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十三
蜜月-2
しおりを挟む「ねぇ、ゲオルグは?」
「……おはようございます」
「ねぇったら」
せっかく起こさないように気をつけて部屋を出たのに、ゲオルグを送り出して部屋に戻ってみると、アーシュラはすっかり目を覚ましていた。寒々しい格好のまま寝台の上に座って、いかにも物足りない顔だ。
「着替えてください。お風邪を召します」
「ゲオルグをどこに隠したの?」
あくまで話題を変えるつもりはないようだ。エリンは呆れた様子でため息をついて、不機嫌そうな調子を隠さず言った。
「……お帰りになりました」
「もう!?」
人の気も知らず不満な声を上げる主を無視して、エリンは冷たい肩に服を着せる。アーシュラは大人しく袖を通しながらも、恋人がもう居ないことを受け入れたくないらしく、寂しそうにうなだれて呟いた。
「帰っちゃったのね……せめて、起こしてくれればよかったのに」
主の残念そうな顔を見るのは、心の痛むことだった。けれど、それが自身の意地悪に端を発していることに対して、エリンは無自覚だ。
この時間はまだ、起き出している使用人は少ない。ゆっくり朝食を振る舞ってから帰すわけにはいかないにしても、多少、融通をきかせて、二人の時間を作ってやることくらい、本当はできたはずだ。
けれど、そこまで譲歩してやることは出来なかった。冗談じゃない。
そんなエリンの気持ちを理解していたかどうかは不明だったけれど、アーシュラだって、不用意なスキャンダルがご法度なことは分かっていることだ。ゴソゴソと布団に潜り込むと、熱のせいではない潤んだ目で、朝日を受けてキラキラ光るシャンデリアの飾りを見つめる。
「また、会いに来てくれるかしら?」
「何故そのようなことを心配なさる」
「自信がないのだもの」
気弱な言葉はおよそ彼女らしくないものだ。昨晩確かめ合ったはずのお互いの気持ちなのに、そんなに呆気無く疑いたくなってしまうものなのだろうか。
「……馬鹿なことを」
言いながら膝をつき、主人が口にするであろう次の情けない台詞を聞いてやることにした。今更心を痛めてみても、今日はもう、あの少年を連れてきてやることは出来ないのだ。
「だって……きっと、迷惑をかけるわ。いつか、ゲオルグが、わたくしなんて好きにならなければ良かった、って、思う時がくるような気がするの。そんなのは……そんなのは絶対に、嫌なのに……」
覗き込んだ瞳が涙をいっぱいに湛えているのに気付き、切ないような、いたたまれないような気持ちで、こぼれ落ちた雫をそっと拭う。
「アーシュラ……あなたは、分かっていない」
窓から差し込む朝日に、涙に濡れた紫の目がキラキラと輝く。不安げな彼女の瞳は、しかし、幸せに輝いているようにも見えた。
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