紫灰の日時計

二月ほづみ

文字の大きさ
105 / 126
十九

思惑-2

しおりを挟む
 夏の終わり、皇女はジュネーヴに戻り、そして、自らの婚約を発表した。
 それは、平民から貴族まで、あらゆるエウロ市民を驚かせるニュースとして、世界各地で報じられた。輝けるエウロのプリンセスを射止めた、地方商家の息子ゲオルグ・カルサスの顔と名前は、瞬くうちにあらゆる人の知るところとなり、二人は一夜にして世界で最も有名なカップルとなったのだった。

「あのー……ラントさん?」
「どうか、今後はクヴェンとお呼びください。カルサス様」
「いやぁ、そんなこと突然言われてもさ」
 アヴァロン城を訪れるなり使用人達に連行され、監禁状態に置かれたゲオルグは、用意された豪華な部屋で、居心地の悪そうな愛想笑いをした。
「何か足りないものがございましたら、すぐに用意をさせます」
「あの、僕は下の街の……自分の部屋で充分なんだけど」
「部屋の片付けには人をやりますので、必要な荷物があればお持ちします」
「僕、引っ越すってこと!?」
「左様でございます」
「ここに?」
「左様でございます」
「ええええ……」
 今までは皇女を訪ねて来ても、追い返されはしないものの客人扱いされたことは一度も無いし、どちらかというと、顔を合わせる使用人達にはほぼ無視されていたような状況だったのだ。突然手のひらを返されたように感じるのも無理はない。
「警備の都合もございますし、これからご婚礼まで、日々様々な方が挨拶にお越しになります。それに、城下にお住まいでは、生活にご不便も多くなりましょう」
「不便って?」
「カルサス様のお顔は、既に全エウロに知れ渡っております」
「な……!」
 恋人にはひと目も会わせてもらえないまま、ゲオルグは否応なく、皇女との婚約がどんなに大変なことなのかを、思い知ることになるのだった。

「ねぇ、ゲオルグは? 来てるって聞いたのだけど!」
 突然騒がしくなった身辺に、自室のアーシュラも苛立ちの声を上げる。
「今晩、陛下を交えて晩餐があるので、そのお支度を」
 八つ当たりに慣れているエリンが淡々と答えると、アーシュラは面白くなさそうにむくれて、窓辺で呑気に外を眺めていたツヴァイを睨む。
「だいたい、どうしてツヴァイがここにいるの? お祖父様は?」
「申し訳ありません、姫。アドルフにどうしてもと頼まれてしまいました」
「わけがわからないわ」
「そうですねぇ」
 白の剣は笑う。婚約を発表したことにより、城内はにわかに慌ただしい。無責任と引き換えに反対という言葉を知らない両親はともかく、祖父の説得には絶対に骨を折ることになるだろうと覚悟していたのに。
「お祖父様、どうしてあんなにあっさりお許しになっちゃったのかしら」
 承諾はあっけなく取り付けることができたのだ。
「物足りませんでしたか?」
「そうじゃないけど……」
「お気持ちは分かりますが、そう仰らないであげてください。あなたの幸せを願っているんです」
「そう……そうね……」
 平民であるゲオルグと、結婚することが出来るのだ。多少の不自由は我慢しようか。彼とも晩餐が始まるまでには会わせてもらえるだろう。アーシュラは諦めて息を吐いて、疲れた身体を寝台に投げ出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

辺境伯夫人は領地を紡ぐ

やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。 しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。 物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。 戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。 これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。 全50話の予定です ※表紙はイメージです ※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)

【完結】あなたを忘れたい

やまぐちこはる
恋愛
子爵令嬢ナミリアは愛し合う婚約者ディルーストと結婚する日を待ち侘びていた。 そんな時、不幸が訪れる。 ■□■ 【毎日更新】毎日8時と18時更新です。 【完結保証】最終話まで書き終えています。 最後までお付き合い頂けたらうれしいです(_ _)

処理中です...