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十八
高原の夢-5
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「ねぇ、今日はわたくしも一緒に行っていい?」
長い髪をエリンに預けて朝の身支度をしつつ、アーシュラが言った。
「構いませんが、今日はお休みになったほうが良いのでは?」
昨日の夕方、ゲオルグが一足先にミラノへと帰っていった。皇女と交わした例の約束について、家族に報告するためだ。
「大丈夫よ、今日もとっても気分がいいし」
アーシュラは幸せそうに言う。
二人が結婚を決めたことを聞かされたのは、ゲオルグが帰る前の日のことだ。
主がいつかそれを言い出すだろう、ということは予想していた。彼女が望むなら、エリンに反対する道理は無い。実際、そのことに対して特に感慨めいたものは抱かなかった。
けれど、実際に彼女が彼を伴侶とするためにはまず、アドルフの承認を得なければいけない。
アドルフがそれを認めるだろうか。アーシュラは自信があるようだったけれど、エリンにはとても、心配なことに思えた。
「……カルサス様がお帰りになって、お暇なのですね」
エリンが意地悪を言うと、アーシュラは小さく笑う。
「わたくし、そんなゆとりは無いのよ。アルプスを見に行きたいの。あと、リュシエンヌに会いたいし。彼女、お料理がとても上手で、羨ましいの。教えてもらう約束をしているのよ」
彼女はいつの間にかセルジュだけでなく、その妻リュシエンヌとも大変な仲良しになっていた。
「あなたがそういった方面の才能が無いことは、もうカルサス様にもばれているでしょうに」
「うるさいわね。リュシエンヌに教えてもらえば、きっと見違えるほど上手になるわ。ゲオルグもびっくり仰天なのよ」
彼女たちを一瞬で親友同然の間柄へと結びつけた共通点が、お互い癒えぬ病を養って生きているという事実であったことを、この時のエリンはまだ知らない。
「うわぁ、遠いのに本当に大きいわね」
カスタニエの屋敷へ向かう道を少し遠回りして、見晴らしの良い遊歩道を通る。そこは切り立った断崖の脇を通る道で、小さな足で頼りなく歩くアーシュラの足取りは危なっかしい。
「山など毎日見ておられたではありませんか」
思わず彼女の腕を掴んで、エリンが言う。
「ゲオルグとは毎日お花畑へ行っていたから、この辺りには来なかったんだもの」
「……なるほど」
「何が?」
「山よりも花に興味があるように見られたかったと」
「……悪い?」
「いいえ。確かにあのような山は、アヴァロン城に居ては見られないものですし」
「そうね。それに、もう二度と見られないかもしれないし」
アーシュラは上機嫌のまま、歌うように不吉な言葉を口にする。悪い冗談だと、咎めるように睨むエリンに、少女は彼女らしい強気な笑顔を見せた
「本当に、人間なんて嫌ね、ひ弱で。わたくしは、千年でも、二千年でも、ずうっと未来まで生きて、もっと色々なものを見ていたいのに」
「……二千年も生きるなら、周囲の者はみんな先に死んでしまいますが」
「構わないわよ。わたくしは、あの山のように強く大きく、揺るぎないものになって、ゲオルグも、お前のことだって看取ってあげるわ」
「……無茶を仰らないで下さい」
「ふふふ、希望の話よ。本当のわたくしは、お花畑のナルサスよりもあっけなく死んでしまうの」
「アーシュラ。そういう冗談はやめてください!」
「怒らないでよ、例えばの話じゃない」
「あなたは死にません。私が守るのですから」
「……そうね」
必死になる剣に、アーシュラは少し切なげに息をつく。輝く雪を戴く絶景のアルプスは、二人の居る場所からあまりに遠く見えた。
長い髪をエリンに預けて朝の身支度をしつつ、アーシュラが言った。
「構いませんが、今日はお休みになったほうが良いのでは?」
昨日の夕方、ゲオルグが一足先にミラノへと帰っていった。皇女と交わした例の約束について、家族に報告するためだ。
「大丈夫よ、今日もとっても気分がいいし」
アーシュラは幸せそうに言う。
二人が結婚を決めたことを聞かされたのは、ゲオルグが帰る前の日のことだ。
主がいつかそれを言い出すだろう、ということは予想していた。彼女が望むなら、エリンに反対する道理は無い。実際、そのことに対して特に感慨めいたものは抱かなかった。
けれど、実際に彼女が彼を伴侶とするためにはまず、アドルフの承認を得なければいけない。
アドルフがそれを認めるだろうか。アーシュラは自信があるようだったけれど、エリンにはとても、心配なことに思えた。
「……カルサス様がお帰りになって、お暇なのですね」
エリンが意地悪を言うと、アーシュラは小さく笑う。
「わたくし、そんなゆとりは無いのよ。アルプスを見に行きたいの。あと、リュシエンヌに会いたいし。彼女、お料理がとても上手で、羨ましいの。教えてもらう約束をしているのよ」
彼女はいつの間にかセルジュだけでなく、その妻リュシエンヌとも大変な仲良しになっていた。
「あなたがそういった方面の才能が無いことは、もうカルサス様にもばれているでしょうに」
「うるさいわね。リュシエンヌに教えてもらえば、きっと見違えるほど上手になるわ。ゲオルグもびっくり仰天なのよ」
彼女たちを一瞬で親友同然の間柄へと結びつけた共通点が、お互い癒えぬ病を養って生きているという事実であったことを、この時のエリンはまだ知らない。
「うわぁ、遠いのに本当に大きいわね」
カスタニエの屋敷へ向かう道を少し遠回りして、見晴らしの良い遊歩道を通る。そこは切り立った断崖の脇を通る道で、小さな足で頼りなく歩くアーシュラの足取りは危なっかしい。
「山など毎日見ておられたではありませんか」
思わず彼女の腕を掴んで、エリンが言う。
「ゲオルグとは毎日お花畑へ行っていたから、この辺りには来なかったんだもの」
「……なるほど」
「何が?」
「山よりも花に興味があるように見られたかったと」
「……悪い?」
「いいえ。確かにあのような山は、アヴァロン城に居ては見られないものですし」
「そうね。それに、もう二度と見られないかもしれないし」
アーシュラは上機嫌のまま、歌うように不吉な言葉を口にする。悪い冗談だと、咎めるように睨むエリンに、少女は彼女らしい強気な笑顔を見せた
「本当に、人間なんて嫌ね、ひ弱で。わたくしは、千年でも、二千年でも、ずうっと未来まで生きて、もっと色々なものを見ていたいのに」
「……二千年も生きるなら、周囲の者はみんな先に死んでしまいますが」
「構わないわよ。わたくしは、あの山のように強く大きく、揺るぎないものになって、ゲオルグも、お前のことだって看取ってあげるわ」
「……無茶を仰らないで下さい」
「ふふふ、希望の話よ。本当のわたくしは、お花畑のナルサスよりもあっけなく死んでしまうの」
「アーシュラ。そういう冗談はやめてください!」
「怒らないでよ、例えばの話じゃない」
「あなたは死にません。私が守るのですから」
「……そうね」
必死になる剣に、アーシュラは少し切なげに息をつく。輝く雪を戴く絶景のアルプスは、二人の居る場所からあまりに遠く見えた。
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