいアーシュラは、驚きに言葉を詰まらせて立ち上がった。豪華なドレスの裾が引っかかり、椅子が倒れる。
「こんばんは、殿下」
「ど……して、ここ、今日、ゲオルグ……」
大きな目を見開いて、何だか支離滅裂なアーシュラに、ゲオルグは思わずクスクスと笑う。エリンにああ言われたとはいえ、不意打ちで訪問して、しかも私室のバルコニーだなんて、さすがに怒られるんじゃないかとドキドキしていたのに……そんなのが何となく、馬鹿らしく思えてしまった。
アーシュラが、外から見ても分かるほど、嬉しそうな顔をしてくれたからだ。
「会いたかったから」
微笑みを引っ込めて、少し真面目な顔で、けれど迷いなく。
「忍び込んでしまいました」
そして、改めてニコリと笑う。アーシュラは、夢をみるような表情でその台詞を聞いて、そのまま黙りこんでしまった。
いつもはか細い身体に似合わない大胆な冒険家なのに、今夜は気弱な子猫のように小さくなって俯く。けれど、もうゲオルグから見れば、彼女のどんな所作も、表情も、奇跡のように美しく、可愛らしく思えるのだ。
そして、ずっと雲の上の存在だったこの人に、今夜はこんなに近い。
「具合が悪いって聞いていたから、心配で。大丈夫ですか?」
「……大丈夫よ」
「うん。そう見えます……良かった」
「そのっ……ゲオルグ、あのね……わたくし、元気になったらすぐ、連絡をしようと思っていたのよ? ほら、寝込んでるなんて報告したって、つまらないでしょう?」
手を伸ばせば、呆気無く触れてしまえそうな距離で、アーシュラは何だか慌てている。照れているのだと、普段のゲオルグであればすぐに気がついたはずだけれど、舞い上がっているせいで今夜はそこまで気が回らない。
「そんなことはない!」
だからそう、真面目な顔で言った。抗議するような色を帯びた声に、アーシュラは驚いて顔を上げる。
「つまらなくはないです……殿下のことなんだから」
「え……」
「せめて、連絡くらい」
「…………」
ふと、言葉が途切れた。いつの間にか広間の音楽も止んで、二人の間に、沈み込むような沈黙が訪れる。お互いの気持ちを伺うように、控えめに見つめ合う二人を、月の光が照らしていた。
「……もう、暗闇も、静寂も、死すらも、怖くはないと思っていたのに」
やがて、独り言のように、アーシュラが言う。
「あなたに会うとだめね、ゲオルグ」
そして、はにかむように微笑んだ。
「あなたの顔が見たい。声が聞きたいの。生きていたいと思ってしまう」
紫水晶の瞳が潤んで、光る水面のように月光がたゆたう。そして、少女はもう迷わなかった。
「あなたが好きよ」
世界が震え、愛の言葉が届く。
夢にも思っていなかった告白だったのに、聞いてしまうと、ゲオルグは驚かなかった。なぜなら、自分と彼女にとって、それはとても、とても自然なことのように思われたから。
そうだ。――そうなのだ。
「……やっぱり、運命はあるんだね、殿下」
これで正しいのだ。僕たちは。
手を伸ばして、細い指を掴む。
そっと握ると、少女の指先は、戸惑うようにギクリと強ばった。いつもはあんなに堂々として偉そうなお姫様なのに、これはなんとも、初心すぎる反応だ。ゲオルグは可笑しそうに笑う。
それを見たアーシュラが何か、おそらく抗議めいた台詞を口にしようとしたのを遮るように、掴んだ手を引き、傾いた軽い身体を思いきり抱きしめた。
「僕も好きです、大好きです。アーシュラ」
「……!」
想いが通じる、奇跡の音が聴こえた気がした。
腕の中で、薄い肩が上下して、彼女が呼吸をしている。たったそれだけのことに、気が遠くなるくらい幸せを感じた。
彼女ほど世間知らずではないと自負するゲオルグだけれど、こんな風に異性を好きになったのは初めてだった。
「……僕はきっと、君に出会うために生まれてきたんだ」
柔らかい髪の甘い匂いに、頭の芯が痺れるような。
優しい夜風が、再び広間に流れ始めた音楽を、二人の元へと運んでいた。
軽い椅子を持ちだして腰を掛け、片方しか見えない目で、明るい夜を見ている――と、広い死角に人の気配を感じ、ふわりと微笑む。先程から姿の見えない従者が戻ってきたのだと思ったようだ。
「広間の様子はどうだった?」
鈴のような声が、優雅な室内楽にのって響いた。
「……慣れないので、どうしようかと思いましたよ」
ようやく声を聞けた感動を押し殺し、冗談めかして少年は言った。
「えっ……」
声を聞いて初めて、そこに立っているのがエリンでないと理解したらしいアーシュラは、驚きに言葉を詰まらせて立ち上がった。豪華なドレスの裾が引っかかり、椅子が倒れる。
「こんばんは、殿下」
「ど……して、ここ、今日、ゲオルグ……」
大きな目を見開いて、何だか支離滅裂なアーシュラに、ゲオルグは思わずクスクスと笑う。エリンにああ言われたとはいえ、不意打ちで訪問して、しかも私室のバルコニーだなんて、さすがに怒られるんじゃないかとドキドキしていたのに……そんなのが何となく、馬鹿らしく思えてしまった。
アーシュラが、外から見ても分かるほど、嬉しそうな顔をしてくれたからだ。
「会いたかったから」
微笑みを引っ込めて、少し真面目な顔で、けれど迷いなく。
「忍び込んでしまいました」
そして、改めてニコリと笑う。アーシュラは、夢をみるような表情でその台詞を聞いて、そのまま黙りこんでしまった。
いつもはか細い身体に似合わない大胆な冒険家なのに、今夜は気弱な子猫のように小さくなって俯く。けれど、もうゲオルグから見れば、彼女のどんな所作も、表情も、奇跡のように美しく、可愛らしく思えるのだ。
そして、ずっと雲の上の存在だったこの人に、今夜はこんなに近い。
「具合が悪いって聞いていたから、心配で。大丈夫ですか?」
「……大丈夫よ」
「うん。そう見えます……良かった」
「そのっ……ゲオルグ、あのね……わたくし、元気になったらすぐ、連絡をしようと思っていたのよ? ほら、寝込んでるなんて報告したって、つまらないでしょう?」
手を伸ばせば、呆気無く触れてしまえそうな距離で、アーシュラは何だか慌てている。照れているのだと、普段のゲオルグであればすぐに気がついたはずだけれど、舞い上がっているせいで今夜はそこまで気が回らない。
「そんなことはない!」
だからそう、真面目な顔で言った。抗議するような色を帯びた声に、アーシュラは驚いて顔を上げる。
「つまらなくはないです……殿下のことなんだから」
「え……」
「せめて、連絡くらい」
「…………」
ふと、言葉が途切れた。いつの間にか広間の音楽も止んで、二人の間に、沈み込むような沈黙が訪れる。お互いの気持ちを伺うように、控えめに見つめ合う二人を、月の光が照らしていた。
「……もう、暗闇も、静寂も、死すらも、怖くはないと思っていたのに」
やがて、独り言のように、アーシュラが言う。
「あなたに会うとだめね、ゲオルグ」
そして、はにかむように微笑んだ。
「あなたの顔が見たい。声が聞きたいの。生きていたいと思ってしまう」
紫水晶の瞳が潤んで、光る水面のように月光がたゆたう。そして、少女はもう迷わなかった。
「あなたが好きよ」
世界が震え、愛の言葉が届く。
夢にも思っていなかった告白だったのに、聞いてしまうと、ゲオルグは驚かなかった。なぜなら、自分と彼女にとって、それはとても、とても自然なことのように思われたから。
そうだ。――そうなのだ。
「……やっぱり、運命はあるんだね、殿下」
これで正しいのだ。僕たちは。
手を伸ばして、細い指を掴む。
そっと握ると、少女の指先は、戸惑うようにギクリと強ばった。いつもはあんなに堂々として偉そうなお姫様なのに、これはなんとも、初心すぎる反応だ。ゲオルグは可笑しそうに笑う。
それを見たアーシュラが何か、おそらく抗議めいた台詞を口にしようとしたのを遮るように、掴んだ手を引き、傾いた軽い身体を思いきり抱きしめた。
「僕も好きです、大好きです。アーシュラ」
「……!」
想いが通じる、奇跡の音が聴こえた気がした。
腕の中で、薄い肩が上下して、彼女が呼吸をしている。たったそれだけのことに、気が遠くなるくらい幸せを感じた。
彼女ほど世間知らずではないと自負するゲオルグだけれど、こんな風に異性を好きになったのは初めてだった。
「……僕はきっと、君に出会うために生まれてきたんだ」
柔らかい髪の甘い匂いに、頭の芯が痺れるような。
優しい夜風が、再び広間に流れ始めた音楽を、二人の元へと運んでいた。
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