紫灰の日時計

二月ほづみ

文字の大きさ
70 / 126
十二

奇跡-3

しおりを挟む
 とはいえ、夜会などと言われても、ゲオルグはマナーも知らないし、ダンスだってやったことがないし、社交界向きの衣装だって持っていない。形だけ紛れ込めればそれでいいとはいえ、浮きすぎるとアーシュラに会うことが叶わないかもしれない。心配したリゼットが助ける形で、二人はそのままジュネーヴの街に買い物に出かけることにした。
「うわ、燕尾服ってこんなにするんだねぇ」
 ほとんど貴族専門の、ドレスや燕尾服を専門に扱う仕立屋に入って、既成品の値札を覗き込んでゲオルグが言った。
「既製服ならば時間もかからず、安価だと思ったのですが……それ、お高いのですか?」
 街での暮らしを知らないリゼットは、不思議そうに言う。
「んー……まぁ、そりゃ、僕のお小遣いでポンと買えるものじゃないよね。でも、あー、生地は、こっちのほうがいいかな……って、うっわぁ、やっぱり高い」
「買うのはやめておきますか?」
「ううん、まあ、どうにかするよ。このくらいは」
 彼女に会えるなら、と、ゲオルグは張り切っていた。そして、商人の子らしく妙に細かい所を気にして服を選ぶ。
「まあ、いらっしゃいませ、かわいいカップルね、お嬢様、ドレスはいかが?」
「えっ?」
 ゲオルグの横顔をじっと見つめているところを、背後から近寄ってきた店員に声をかけられ、リゼットは飛び上がるほど驚いてしまう。
「わ、わた、私は、付き添いですのでっ……今日は、こちらが、夜会用の衣装を購入される予定で……っ」
「あら……」
 店員はきょとんとして、けれどすぐにニッコリと微笑む。
「じゃあ、合わせるだけでも。彼、真剣みたいだから、待っている間退屈でしょう? 夏用の素敵なサンプルが沢山届いているから、ぜひ着てみてくださいな」
「え……」
 女が指さした先にズラリとかけられた、色とりどりの美しいイブニングドレスに、少女の心は容易く動いた。

 その後、品定めに夢中だったゲオルグが、注文する夜会服を決め、色々とサイズを測って注文をし終え、さっきリゼットがいた(と思う)所へ戻っても、彼女の姿は無かった。キョロキョロしていると、先刻の女の店員が無言でニコニコと手を降っている。どうやら、彼女はこちらだと合図しているらしい。
「リゼット、待たせてごめんねぇ、やっと決まった――」
「ひえっ!」
「え?」
 素っ頓狂な叫びが聞こえたと思ったら、衝立の向こうに、エメラルドグリーンのドレスを纏ったリゼットが立っていた。
「えっ、あ、そ、そのっ! これはっ! ちが……!」
 真っ赤になって何か言い訳をしようとしているが、この少女はこういうサプライズに弱い。まともな台詞にまとまらない。
「へぇ、似合うね」
 ゲオルグはあっさり褒める。彼は口が上手いけれど、別にお世辞を言っているつもりはないのだ。
 リゼットはまだ幼いが、スラリと背が高いし、立ち居振る舞いはさすがに帝室仕込みだけあって、見事に淑女然としている。明るい色のドレスは彼女の髪と目の色にも良く映えた。
「とっても素敵でしょう、彼女。ドレス、着たことがないなんて言ってたけれど、全然上手に着こなして、これならいつでもデビュー出来るわね」
「うん。本当にそうだね、とっても素敵だよ」
「な、な、な、何を、仰るのですか……」
「褒めているんだけど」
「褒めなくて結構ですっ!」
 長い腕を振り回して、こっちを見るなと言いたいらしい。よっぽど褒められ慣れていないのか、大げさな素振りで必死に否定する。その様子があまりおかしいので、ゲオルグは笑いを堪えながら言った。
「どうしてさ、ほら、そこでクルッと回って見せてよ」
「いっ、嫌です!」
「あははは、照れなくてもいいじゃない」
「馬鹿を仰らないでくださいまし、照れてませんッ!」
 からかわれているとでも思ったのだろうか、リゼットは終始目を白黒させて抗議していたけれど、彼女が本当に気を悪くしているわけでないことは、その表情を見ていれば分かる。
 やがて、店員がなだめながらドレスの説明を始めると、しおらしくなって話に耳を傾け、美しい衣装に身を包んだ自分の姿をチラチラと鏡で見て……嬉しいような、恥ずかしいような複雑な表情で、自分と、それから、想いを伝えるつもりのない片想いの相手を見るのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

辺境伯夫人は領地を紡ぐ

やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。 しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。 物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。 戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。 これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。 全50話の予定です ※表紙はイメージです ※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)

【完結】あなたを忘れたい

やまぐちこはる
恋愛
子爵令嬢ナミリアは愛し合う婚約者ディルーストと結婚する日を待ち侘びていた。 そんな時、不幸が訪れる。 ■□■ 【毎日更新】毎日8時と18時更新です。 【完結保証】最終話まで書き終えています。 最後までお付き合い頂けたらうれしいです(_ _)

処理中です...