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十二
奇跡-4
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日没の遅い夏は、夜になっても外は淡い藍色に包まれている。
アーシュラは、ぼんやりと寝台に横たわったまま、子供っぽい寓話の本をエリンに読ませていた。淡々とした低い声が、静かに物語を幸せな結末へと導いていく。目を閉じてその声に耳を傾けていた皇女が、ふいに瞼を上げたのを、エリンは見過ごさず、気を取られたせいで言葉が途切れた。
「……夏の夜は、青くて綺麗ね」
皇女は続きを急かさず、ぼんやりと窓の外の群青を眺めて言う。エリンはハッとした様子で本を置いた。
「殿下、目が……?」
「だいぶ良くなったみたい。本は読めないけど、空の色くらいならわかる」
ひどく体調を崩した時、時折アーシュラの残された左目は、いつかのように暗闇を得る。けれど、彼女はもうそのことに恐怖するような素振りは見せなかった。
「近くに来て、顔が見たいわ」
「良かった……」
「ずっとこんな、心配そうな顔をしていたの?」
光るような白い指が、エリンの頬を確かめるようになぞる。
「当たり前です」
「不思議ね、わたくしは、全然怖くないのよ。こんな美しい夜を、もう見られなくなるかもしれないというのに」
「アーシュラ……」
「だけど、無事生き延びられたみたいだから……あとまだもう少し、生きていたいわね」
悪戯を成功させた子供のように、少女は笑う。
エリンは、苦しげに目を細めて、伸ばされていた指を握った。
「……あなたは大丈夫です。決して死なないし、目だって……」
それは彼の望みだ。彼女が居なくなった時、他の誰よりも孤独になるのはエリンだから。だけど、彼の主は決して気休めを口にしない。その代わり、彼女はうっとりと太陽の名残の青を見つめて、口を開く。
「わたくしね、夢があるのよ。とても、大きな夢」
おとぎ話の台詞のように、甘やかな声にはまるで現実味が無い。
「好きな人と結ばれて、世界一幸せな花嫁になるわ。それから、子供を産みます。男の子でも、女の子でも構わないから、沢山欲しいわね。家族を作るのよ。ふふ、」
「アーシュラ……」
「わたくしの子は、お前の子も同じだから、忙しくなるわよ?」
「苦労が増えそうだ」
「楽しいわね」
「……あなたらしくない」
優しい口調で、エリンは言った。
「そのような言いようでは、まるで、叶わない夢のようだ」
「だって、奇跡が起きなくては、叶わなくてよ」
「奇跡とは?」
「好きな人が、わたくしを好きになってくれるっていう、奇跡のことよ」
声はか細く頼りなく、確かに彼女らしくない。
「愛される自信がおありでない?」
「ないわよ! そんなの」
情けない声を上げるアーシュラに、エリンは珍しくニコリと笑った。
「大丈夫です。あなたの願いは叶います。私が、叶えます」
「エリン、お前……」
アーシュラは目の前の笑顔に微笑みを返さず、どこか戸惑うような表情で、エリンのサラサラした金糸のような髪を撫でる。
「泣いているみたいに笑うのね、お前は」
子供の頃からいつだって、従者の何もかもをお見通しだった彼女が、この時、エリンの心の内を知っていたのかどうかはわからない。
「……昔からこうですよ」
そう言ってはぐらかしたエリンに、アーシュラはそうだったかしらと応じて、それから、ゆっくりと目を閉じた。
アーシュラは、ぼんやりと寝台に横たわったまま、子供っぽい寓話の本をエリンに読ませていた。淡々とした低い声が、静かに物語を幸せな結末へと導いていく。目を閉じてその声に耳を傾けていた皇女が、ふいに瞼を上げたのを、エリンは見過ごさず、気を取られたせいで言葉が途切れた。
「……夏の夜は、青くて綺麗ね」
皇女は続きを急かさず、ぼんやりと窓の外の群青を眺めて言う。エリンはハッとした様子で本を置いた。
「殿下、目が……?」
「だいぶ良くなったみたい。本は読めないけど、空の色くらいならわかる」
ひどく体調を崩した時、時折アーシュラの残された左目は、いつかのように暗闇を得る。けれど、彼女はもうそのことに恐怖するような素振りは見せなかった。
「近くに来て、顔が見たいわ」
「良かった……」
「ずっとこんな、心配そうな顔をしていたの?」
光るような白い指が、エリンの頬を確かめるようになぞる。
「当たり前です」
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「アーシュラ……」
「だけど、無事生き延びられたみたいだから……あとまだもう少し、生きていたいわね」
悪戯を成功させた子供のように、少女は笑う。
エリンは、苦しげに目を細めて、伸ばされていた指を握った。
「……あなたは大丈夫です。決して死なないし、目だって……」
それは彼の望みだ。彼女が居なくなった時、他の誰よりも孤独になるのはエリンだから。だけど、彼の主は決して気休めを口にしない。その代わり、彼女はうっとりと太陽の名残の青を見つめて、口を開く。
「わたくしね、夢があるのよ。とても、大きな夢」
おとぎ話の台詞のように、甘やかな声にはまるで現実味が無い。
「好きな人と結ばれて、世界一幸せな花嫁になるわ。それから、子供を産みます。男の子でも、女の子でも構わないから、沢山欲しいわね。家族を作るのよ。ふふ、」
「アーシュラ……」
「わたくしの子は、お前の子も同じだから、忙しくなるわよ?」
「苦労が増えそうだ」
「楽しいわね」
「……あなたらしくない」
優しい口調で、エリンは言った。
「そのような言いようでは、まるで、叶わない夢のようだ」
「だって、奇跡が起きなくては、叶わなくてよ」
「奇跡とは?」
「好きな人が、わたくしを好きになってくれるっていう、奇跡のことよ」
声はか細く頼りなく、確かに彼女らしくない。
「愛される自信がおありでない?」
「ないわよ! そんなの」
情けない声を上げるアーシュラに、エリンは珍しくニコリと笑った。
「大丈夫です。あなたの願いは叶います。私が、叶えます」
「エリン、お前……」
アーシュラは目の前の笑顔に微笑みを返さず、どこか戸惑うような表情で、エリンのサラサラした金糸のような髪を撫でる。
「泣いているみたいに笑うのね、お前は」
子供の頃からいつだって、従者の何もかもをお見通しだった彼女が、この時、エリンの心の内を知っていたのかどうかはわからない。
「……昔からこうですよ」
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