紫灰の日時計

二月ほづみ

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二十一

純真-4

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 消えた侵入者を探す光が、広大な庭をいくつもチラチラと動き回る。狭い回廊を、主とその恋人を連れて進みつつ、夜空のようだ、と、エリンは思った。
 何を目的に、何人の侵入者が城に入り込んだのかは分からない。城内の要所は既に近衛兵達が守りについているだろう。
 二人を託されたエリンが向かうべきは、主を背にしても敵に対応できる場所。相手と必ず一対一で向き合うことのできる場所だ。城内には、一人で行動する彼らが何かの時に陣とするための、そういった場所がいくつかあった。この狭い回廊を建物のてっぺんまで登った先も、その一つだ。
「随分、暗いよね……」
 アーシュラの手をしっかり握って、ゲオルグはきょろきょろと辺りを見回す。彼が言うとおり、回廊の灯りはひとつも点いていなかった。何箇所かの電線が切られたようで、城内のあちこちが停電しているのだ。
「……エリン、お祖父様は、大丈夫かしら……」
 ツヴァイの様子がおかしかったことに気付いていたらしいアーシュラが言う。
「どうか今は、ご自分の心配をなさって下さい」
「アーシュラ、身体、大丈夫?」
「平気よゲオルグ、ちょっと動き辛いけど……」
 二人のやりとりを横目に、エリンは注意深く暗闇に目を凝らす。そろそろ回廊の終点だ。この場所は敵は下からしかやって来られない。事態が収束するまでここに潜んで居られれば良いが、彼女の衣装は白く浮かび上がる花のようで、エリンを不安にした。見えない悪意の源を、彼はたぶん、知っていたからだ。
 そして、永遠のような沈黙の刹那が過ぎて――痛いくらい張り詰めた神経の網が、その気配を捕らえる。
「……カルサス様、彼女の盾になってください」
「えっ?」
 ゲオルグが聞き返した時には、エリンは既に駆け出していた。

「あっ……!」
 ゲオルグも気付く。回廊の向こうに、誰かが居る! 咄嗟にアーシュラを抱きすくめるようにして壁際へと逃げた。
 いつの間にかエリンの両手には短剣のようなものが見える。ゲオルグが想像する剣とは形が違うし、色も何だか、薄い――と思ったら、透明だ。
「エリン……」
 彼がアーシュラの為の剣だということを知ってはいたけれど、彼が戦うところを見たことは無い。
 息を呑み、ただ見入る。悪い夢でも見ているようだ。ゲオルグは思った。自分はもしかしたら、とんでもない所に来てしまったのかもしれない。
 ゲオルグの腕を、アーシュラは強く抱く。彼女は一言も発さず、ただ、エリンの背中を追っていた。

  アーシュラへ向けて投げつけられようとしたナイフを叩き落として、斬りかかる。――けれど、黒い相手はふわっと細い体を宙に浮かせると、クルリと一回転してエリンの間合いから逃れた。
 そして、軽やかに着地した裏には、もう一人――
「やはり……」 
 エリンの予想は当たっていた。見分けの付かないほどに瓜二つの二人、黒い髪と黒い瞳。そこに立っていたのは、いつかベネディクトが救った軽業師の双子。彼が育て、彼に付いて城を出て行ったあの二人だ。
 つまり――ベネディクトが、二人をここに遣わしたということ。
 明確な殺意と共に。
(私のせいだ)
 憎んでいるのだ。ベネディクトが、姉を。
「……皇子の双子、死にに来たのか」
 雑念をねじ伏せて低く問う。
「エリン・グレイ。クーロのかたき」
 憎しみを込めた目で、一人が言った。
「あるじ様を不幸にした!」
 もう一人が叫ぶと、二人同時に床を蹴ってエリンに襲いかかった。細くて長い剣を手にした双子の太刀筋はどちらも拙く、あっけなく空を切る。接近した双子の身体は、どちらも容易く首を描き切る場所にありながら、しかし、二人が同時に別の方向に飛び退いたため、エリンは手が出せないまま距離を開けられてしまう。
 狭い通路なのに天井が高いせいもあり、軽装で息の合った二人は同時に動きまわる。しかし、二人の注意を背後のアーシュラ達に向けさせるわけにはいかない。
「皇子の……っ!」
 気を取り直してエリンは、一人を無視して斬りかかる。
「ご意思なのか!?」
 双子は幼い頃から刃物を使う芸を仕込まれているが、剣士ではない。二人居るから厄介なだけで、一人を無視すれば圧倒できる。避ける間も無く、芸術品のような美しいガラスの刃が、片割れの脇腹を抉る。
「――!!」
「あっ!」
 無視されたもう一人が声を上げた。エリンを見ていた彼の目が、今まさに傷ついた彼の兄弟に向けられる――――予想通りだった。つながりの深い彼らは、お互いを見捨てて戦うようには
 エリンは身を翻し、返す刀でもう一人の手元を突いた。刀が弾かれ、宙に放り出される。持ち替える武器を持っていると踏んだエリンは、そのまま一気に踏み込んでもう一人を引き倒した。
「動くな」
 動揺した面持ちの少年の首筋に血のついた刃を押し当て、注意深く二人を伺う。負わせた傷は致命傷では無いが、向こうの一人は切られた腹を押さえ、動けない。
 ほぼ、終わりといえる状況だった。このまま彼の首を切り裂いて、それからもう一人を始末すればいい。そっと背後を伺う。アーシュラは無事だ。
 大丈夫だ。
 けれど――
「…………」
 死の恐怖に怯えた少年の喉が強ばり、呼吸の度壊れた笛のような音がする。
 彼の命に剣を突きつけ、エリンは動けなくなった。
 ベネディクトが、二人を慈しんでいたことを知っていた。彼らを害することにより、自分はベネディクトから再び友人を奪うことになる。
 おののく少年はしかし、精いっぱいの憎しみを込めて、エリンを睨みつけていた。憎悪の種を撒いたのは自分だ。それは覆すことのできない事実。今、ここで摘み取るのがおそらくは、剣として正しい決着の付け方なのだろう。
 けれどエリンは、やはりベネディクトを二度も奈落に突き落とすようなことは、出来なかったのだ。
「……皇子の双子、名は何という」
 投げられた問いに、双子は答えない。エリンは淡々と続けた。
「去れ。今夜はあの方のために慈悲を与えよう」
 そして、少年の瞳に安堵が浮かんだ次の瞬間――
「二度目は無いと知れ」
「うああぁあああっ!!!」
 絶叫が響く。静かに動いたエリンの短剣が、少年の漆黒の両目を潰していた。
「カラスっ!!」
 立ち上がったエリンの横をすり抜け、兄とも弟ともつかない片方が、両目を抑え苦悶する片割れに足を引きずって駆け寄る。
「……それが、お前の名か」
 言うと、憎しみに燃えた残りふたつの目がエリンを見据える。
「お前に語る名など無い。名前は、あるじ様だけが知っていてくだされば良い!」
 ボロボロになってなお、憎しみだけは手放さない覚悟で、少年は叫ぶ。そして、必死に兄弟を抱き起こした。
 顔面を血に染めた少年は、痛みと衝撃に震える身体を必死に起こし、逆にもう一人の傷を気遣うように肩を差し出た。

 傷ついた双子は、お互いを支え合うように立ち上がった。そして、カラスは流れ出た自身のぬるい血をなめて唇を開く。
「……イノセント」
 掠れた声で、しかしキッパリと。
「わたしたちは、あるじ様の剣、名は純真イノセント。いつか……いつか! 必ず、お前を殺しに来る!」
 まるで己の血に刻むように、少年は叫んだのだった。
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