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二十二
花の名-2
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皇帝の死去について、アヴァロンはすぐには発表しなかった。事情を知る近衛兵や使用人に対しても厳重に緘口令が敷かれ、外から見れば何事も無いまま、数日が過ぎた。
そして、あの夜起きた事件を知り得た、数少ない人間のひとりであるベネディクトは、城の自室に籠もったまま、ろくに食事も取らず、瀕死で運び込まれた双子の看病をしていた。
彼はコルティスの遺産というべき重要な人脈を受け継いでいた。アヴァロン家に仕える衛兵や使用人を輩出するいくつかの家への強力なつながりだ。どの家の者もバシリオに恩義があり、理不尽な彼の死により逆に結束を強めていた。
すでにアヴァロン城内には、ベネディクト=エイミス・ハミルトンの味方といえる者がかなり存在する。双子を招き入れ、そして逃したのもその者達であった。
「あ……るじ、さま……」
「カラス、僕はここだよ」
「あつい……なにか、燃えて……」
目を潰されたカラスはずっと高熱にうなされていた。医者によれば、傷は脳には達していないらしいけれど――
「熱があるだけだ、カラス。大丈夫、すぐに良くなるから。大丈夫だよ」
ベネディクトは必死に声をかける。
「あるじ様こそ……少しお休み下さい……」
苦しげに目を閉じていたクロエが、弱々しく言った。
「クロエ……目がさめていたのかい? 何か飲む?」
少年は微かに首を振って、再び目を瞑る。二人とも、一命は取り留めるだろうと説明を受けてはいたが、彼らが眠るたび、もう二度と目を覚まさないのではないかと恐ろしかった。そして、二人を寝かせたベッドの間に長いことうずくまり、ベネディクトは、自分が始めてしまったことの大きさと罪深さにおののいた。
――まさか、あの恐ろしい祖父が、こんな簡単に死んでしまうなんて。
双子はアドルフが息を引き取るところを確認したわけではないし、アヴァロンから未だ公式の発表は無い。
だけど逆に、祖父が生きていたなら、双子は生きてここへ戻ることはできなかったような気がする。
「…………」
恐ろしい。刺客を放つ前は、姉と祖父が死んだら、自分はどんなに満足するだろうと想像していたのに、心がとても重かった。
けれど、手負いとはいえ、双子がこうして生きて戻ってきてくれたのは、神と、死んだコルティス親子の加護のような気がする。
心は晴れないけれど、きっと、自分は正しかったのだと思えた。
「……るじ、さま……どこ……」
「ここだよ、カラス」
少年の熱い手を握る。痛みと高熱と暗闇の不安の中で、彼はベネディクトの手をギュッと強く握り返した。
「めが……」
目を潰されるなんて、どんなにか苦しかったことだろう。ベネディクトは彼を安心させるよう、明るい声を出す。
「大丈夫だよ、カラス。身体が良くなったら、きっとお前に新しい目を作ってあげる。また見えるようになるから、心配しないで」
「また……見えるように……?」
「そうだよ。お前の美しい目は、きっと元に戻るから」
「よ……かった……」
安心したように口元を緩めるカラスに、ベネディクトは安堵する。
「あるじさま……」
「何だい?」
ベネディクトの手を握ったまま、カラスは見えぬ目で声のした方を見る。
「もっと……もっと強くなって、あるじ様を守ります。そして、きっと……」
あの夜の恐怖と屈辱に、少年は唇を噛んだ。
「……エリン・グレイに復讐を」
暫くの後、帝室は皇帝の病死と皇女の結婚の延期、そして、エウロ全土が半年の喪に服した後、すみやかに新帝の戴冠と婚礼の儀を執り行うと発表した。
長く安定した善政を敷いたアドルフの死は広くエウロに悲しみをもたらしたが、重苦しいムードは長くは続かなかった。
新しい皇帝の誕生と、平民出身の少年がその夫になるという明るいニュースが、エウロの人々に新しい時代への希望を与えたからだ。
そして、あの夜起きた事件を知り得た、数少ない人間のひとりであるベネディクトは、城の自室に籠もったまま、ろくに食事も取らず、瀕死で運び込まれた双子の看病をしていた。
彼はコルティスの遺産というべき重要な人脈を受け継いでいた。アヴァロン家に仕える衛兵や使用人を輩出するいくつかの家への強力なつながりだ。どの家の者もバシリオに恩義があり、理不尽な彼の死により逆に結束を強めていた。
すでにアヴァロン城内には、ベネディクト=エイミス・ハミルトンの味方といえる者がかなり存在する。双子を招き入れ、そして逃したのもその者達であった。
「あ……るじ、さま……」
「カラス、僕はここだよ」
「あつい……なにか、燃えて……」
目を潰されたカラスはずっと高熱にうなされていた。医者によれば、傷は脳には達していないらしいけれど――
「熱があるだけだ、カラス。大丈夫、すぐに良くなるから。大丈夫だよ」
ベネディクトは必死に声をかける。
「あるじ様こそ……少しお休み下さい……」
苦しげに目を閉じていたクロエが、弱々しく言った。
「クロエ……目がさめていたのかい? 何か飲む?」
少年は微かに首を振って、再び目を瞑る。二人とも、一命は取り留めるだろうと説明を受けてはいたが、彼らが眠るたび、もう二度と目を覚まさないのではないかと恐ろしかった。そして、二人を寝かせたベッドの間に長いことうずくまり、ベネディクトは、自分が始めてしまったことの大きさと罪深さにおののいた。
――まさか、あの恐ろしい祖父が、こんな簡単に死んでしまうなんて。
双子はアドルフが息を引き取るところを確認したわけではないし、アヴァロンから未だ公式の発表は無い。
だけど逆に、祖父が生きていたなら、双子は生きてここへ戻ることはできなかったような気がする。
「…………」
恐ろしい。刺客を放つ前は、姉と祖父が死んだら、自分はどんなに満足するだろうと想像していたのに、心がとても重かった。
けれど、手負いとはいえ、双子がこうして生きて戻ってきてくれたのは、神と、死んだコルティス親子の加護のような気がする。
心は晴れないけれど、きっと、自分は正しかったのだと思えた。
「……るじ、さま……どこ……」
「ここだよ、カラス」
少年の熱い手を握る。痛みと高熱と暗闇の不安の中で、彼はベネディクトの手をギュッと強く握り返した。
「めが……」
目を潰されるなんて、どんなにか苦しかったことだろう。ベネディクトは彼を安心させるよう、明るい声を出す。
「大丈夫だよ、カラス。身体が良くなったら、きっとお前に新しい目を作ってあげる。また見えるようになるから、心配しないで」
「また……見えるように……?」
「そうだよ。お前の美しい目は、きっと元に戻るから」
「よ……かった……」
安心したように口元を緩めるカラスに、ベネディクトは安堵する。
「あるじさま……」
「何だい?」
ベネディクトの手を握ったまま、カラスは見えぬ目で声のした方を見る。
「もっと……もっと強くなって、あるじ様を守ります。そして、きっと……」
あの夜の恐怖と屈辱に、少年は唇を噛んだ。
「……エリン・グレイに復讐を」
暫くの後、帝室は皇帝の病死と皇女の結婚の延期、そして、エウロ全土が半年の喪に服した後、すみやかに新帝の戴冠と婚礼の儀を執り行うと発表した。
長く安定した善政を敷いたアドルフの死は広くエウロに悲しみをもたらしたが、重苦しいムードは長くは続かなかった。
新しい皇帝の誕生と、平民出身の少年がその夫になるという明るいニュースが、エウロの人々に新しい時代への希望を与えたからだ。
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