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十二
奇跡-5
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そして、アヴァロン城で久しぶりとなる、皇女主催の夜会が開催された。帝室としては、皇太孫の健在ぶりを広く知らしめるための会であり、アーシュラ個人としては、ハミルトン公爵となった弟ベネディクトを招き、和解の糸口を探りたい心もあっての会であったのだが――ベネディクトは、姉の招待に応じなかった。
それは結果的に、集まった貴族たちに対し、彼ら姉弟の不仲の噂を流すことになってしまったのだけれど――アーシュラはそれについては意に介さない様子で、ただ、弟が来てくれなかったことだけを嘆いた。
大広間で招待客にひと通りの挨拶をすませ、皆がそれぞれ会話やワルツに興じ始めた頃、アーシュラは広間を退席する。本当の理由は彼女の休息のためであるのだが、来客は皆、皇女の眼鏡に適うダンスの相手が居ないせいなのだと理解していた。
皇女も十八歳。いつ縁談が決まってもおかしくない年頃だ。
彼女の心を射止めることが出来た者は、間違いなく、ここ暫くのエウロ貴族界最高の成功者となるだろう。身体の弱い皇女が帝位についた後は、間違いなくその夫が摂政として補佐を担うことになるだろう。言葉にはしないものの、皆そう思っていた。
やがて、広間はすっかり和やかな雰囲気になり、はじめは格式張ったクラシックがメインだったダンスの選曲に、最近サロンで人気のある流行曲などが選ばれ始める。
「えー……っと……」
着慣れない夜会服に身を包んだゲオルグは、情けない顔で人気の無い回廊をウロウロと歩き回っていた。リゼットの手引きで招待客に紛れ込んだはいいけれど、何かと手間取ってしまい、こんな時間になってしまったのだ。
「殿下、どこにいるんだろう……」
広間のどこを探してもアーシュラの姿が見えないので、仕方なく廊下に出てきていた。当然ながら、客に知り合いはひとりも居ないし、こういう所に来て、どんな風にしていれば良いのかなんて分からない。せめて、リゼットに会えればどうにかなるような気がするけれど、彼女すら見当たらなかった。
「もう少し段取りを聞いておけばよかったかなぁ……」
今更後悔しても遅い。こんなに苦労して、リゼットに無理をさせてまで夜会に潜り込んだのに、このままでは、アーシュラにひと目も会えずにパーティがお開きになってしまうかもしれない。
「殿下、体調を崩して欠席とか、そういうんじゃなければ、良いんだけど……」
会えないならば、せめて自分が貴族でないとバレて、リゼットに迷惑をかけるようなことだけは避けなければいけない。ここは、それらしくしてやり過ごさなければ、と、決意を別の方向に固めようとした時のことだった。
「……カルサス様」
どこから聞こえたのかは分からなかったが、声の主はわかる。エリンだ。
「エリン!?」
ゲオルグが名を呼んだのと、エリンがどこからともなく廊下に降り立ったのとは、だいたい同時だった。
「探しました。何故こんな所をうろついておられるのです」
どことなく責めるような色を含んだ台詞に、ゲオルグはきょとんとして返す。
「探してたって、僕を?」
「……クヴェンから、お越しになると聞きました」
クヴェンというのは、リゼットが言っていた、彼女の父親のことか、と、納得しながら、なるほど、と返事をしようとして気付く。
「じゃ、じゃあ、殿下も僕が来るって――」
「お伝えしていません」
無表情で返されて、ゲオルグは大げさに残念そうな声をあげ、うなだれた。エリンはその様子を冷たく見下ろしていたが、ふいに、きつい眼差しのまま言った。
「会いたいですか? アーシュラに」
「……当たり前だろ、そうでなきゃこんな無茶はしないよ」
ゲオルグはムッとして、突っぱねるように言う。
リゼットの助力を受けたとはいえ、今日はアーシュラに招かれて来たのではなくて、自分で彼女に会いに来たのだ。ここまできてエリンに頼るのは、癪なような気がしていた。
そんなゲオルグの気持ちを知ってか知らずか、エリンは少しの間黙りこんだが、やがて踵を反して歩き始める。
「こちらへ」
「ちょっ……」
ついて来いと言っているのはわかる。けれど、
「べ、別に、君に何も頼んでなんか……!」
「頼まれた覚えはありません」
エリンは、忌ま忌ましそうにゲオルグを見る。
例えるならば、まるで不機嫌が服を着て歩いているかのよう。何だか最近は、明らかに嫌われているような気がするなと、思うとなしに思う。けれど、エリンの言葉は意外なものだった。
「……会うべきだから。あなたは」
「え……?」
「だから……お願いします、カルサス様」
エリンは、ゲオルグに背を向けたまま、感情の見えづらい声で呟いた。
それは結果的に、集まった貴族たちに対し、彼ら姉弟の不仲の噂を流すことになってしまったのだけれど――アーシュラはそれについては意に介さない様子で、ただ、弟が来てくれなかったことだけを嘆いた。
大広間で招待客にひと通りの挨拶をすませ、皆がそれぞれ会話やワルツに興じ始めた頃、アーシュラは広間を退席する。本当の理由は彼女の休息のためであるのだが、来客は皆、皇女の眼鏡に適うダンスの相手が居ないせいなのだと理解していた。
皇女も十八歳。いつ縁談が決まってもおかしくない年頃だ。
彼女の心を射止めることが出来た者は、間違いなく、ここ暫くのエウロ貴族界最高の成功者となるだろう。身体の弱い皇女が帝位についた後は、間違いなくその夫が摂政として補佐を担うことになるだろう。言葉にはしないものの、皆そう思っていた。
やがて、広間はすっかり和やかな雰囲気になり、はじめは格式張ったクラシックがメインだったダンスの選曲に、最近サロンで人気のある流行曲などが選ばれ始める。
「えー……っと……」
着慣れない夜会服に身を包んだゲオルグは、情けない顔で人気の無い回廊をウロウロと歩き回っていた。リゼットの手引きで招待客に紛れ込んだはいいけれど、何かと手間取ってしまい、こんな時間になってしまったのだ。
「殿下、どこにいるんだろう……」
広間のどこを探してもアーシュラの姿が見えないので、仕方なく廊下に出てきていた。当然ながら、客に知り合いはひとりも居ないし、こういう所に来て、どんな風にしていれば良いのかなんて分からない。せめて、リゼットに会えればどうにかなるような気がするけれど、彼女すら見当たらなかった。
「もう少し段取りを聞いておけばよかったかなぁ……」
今更後悔しても遅い。こんなに苦労して、リゼットに無理をさせてまで夜会に潜り込んだのに、このままでは、アーシュラにひと目も会えずにパーティがお開きになってしまうかもしれない。
「殿下、体調を崩して欠席とか、そういうんじゃなければ、良いんだけど……」
会えないならば、せめて自分が貴族でないとバレて、リゼットに迷惑をかけるようなことだけは避けなければいけない。ここは、それらしくしてやり過ごさなければ、と、決意を別の方向に固めようとした時のことだった。
「……カルサス様」
どこから聞こえたのかは分からなかったが、声の主はわかる。エリンだ。
「エリン!?」
ゲオルグが名を呼んだのと、エリンがどこからともなく廊下に降り立ったのとは、だいたい同時だった。
「探しました。何故こんな所をうろついておられるのです」
どことなく責めるような色を含んだ台詞に、ゲオルグはきょとんとして返す。
「探してたって、僕を?」
「……クヴェンから、お越しになると聞きました」
クヴェンというのは、リゼットが言っていた、彼女の父親のことか、と、納得しながら、なるほど、と返事をしようとして気付く。
「じゃ、じゃあ、殿下も僕が来るって――」
「お伝えしていません」
無表情で返されて、ゲオルグは大げさに残念そうな声をあげ、うなだれた。エリンはその様子を冷たく見下ろしていたが、ふいに、きつい眼差しのまま言った。
「会いたいですか? アーシュラに」
「……当たり前だろ、そうでなきゃこんな無茶はしないよ」
ゲオルグはムッとして、突っぱねるように言う。
リゼットの助力を受けたとはいえ、今日はアーシュラに招かれて来たのではなくて、自分で彼女に会いに来たのだ。ここまできてエリンに頼るのは、癪なような気がしていた。
そんなゲオルグの気持ちを知ってか知らずか、エリンは少しの間黙りこんだが、やがて踵を反して歩き始める。
「こちらへ」
「ちょっ……」
ついて来いと言っているのはわかる。けれど、
「べ、別に、君に何も頼んでなんか……!」
「頼まれた覚えはありません」
エリンは、忌ま忌ましそうにゲオルグを見る。
例えるならば、まるで不機嫌が服を着て歩いているかのよう。何だか最近は、明らかに嫌われているような気がするなと、思うとなしに思う。けれど、エリンの言葉は意外なものだった。
「……会うべきだから。あなたは」
「え……?」
「だから……お願いします、カルサス様」
エリンは、ゲオルグに背を向けたまま、感情の見えづらい声で呟いた。
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