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二十一
純真-5
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停電が続く暗い城内は、危機が去ると共に静けさを取り戻し、耳が痛いような静寂に包まれていた。
エリンはアーシュラとゲオルグを部屋に戻した後、警備を兵に任せて、独りツヴァイの元へ向かった。
アドルフの私室と執務室のある区画は、急場しのぎで食堂から運ばれたらしい燭台が置かれ、揺らめく赤い火がぼんやりと一帯を照らし出していた。奇妙なことに、さっきまでそこら中に居た衛兵の姿が見えない。
その代わり、フロアの入り口に、アドルフの側近である、アヴァロン家の家令ジェームズが、呆けたように佇んでいた。彼はエリンが現れたのに気づくと、アドルフは寝室に居ると告げた。
先ほどのツヴァイの表情を思い出し、エリンはにわかに心配になった。もしかして――
何度ノックしても返事がないので、思い切ってドアをあける。廊下に並べられていたのと同じ燭台が、一台無造作に床に置かれ、大きな寝台を照らしだす。ツヴァイはベッドサイドに腰をかけ、じっと、横たわった主を見ていた。
遠目には、アドルフはただ眠っているように見えたけれど、掛けられた寝具に少しの乱れもないのが妙な感じに思われた。
「…………先生?」
「終わりましたか?」
ツヴァイの声は優しく穏やかで、けれど、何かが決定的に失われていて――エリンはその短い言葉によって悟る。
彼の主が死んだと。
「……はい」
何も言えなかった。改めて目をやったアドルフの横顔は、彼の魂の不在を示すように骨と肉が力を失い、生命の息吹が消えた体は、まるで壊れた時計のようで――そこにいる皇帝がもう、永遠に断絶されたどこか遠くへ去ってしまったのだという実感を突きつける。
アーシュラの結婚にあたり、彼がツヴァイに皇女の護衛を命じたことを、エリンは、きっと未熟な自分は皇帝から信頼されていないのだろう、という、そのくらいにしか思っていなかったのだけれど……もしかすると、アドルフは、今夜のことを予見していたのだろうか。
「――姫は、ご無事ですか?」
エリンが頷くと、ツヴァイはゆっくりと息を吐いた。
「良かった」
こちらを向いた師は、エリンを褒めてくれるときのような、優しい顔をしていた。けれど、
「せっかく楽しみにしていたご婚礼なのに、予定が台無しになってしまいますね」
静かな声に、不安になる。
「謝っておいて下さい。アドルフもきっと、申し訳なく思っているでしょうから」
「先生……」
落ち着いているのは何故だろう。笑っているのは何故だろう。
(何故って……?)
ああ、その答えを、エリンは知っているような気がした。
「……エリン」
揺らめく炎の色に照らされて、彼の白髪が桃色に光る。そして、些細な不義理を詫びるように、ツヴァイは言った。
「申し訳ないけれど、私は主の元へ行かねばなりません」
何のためらいも無い言葉に、エリンは慌てる。
「先生!」
待って欲しい。
「エリン、あなたの成長を見守ることが出来て良かった」
まだ――
「後のことを頼みます」
「――!!」
師に駆け寄ろうとしたエリンの足が絨毯に一歩沈み、飛び散る赤い飛沫が目に入る。エリンの懇願が声になるよりはやく、ツヴァイは微笑みの表情のまま、己の首筋に刃を走らせていた。
エリンはアーシュラとゲオルグを部屋に戻した後、警備を兵に任せて、独りツヴァイの元へ向かった。
アドルフの私室と執務室のある区画は、急場しのぎで食堂から運ばれたらしい燭台が置かれ、揺らめく赤い火がぼんやりと一帯を照らし出していた。奇妙なことに、さっきまでそこら中に居た衛兵の姿が見えない。
その代わり、フロアの入り口に、アドルフの側近である、アヴァロン家の家令ジェームズが、呆けたように佇んでいた。彼はエリンが現れたのに気づくと、アドルフは寝室に居ると告げた。
先ほどのツヴァイの表情を思い出し、エリンはにわかに心配になった。もしかして――
何度ノックしても返事がないので、思い切ってドアをあける。廊下に並べられていたのと同じ燭台が、一台無造作に床に置かれ、大きな寝台を照らしだす。ツヴァイはベッドサイドに腰をかけ、じっと、横たわった主を見ていた。
遠目には、アドルフはただ眠っているように見えたけれど、掛けられた寝具に少しの乱れもないのが妙な感じに思われた。
「…………先生?」
「終わりましたか?」
ツヴァイの声は優しく穏やかで、けれど、何かが決定的に失われていて――エリンはその短い言葉によって悟る。
彼の主が死んだと。
「……はい」
何も言えなかった。改めて目をやったアドルフの横顔は、彼の魂の不在を示すように骨と肉が力を失い、生命の息吹が消えた体は、まるで壊れた時計のようで――そこにいる皇帝がもう、永遠に断絶されたどこか遠くへ去ってしまったのだという実感を突きつける。
アーシュラの結婚にあたり、彼がツヴァイに皇女の護衛を命じたことを、エリンは、きっと未熟な自分は皇帝から信頼されていないのだろう、という、そのくらいにしか思っていなかったのだけれど……もしかすると、アドルフは、今夜のことを予見していたのだろうか。
「――姫は、ご無事ですか?」
エリンが頷くと、ツヴァイはゆっくりと息を吐いた。
「良かった」
こちらを向いた師は、エリンを褒めてくれるときのような、優しい顔をしていた。けれど、
「せっかく楽しみにしていたご婚礼なのに、予定が台無しになってしまいますね」
静かな声に、不安になる。
「謝っておいて下さい。アドルフもきっと、申し訳なく思っているでしょうから」
「先生……」
落ち着いているのは何故だろう。笑っているのは何故だろう。
(何故って……?)
ああ、その答えを、エリンは知っているような気がした。
「……エリン」
揺らめく炎の色に照らされて、彼の白髪が桃色に光る。そして、些細な不義理を詫びるように、ツヴァイは言った。
「申し訳ないけれど、私は主の元へ行かねばなりません」
何のためらいも無い言葉に、エリンは慌てる。
「先生!」
待って欲しい。
「エリン、あなたの成長を見守ることが出来て良かった」
まだ――
「後のことを頼みます」
「――!!」
師に駆け寄ろうとしたエリンの足が絨毯に一歩沈み、飛び散る赤い飛沫が目に入る。エリンの懇願が声になるよりはやく、ツヴァイは微笑みの表情のまま、己の首筋に刃を走らせていた。
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