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十九
思惑-2
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夏の終わり、皇女はジュネーヴに戻り、そして、自らの婚約を発表した。
それは、平民から貴族まで、あらゆるエウロ市民を驚かせるニュースとして、世界各地で報じられた。輝けるエウロのプリンセスを射止めた、地方商家の息子ゲオルグ・カルサスの顔と名前は、瞬くうちにあらゆる人の知るところとなり、二人は一夜にして世界で最も有名なカップルとなったのだった。
「あのー……ラントさん?」
「どうか、今後はクヴェンとお呼びください。カルサス様」
「いやぁ、そんなこと突然言われてもさ」
アヴァロン城を訪れるなり使用人達に連行され、監禁状態に置かれたゲオルグは、用意された豪華な部屋で、居心地の悪そうな愛想笑いをした。
「何か足りないものがございましたら、すぐに用意をさせます」
「あの、僕は下の街の……自分の部屋で充分なんだけど」
「部屋の片付けには人をやりますので、必要な荷物があればお持ちします」
「僕、引っ越すってこと!?」
「左様でございます」
「ここに?」
「左様でございます」
「ええええ……」
今までは皇女を訪ねて来ても、追い返されはしないものの客人扱いされたことは一度も無いし、どちらかというと、顔を合わせる使用人達にはほぼ無視されていたような状況だったのだ。突然手のひらを返されたように感じるのも無理はない。
「警備の都合もございますし、これからご婚礼まで、日々様々な方が挨拶にお越しになります。それに、城下にお住まいでは、生活にご不便も多くなりましょう」
「不便って?」
「カルサス様のお顔は、既に全エウロに知れ渡っております」
「な……!」
恋人にはひと目も会わせてもらえないまま、ゲオルグは否応なく、皇女との婚約がどんなに大変なことなのかを、思い知ることになるのだった。
「ねぇ、ゲオルグは? 来てるって聞いたのだけど!」
突然騒がしくなった身辺に、自室のアーシュラも苛立ちの声を上げる。
「今晩、陛下を交えて晩餐があるので、そのお支度を」
八つ当たりに慣れているエリンが淡々と答えると、アーシュラは面白くなさそうにむくれて、窓辺で呑気に外を眺めていたツヴァイを睨む。
「だいたい、どうしてツヴァイがここにいるの? お祖父様は?」
「申し訳ありません、姫。アドルフにどうしてもと頼まれてしまいました」
「わけがわからないわ」
「そうですねぇ」
白の剣は笑う。婚約を発表したことにより、城内はにわかに慌ただしい。無責任と引き換えに反対という言葉を知らない両親はともかく、祖父の説得には絶対に骨を折ることになるだろうと覚悟していたのに。
「お祖父様、どうしてあんなにあっさりお許しになっちゃったのかしら」
承諾はあっけなく取り付けることができたのだ。
「物足りませんでしたか?」
「そうじゃないけど……」
「お気持ちは分かりますが、そう仰らないであげてください。あなたの幸せを願っているんです」
「そう……そうね……」
平民であるゲオルグと、結婚することが出来るのだ。多少の不自由は我慢しようか。彼とも晩餐が始まるまでには会わせてもらえるだろう。アーシュラは諦めて息を吐いて、疲れた身体を寝台に投げ出した。
それは、平民から貴族まで、あらゆるエウロ市民を驚かせるニュースとして、世界各地で報じられた。輝けるエウロのプリンセスを射止めた、地方商家の息子ゲオルグ・カルサスの顔と名前は、瞬くうちにあらゆる人の知るところとなり、二人は一夜にして世界で最も有名なカップルとなったのだった。
「あのー……ラントさん?」
「どうか、今後はクヴェンとお呼びください。カルサス様」
「いやぁ、そんなこと突然言われてもさ」
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「何か足りないものがございましたら、すぐに用意をさせます」
「あの、僕は下の街の……自分の部屋で充分なんだけど」
「部屋の片付けには人をやりますので、必要な荷物があればお持ちします」
「僕、引っ越すってこと!?」
「左様でございます」
「ここに?」
「左様でございます」
「ええええ……」
今までは皇女を訪ねて来ても、追い返されはしないものの客人扱いされたことは一度も無いし、どちらかというと、顔を合わせる使用人達にはほぼ無視されていたような状況だったのだ。突然手のひらを返されたように感じるのも無理はない。
「警備の都合もございますし、これからご婚礼まで、日々様々な方が挨拶にお越しになります。それに、城下にお住まいでは、生活にご不便も多くなりましょう」
「不便って?」
「カルサス様のお顔は、既に全エウロに知れ渡っております」
「な……!」
恋人にはひと目も会わせてもらえないまま、ゲオルグは否応なく、皇女との婚約がどんなに大変なことなのかを、思い知ることになるのだった。
「ねぇ、ゲオルグは? 来てるって聞いたのだけど!」
突然騒がしくなった身辺に、自室のアーシュラも苛立ちの声を上げる。
「今晩、陛下を交えて晩餐があるので、そのお支度を」
八つ当たりに慣れているエリンが淡々と答えると、アーシュラは面白くなさそうにむくれて、窓辺で呑気に外を眺めていたツヴァイを睨む。
「だいたい、どうしてツヴァイがここにいるの? お祖父様は?」
「申し訳ありません、姫。アドルフにどうしてもと頼まれてしまいました」
「わけがわからないわ」
「そうですねぇ」
白の剣は笑う。婚約を発表したことにより、城内はにわかに慌ただしい。無責任と引き換えに反対という言葉を知らない両親はともかく、祖父の説得には絶対に骨を折ることになるだろうと覚悟していたのに。
「お祖父様、どうしてあんなにあっさりお許しになっちゃったのかしら」
承諾はあっけなく取り付けることができたのだ。
「物足りませんでしたか?」
「そうじゃないけど……」
「お気持ちは分かりますが、そう仰らないであげてください。あなたの幸せを願っているんです」
「そう……そうね……」
平民であるゲオルグと、結婚することが出来るのだ。多少の不自由は我慢しようか。彼とも晩餐が始まるまでには会わせてもらえるだろう。アーシュラは諦めて息を吐いて、疲れた身体を寝台に投げ出した。
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